Yahoo!ニュース

編集長劇的スカウトのマガジンハウス始め中堅出版社マンガ本格参入の実情

篠田博之月刊『創』編集長
「ジャンプ少年ヒトシ」告知画像(マガジンハウス提供)

 集英社の『鬼滅の刃』や講談社の『東京卍リベンジャーズ』などのように、マンガは大ヒットすれば莫大な利益を生み出すし、一度基盤ができれば安定した収益をもたらす。そしてリスクの高い紙の雑誌でなくデジタルコミックで連載を起こせるという事情が加わって、幾つもの出版社が参入を試みている。集英社、講談社、小学館の大手3社が約6割と言われるシェアを保つという寡占化が進んだジャンルだが、この1~2年、かつてないほどに新規参入が続いているのだ。

 マガジンハウス、光文社、文藝春秋のそうした取り組み、そしてそれらの少し先を行っている新潮社の取り組みについてレポートしよう。

マガジンハウスのマンガ準備室の動き

「最初は、マガジンハウスで今度マンガ部門を立ち上げたいので話を聞かせてほしいということだったのです。ところが途中で、編集長として来てもらえないかという話になったのです。びっくりしました」

 そう語るのは、2021年10月1日にマガジンハウスに入社した関谷武裕マンガ準備室長だ。9月末の前日までリイド社で7年間、「トーチ」というウェブマンガの編集長をしていた。いわばマガジンハウスにヘッドハンティングされた形だ。

「もちろん迷いましたよ。自分で立ち上げた『トーチ』がうまく行っていましたしね。ただ私は38歳で何か新しいことにチャレンジするとしたら年齢的にこれが最後のチャンスかと思ったのです。文字通りゼロからのスタートですが、編集者としてそういう体験ができるのは貴重なことと考えました」

 10月からマガジンハウスに勤め始めたものの、マンガ準備室といっても一人だけの部署だ。その後、マンガ家が一人編集の仕事もやってくれることになり、この4月には中途採用した編集者が入ってくる。少しずつ体制が整備されていっているといえる。

 準備室で企画したマンガは、マガジンハウスの既存の雑誌のウェブサイトで少しずつ形になりつつある。

「2月に『ポパイ』のウェブサイトに短編を立ち上げ、3月には『ターザンweb』に大橋裕之先生の『ジャンプ少年ヒトシ』の連載を始めました。この後、『ブルータス』のウェブでも新しい企画が始まります。マンガ家と相談して新しい企画を立ち上げ、作品にあったウェブ媒体に話をして連載を起こしていくというのが、今やっていることです」(関谷準備室長)

 ある程度コンテンツが確保できた段階で、マンガ専門のプラットフォームを立ち上げる予定だという。その時点でマンガ準備室はマンガ編集室になるのだろう。

「そのプラットフォームができたら、新しい連載だけでなく、それまで掲載した作品も集約します。また『君たちはどう生きるか』のように既存の本をコミカライズするという企画もやっていくと思います。その他にもいろいろ準備中です」(同)

 マガジンハウスゆえの強みといえば、『ブルータス』や『ポパイ』などブランドの確立した雑誌を持っているため、ウェブサイトとはいえそのブランドを生かすこともできることだ。マンガ家にとっても新しい体験と言えるかもしれない。

 マガジンハウスは1990年代に一度、『コミックアレ!』というマンガ雑誌を創刊したことがあった。しかし、うまくいかずに休刊。その後、マンガ雑誌に挑戦することはなかったが、今回敢えてチャレンジしたのは、紙の雑誌でなくデジタルで連載を起こすという方法なら大きなリスクを抱えずに取り組めるという事情があったからだ。

 また2017年に既存の小説をコミカライズした『漫画 君たちはどう生きるか』を刊行し、ミリオンセラーに押し上げたという成功体験もあった。今回、マンガ部門の立ち上げの責任者になっているのは、その『君たちはどう生きるか』を企画した書籍部門の鉄尾周一常務取締役だ。

光文社は3つのサイトから作品を開発

 次に取り上げるのは光文社だ。同社も以前、マンガに取り組んでおり、『少年』という月刊誌も発行(1968年休刊)、それなりの規模のマンガ部門を抱えていた。その後、マンガ部門は大幅縮小となっていたのだが、2019年に新たに、デジタルコミック中心にコミック編集室を新設した。当初はコンテンツビジネス局に置かれていたのだが、コミックを本格化するために20年11月に改編して独立させ、文芸局にもコミック担当を置いた。21年には編集者は4人となり、3つのサイトを立ち上げた。現在はそこから紙の単行本になる作品も出ている。古谷俊勝常務に最近の動きを聞いた。

「3つのサイトのうち、2021年6月に文芸局で立ち上げた『COMIC熱帯』は時代小説のコミカライズが一つの柱ですが、昨年11月にそこから『グレイト トレイラーズ』『2番セカンド』と、単行本が2点出ました。

『グレイト トレイラーズ』はフランス語で紙と電子版、韓国語で電子版の翻訳が出ることが決定し、いきなりの海外展開となりました。『2番セカンド』は吃音に悩む少年が主人公で心温まるスポーツマンガです。

 時代小説については、光文社に原作がたくさんありますから、上田秀人さんの作品などを中心にコミカライズして、まずはウェブで連載し、紙の単行本にしていきます。

『COMIC熱帯』からは、今年は単行本(紙と電子)で7冊くらいの出版を予定しています。

「グレイト トレイラーズ」(光文社提供)
「グレイト トレイラーズ」(光文社提供)

 次に昨年10月に立ち上げたBLコミックのサイト『comic Pureri』ですが、今までやっていたBLをこのサイトに集め、新作も出していきます。BLといってもソフトなものですが、この3月には3冊の紙の本も発売しました。『パパとぼくとかぞくになってよ』『チンピラ君のメスイキ調教』『ふたりの夜のすごしかた』ですが、アニメイト限定版は完売に近い状態とか、電子書店のコミックシーモアではベストテンのランキングに入る作品も出るなどよく売れています。

 BLについては、海外でもコアなファンがいるようです。例えば日本で『腐女子』という言葉がありますが、アメリカでもFujoconという表現があるようで、この6月に開かれるイベントに出品するために何点か英訳版を作っています。

 3つ目は『マンガ コミソル』という光文社の総合コミックサイトですね。『女性自身』や各雑誌で連載しているマンガの情報発信や、小説、ライトノベルのコミカライズ、新進気鋭の作家のオリジナル作品の連載を配信していきたいと思っています。作品数を増やしており、評判の良い2点ほどは年内にも紙の本にする予定です。

 3サイトともウェブ上の作品は増やしており、そこで評判の良いものは紙の本でも売っていきます。海外も含めて問い合わせや映像化の話も来ているようです」

 電子と紙の本を連動させたコミックへの取り組み、まだ始まったばかりとはいえ、手応えは予想通りか、ものによっては予想を上回るものになっているという。

編集局として立ち上げた文藝春秋の取り組み

 次に2020年9月にコミック編集局をスタートさせた文藝春秋の例を紹介しよう。編集部でなく編集局としていきなり立ち上げたところに同社の意気込みが表われている。実は文藝春秋も、1996年に『コミックビンゴ』という月刊マンガ誌を創刊したことがあった。こちらもその後休刊に至るのだが、やはりデジタルコミックをベースにすることで紙の雑誌のようなリスクを回避できるとあって、改めてチャレンジしたわけだ。今年発売した本誌2月号の出版社特集で詳しい話を聞いており、現状はそれとあまり変わらないということなので、2月号の石井潤一郎常務の話を再録しよう。

「コミック編集局は局長を含めて7人が在籍しています。うち2人は電子書籍部と兼任です。コミック局がスタートした時はどのくらいの点数が出せるか不安でしたが、始まってみれば毎月3点前後刊行しており、順調です。

 柱の一つはまず文藝春秋で出している原作物のコミック化。『鬼平犯科帳』や『新選組血風録』などが出ています。

 2つ目は文春オンラインのデジタルコミック連載から生まれたコンテンツ。電子と紙両方ありますが、『僕が夫に出会うまで』や、異世界もので『俺、勇者じゃないですから』などがあります。前者は小社の原作物でもありますが、『俺、勇者じゃないですから』は発売してすぐに増刷がかかりました。紙より電子が売れるもの、電子より紙が売れるもの、紙も電子も売れるもの、とにかく今はトライアル・アンド・エラーを重ねチャレンジする時期だと思います。

 創業100周年を記念して、司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』、半藤一利さんの『日本のいちばん長い日』、山崎豊子さんの『大地の子』をコミック化することになっています。『竜馬がゆく』はまもなく『週刊文春』で連載が始まります」

 原作もののコミカライズを手がけていることもあって、コミック編集局の会議には他部署の編集者も参加するなどしているという。スタートして1年余で連載や単行本出版も含め、当初の予定以上の取り組みになっているようだ。

 昨年、経験者の中途採用を実施するなど、人材確保にも努めているようだ。

20年に及ぶ取り組みが結実しつつある新潮社

 最後に取り上げるのは新潮社だ。

 新潮社の場合、ここまで報告した3社とは違い、取り組みはもう20年に及ぶ。 

 ゼロからマンガ部門を立ち上げようと、堀江信彦『週刊少年ジャンプ』元編集長を代表とするコアミックスという会社を立ち上げ、『週刊コミックバンチ』を創刊したのが2001年だ。

 2010年に『週刊コミックバンチ』は休刊、新潮社は翌年、マンガ部門を内製化する形で『月刊コミック@バンチ』を創刊(後に『月刊コミックバンチ』に改題)、コアミックスも徳間書店と組んで後継誌『月刊コミックゼノン』を創刊した。

 それから10年余を経た昨年、新潮社のコミックバンチ編集部は、それまで本社近くの別の場所にあったのが本社別館に移籍するとともに、コミック事業本部という組織になった。『月刊コミックバンチ』創刊時には6人だった編集部も、契約スタッフを含めると34人の大所帯になった。

 2013年に『くらげバンチ』というウェブサイトを立ち上げ、紙とデジタル両輪で作品を輩出してきたが、映像化作品も増え、ベストセラーも出るなど、苦節20年を経て新潮社の経営を支える柱のひとつになったといえよう。

大きかった『極主夫道』のヒット

 このところの好調の要因を含め、現況について里西哲哉副本部長に話を聞いた。

「最近好調なのはやはり映像化の影響かもしれません。『コミックバンチ』『くらげバンチ』あわせて、いろいろな作品が映像化されています。映像化されたから全てコミックスの売り上げに跳ね返るわけではないのですが、テレビの地上波でドラマやアニメが放送されると、やはり影響は出ますね。

 最近で言えば、この1月からテレビ朝日でドラマが放送された『鹿楓堂よついろ日和』、3月4日公開で劇場アニメ化された『ブルーサーマル』でしょうか。『ブルーサーマル』は大学のグライダーサークルの話ですが、声優が豪華だったため話題になりました。ただ既に連載は終わった作品なので、単行本への跳ね返りはそう大きくありませんでした。

 4月には古屋兎丸さんの『女子高生に殺されたい』の実写映画が公開されます。人気のある田中圭さんが主役とあって話題になっています。

 最近の大きな映像化はそのくらいですが、この間、何といっても大きかったのは2020年に日本テレビ系の日曜ドラマで放送された『極主夫道』でした。21年にはネットフリックスでアニメも配信されました。そのアニメのパート2はこの4月からTOKYO MXで地上波放送されます。

 この作品は、電子と紙をあわせて累計550万部売れました。掲載している『くらげバンチ』にも大きく跳ね返り、21年はWEBマンガ雑誌のランキングで5位以内に入りました。

大ヒットした『極主夫道』(筆者撮影)
大ヒットした『極主夫道』(筆者撮影)

 ただ『くらげバンチ』は、完全無料だったのを昨年7月に課金制を導入したのが原因か、PV数自体は減りましたが、そこから収益も上げだしています。今後どうするか検討中です。

 この2~3年でいえば、2019年にドラマ化された『死役所』も原作に跳ね返りました。紙と電子あわせて2021年には累計450万部いっています」

 新潮社は文芸はもちろん、紙のコンテンツをたくさん持っているので、そのコミカライズも行われている。『白い巨塔』などのほか、司馬遼太郎著『燃えよ剣』も今、「月刊バンチ」で連載中だ。ノンフィクションでは『最後の秘境 東京藝大』もコミカライズされている。

 そのほか新潮社がいま注力しているのはウェブトーンと言われる縦スクロールマンガだ。ピッコマやコミコなどのマンガアプリの中で販売されているが、スマホの仕様にあわせて作ったデジタルコミックだ。この1年ほど急速に市場が拡大している。

「空き時間に携帯で暇つぶしをするユーザー向けに作られたものですが、もともと縦と横に展開していくマンガのコマ運びは日本独特のものなのです。海外でスマホでマンガを読む人の間では縦スクロールのマンガがかなり読まれています。描いているのは韓国と中国の作家が多いですが、市場が伸びているので日本でも出版社だけでなくIT系の企業も含めて参入するところが増えていくと思います。

 今後多くの会社が参入してくるとどうなるかわかりませんが、何千億円もの市場規模ではないかとも言われています。

 新潮社は早くから取り組んだ方だと思いますが、作り方はアニメに似ていて、原作、ネーム、作画、着色などほぼ全て分業体制です。新潮社ではスタジオを作り、それらの分業体制を試行錯誤で進めています」(里西副本部長)

 このほかにも主婦と生活社などコミックへの取り組みを熱心に行っている出版社は少なくない。

 さて今後はどうなるのだろうか。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の最近の記事