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あなたも騙される!? ドッペルゲンガードメインとサイバースクワッティング

森井昌克神戸大学 名誉教授
(写真:イメージマート)

「ドッペルゲンガー・ドメイン」問題に関心集まる、埼玉大学の「gmai」メール誤送信で

埼玉大学が11月21日、教員がメール送信の際にアドレスを誤り、いわゆる「ドッペルゲンガー・ドメイン」宛にメールを誤送信していたと発表した。誤送信されていた期間が10カ月間と長期だったこともあり、およそ2,100人分の氏名やメールアドレス、学籍番号などが学外に漏えいしてしまった。

メール転送先ミスによる情報漏えいについて【埼玉大学】

この度、本学教員による転送先メールアドレスの設定ミスにより、個人情報を含む電子メールが学外に漏えいする事案が発生しました。

上記の埼玉大学のアナウンスのように、先月21日に、埼玉大学の教員がメールアドレスの転送ミスによって、個人情報を含んだ5,000件近くのメールが学外に漏えいするという事件が発覚しました。ある教員が2021年5月から2022年3月にわたって、大学のメールアカウントへのメールに関して、他所へ転送処理を行った際に、@gmail.comとすべきところを、誤って@gmai.comと設定し、実際に、@gmai.comに転送されてしまったのです。

gmai.comというドメインは実際に存在し、ホンジュラスという国にあるBOTERO SOLUTIONSというレジストラ(ドメインネーム登録会社)に登録されています。またgmai.com上のwebはマルウェアに感染する可能性がある等、非常に危険なサイトとなっています。このドメインの所有者が知らない間に乗っ取られて、悪意のあるサイトに改ざんされた可能性も無くはありませんが、恐らくIDやパスワードと言った個人情報を盗むためのフィッシングサイトやマルウェアを感染させるために作成したドメインなのでしょう。私がアクセスした際には、次のような画面が表示されました。これは偽のwindows警告画面で、このボタンをクリックするとマルウェアがインストールされる可能性もあります。

gmai.comのように、有名なドメインに似た、あるいは打ち間違えそうなドメインを「ドッペルゲンガードメイン」と言います。このドッペルゲンガードメインというおどろおどろしい名前は10年ほど前に付けられました。なお、一文字違いや、見た目に似たような名前のドメインの問題は、偽のサイト、特にフィッシングサイトに誘導する方法として、20年以上前から問題となっていました。

Researchers' Typosquatting Stole 20 GB of E-Mail From Fortune 500(SEP 8, 2011)

Two researchers who set up doppelganger domains to mimic legitimate domains belonging to Fortune 500 companies say they managed to vacuum up 20 gigabytes of misaddressed e-mail over six months.(意訳:2人の研究者がアメリカのフォーチューン誌が年1回発行する総収入順位上位500社の正規ドメインに似せたドッペルゲンガードメインを作ったところ、6日間で20GBもの正規のドメインと間違えて届いた電子メールを取得した)

この記事の元論文からドッペルゲンガードメインという用語が一般化したようです。当初は、ドメイン名の中で 「 .(ドット)」を打ち損じたドメイン名、例えばkobe-u.ac.jpという正式なドメイン名でドットを打ち損じて、kobe-uac.jpというドメイン名のようなものを指しました。最近ではこれ以外に、gmai.comのように、単ある打ち損じだけでなく、一見、似たようなドメイン名、例えば、yahoo.co.jpに対する、yaho0.co.jpのようなドメイン名も含みます。あるいは、microsoft.comに対する、rnicrosoft,comのようなドメイン名です。前者はまだ区別がつくかもしれませんが、後者はよく見なければ判別できないでしょう。

現在、ドッペルゲンガードメインが関係する最大の問題はフィッシング詐欺であり、これによってID,パスワード等が盗まれ、多数の被害が起こっています。例えば、富士通のwebにアクセスするためには、その名前であるドメイン名を入力しなければなりません。富士通のドメイン名は fujitsu.com です。フィッシング詐欺を行おうとするものは、fuijtsu.comというドメイン名を登録し、見誤ってアクセスするものを騙すのです。入力ミスを誘う場合もあって、「タイポスクワッティング(攻撃)」とも言われます。タイポ(typo)は「打ち間違い」、スクワッティング(squatting)は「不法占拠」という意味です。打ち間違いではなく、名実ともに乗っ取ってしまう、不法占拠する方法もあります。後に利用されそうなドメイン名をあらかじめ取得しておく方法です。かつて、matsuzakaya.co.jpのドメインが松坂屋(百貨店)に先んじて第三者が取得し、松坂屋に高額で売りつけようとした事例もありました。原則として、ドメインの取得は早い者勝ちであるところから、それ以降も同様の問題が多発しました。これをサイバースクワッティング、あるいはドメインスクワッティングと呼びます。現在では不正にドメインを使用する行為は違法との判断があり、ドメインの取得にも制限が講じられています。にも関わらず、最近でもサイバースクワッティングとは言えないまでも注目される事態が発生しました。web会議システムのZoomです。リモート会議の多用に便乗して、Zoomという単語を含むドメインの取得が大幅に増えたのです。話題に便乗した新たなサービスの開始を目的とした取得と考えられますが、悪意のあるサービスにつなげられないかという不安もあります。

神戸大学 名誉教授

1989年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程通信工学専攻修了、工学博士。同年、京都工繊大助手、愛媛大助教授を経て、1995年徳島大工学部教授、2005年神戸大学大学院工学研究科教授(~2024年)。近畿大学情報学研究所サイバーセキュリティ部門部門長、客員教授。情報セキュリティ大学院大学客員教授。情報通信工学、特にサイバーセキュリティ、情報理論、暗号理論等の研究、教育に従事。内閣府等各種政府系委員会の座長、委員を歴任。2018年情報化促進貢献個人表彰経済産業大臣賞受賞。 2019年総務省情報通信功績賞受賞。2020年情報セキュリティ文化賞受賞。2024年総務大臣表彰。電子情報通信学会フェロー。

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