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鹿児島県警不祥事とメディアの責任めぐる大事な局面に朝日オピニオン面などこの間の動き

篠田博之月刊『創』編集長
朝日新聞7月5日付オピニオン面(筆者撮影)

相手鹿児島地裁で元巡査長の初公判

 7月11日、鹿児島地裁で、県警の捜査情報を漏らしたとして逮捕されていた藤井光樹・元巡査長の裁判の初公判が開かれた。藤井被告はニュースサイト「ハンター」に情報を提供した事実を認めたのだが、同メディアに情報提供を行った動機をこう語ったという。

「ハンターを知ったのは、約10年前。不正をあぶり出し、大手メディアがなかなかできない報道をしていると感じていた」

 もうひとり情報漏洩したとして逮捕された本田尚志・鹿児島県警前生活安全部長の裁判はこれからだが、彼らが情報提供したのがなぜ記者クラブ加盟の大手メディア、新聞・テレビでなかったのかという問題は、考えてみなければならないことだ。

 鹿児島県警をめぐる一連のスキャンダルは、多くの深刻な問題を浮かび上がらせた。驚くほど続いていた警察の不祥事、それを隠ぺいするトップを見て、内部告発しようとした動き、さらに、本来「権力監視」の役割を担っているはずの既存メディアがそうした動きをフォローできていなかったこと。しかも、「ハンター」が内部情報を暴露して警察批判を続けているにもかかわらず、それを追いかけることすらしていなかったという大手メディアのあり方は、今メディア界で起きている構造的変化の反映でもあるように思う。既存メディアが少しずつ力を弱め、全国紙の場合は地方取材が手薄になっていっているといった業界全体の流れが背景にあるような気がする。

 そうした動きに対して県警トップは内部情報を漏らした警察官を次々と逮捕し、さらに「ハンター」に家宅捜索を行うという強硬措置をとっていった。その動きに対しても、既存メディアがどう対応したか。それも考えてみるべき大きな問題だ。

 いったい何が問われたのか、この時点で幾つか論点を整理しておこうと思う。

発端は6月5日の勾留理由開示手続きだった

 一連の鹿児島県警の不祥事が明るみに出たのは、6月5日に開かれた本田尚志・鹿児島県警前生活安全部長の勾留理由開示手続きだった。情報漏洩の罪を問われた本田氏は、それが正義に基づく外部通報だったことを主張した。そこから一気に全国報道が始まった。

 同氏が守秘義務違反容疑で逮捕されたのは5月31日。前述した「ハンター」への強制捜査と藤井元巡査長の逮捕はその前の4月8日の出来事だった。その捜査の過程で本田氏の件を把握した県警は本田氏を逮捕。一連の経緯が一気に明るみに出てきたのだった。

 本田氏が内部告発を行うのに、地元の新聞やテレビでなく、わざわざ北海道のフリーライター小笠原淳氏に「闇をあばいてください。」という文面で始まる文書を郵送していたことも明らかになった。

「ハンター」は内部告発情報をもとに告発を続けていたのだが、それが大手メディアに全く無視されていたわけではない。例えば同サイトが2023年11月に暴露した「刑事企画課だより」と題する内部資料では、捜査資料などは「速やかに廃棄しましょう」などと書かれていた。再審請求などでそうした資料が新たな証拠として注目される事例が発生しているので、捜査資料は早めに廃棄せよと指示したものだ。

 「ハンター」が暴いた「刑事企画課だより」(同サイトより)
 「ハンター」が暴いた「刑事企画課だより」(同サイトより)

 これは由々しき問題であり、6月15日に鹿児島で再審請求を行っている大崎事件弁護団が記者会見を開いて抗議する事態となった。その動きのもととなったのは西日本新聞が6月8日付一面トップで「捜査書類の廃棄促す文書」と大々的に報道した記事だった。元をたどればきっかけは「ハンター」の配信記事だったが、大手新聞が報じることで大きなニュースになったわけだ。本来ならそういう動きがもっと早くから行われていてよかったはずだ。

 さらに、今回、本田氏の陳述で事態が明るみに出て以降も、新聞・テレビなどの記者クラブに所属するメディアがやったことは、それを鹿児島県警にあてて、そのコメントを引き出すことだった。当然、県警サイドは隠蔽を否定するから、そのコメントをそのまま報じるのは、県警側の意図に沿った報道を展開することになる。県警は対立している一方の当事者だから、本来ならその主張を流すだけでなく、独自取材で真相に迫らなければならないのだが、なかなかそうはならなかった。

家宅捜索に様々な抗議声明が

 もっと深刻なのは、県警が情報流出を抑え込むために、告発をしたと目された警察官を逮捕したうえに、「ハンター」に家宅捜索を行って、流出した内部情報の証拠を押収するという暴力的な対応を行ったことだ。全国紙などの大手メディアが相手であれば警察もそこまで強硬な措置はとらなかったろうが、相手が小さなメディアであるとみなし、警察はここまでやるのだと示すことで大手メディアへの牽制も考えたのだろう。

 問題はその家宅捜索の事実そのものが6月まで報道もされず、報道されてからも大手メディアの反応が鈍かったことだ。それに対して6月19日、日本ペンクラブと新聞労連が鹿児島県警による「ハンター」への家宅捜索に抗議声明を発表した。その後も日本ジャーナリスト会議(JCJ)福岡支部や、日本出版者協議会など次々と家宅捜索への抗議声明が出されている。報道機関への情報源探りのための家宅捜索などあってはならないことだし、やられたのが小さなメディアだからと静観していてはいけないという声だった。

 もちろん大手メディアの対応もなかったわけではない。朝日新聞は6月20日の朝刊で「鹿児島県警 捜索の理由 説明求める」という社説を掲げている。強い論調ではないが、「言論、表現の自由にかかわる問題だ。県警はどう考えるのか。速やかに事実関係を公表し、どのような検討を経て捜索に至ったのか、公の場で説明を尽くさねばならない」というまっとうな主張だった。

 その後、毎日新聞は23日、「鹿児島県警の捜査 報道の自由脅かす手法だ」という社説を掲載。25日には東京新聞が「鹿児島県警 表現の自由脅かす捜索」という社説を掲げている。

7月5日の朝日新聞オピニオン面

 話題になったのは7月5日の朝日新聞オピニオン面「耕論」だった。「報道の自由守るには」というテーマで3人の論者の意見が掲載されている。対立する論者の意見を載せることが多いオピニオン面だが、この日は3人とも鹿児島県警の強制捜査を批判していた。一人は「闇をあばいてください」という内部告発を受け取った北海道のライター小笠原淳氏、メディア法や憲法が専門の鈴木秀美・慶応大教授、そしてもう一人は私だった。

 3人のそれぞれの指摘を掲載すると同時に、編集側のスタンスも明らかにした紙面だった。そういう紙面が作れたのは編集委員の豊秀一さんと記者の石川智也さんの思いの現われだろう。朝日のオピニオン面は比較的読まれている紙面だし、全面使ってこのテーマを掲げたことは話題になった。掲載された3人の主張は今もそれぞれ朝日新聞デジタルで読むことができる。

 ある意味で当事者とも言える小笠原さんの主張はこうだ。

https://digital.asahi.com/articles/ASS73420KS73UPQJ00VM.html?iref=pc_ss_date_article

県警の内部告発先、なぜ私だった 送られなかった大メディアは自問を 小笠原淳さん

 鈴木秀美さんの意見はこうだ。

https://digital.asahi.com/articles/ASS741DY0S74UPQJ003M.html?iref=pc_extlink

取材源特定のための捜索は「許されない」 報道界へ、憲法学者の警告 鈴木秀美さん

 そして私の主張は下記だ。

https://digital.asahi.com/articles/ASS734DG6S73UPQJ004M.html

メディアへの捜索が侵す取材源秘匿 篠田博之さん「報道界は連帯を」

東京の出版社の刑事告発も

 その後、元巡査長の裁判などこの問題をめぐる地元の動きは、地元紙の南日本新聞のウェブ版や、朝日新聞デジタルを通じて、東京でも目にする機会が増えた。

 また小笠原さんの著書を出版している東京の出版社「リーダーズノート」が鹿児島県警の強制捜査に抗議して刑事告発を行った。その経緯は、下記アクセスジャーナルが報じ、告発状も公開している。

https://access-journal.jp/77776

 今回の鹿児島県警をめぐる問題、不祥事の経緯だけでなく、内部告発やハンターへの強制捜査などの問題は、いろいろな問題を提起している。特に、メディアの「権力監視」機能がいまどういう状態になっているかという問題は、議論し考えてみるべき大事な問題だ。県警の対応が問われているだけでなく、メディアの側も問われていると言える。その意味でとても大事な局面だ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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