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ラ・リーガ史上最高の日本人選手。乾貴士はどのクラブを選ぶのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
スペインで活躍する乾貴士。(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

「エイバルは乾貴士との契約更新のサインを急ぐものの、獲得に名乗りを上げたベティスも必死に追い上げる!!」

 3月8日、スペイン大手スポーツ紙「マルカ」は日本人アタッカーを巡る争奪戦を報じている。

 エイバルは今年6月末で契約が終了する乾と更新で話を進めていた。しかし、サインには至っていない。10日、レアル・マドリーとのゲームに合わせ、スペインにやって来る代理人との協議次第と言われる。

 移籍金がゼロになる乾に、魅力的なオファーが届いたのは当然だろう。エイバルはチーム最高年俸に近い条件を用意していると言われる。しかしチーム資金力を考えると、ベティスはそれ以上の条件を用意できるはずだ。

「メディアスターであることも魅力」とも言われるが、そんな付加価値がなくても、今の乾なら、どのクラブも欲しがる。

ラ・リーガ史上最高の日本人選手

 乾の成長、進化は目覚ましい。ドイツからやって来たばかりの1年目は、守備のポジショニングや強度で見劣りし、強豪相手では起用されなかった。しかし2年目は守備を習得し、戦術的に賢く、逞しさを増している。そして3年目は主力選手として、なくてはならない存在だ。

 守備の問題を解消できたことで、持ち前の攻撃力が光るようになった。バックラインの前のスペースを横切るようなドリブルは、敵にカオスをもたらし、下位クラブのディフェンダーでは止められない。サイドから中央を崩す力は、ラ・リーガでトップクラス。アシストだけでなく、逆サイドからのボールを呼び込んでフィニッシュするなど、得点も増えつつある。攻撃戦術の軸として、チームを旋回させられるようになった。

 その乾にオファーを送ったベティスは、まさにサイドアタッカーを求める攻撃的チームなのだ。

ベティスという選択肢

 アンダルシア州、セビージャに本拠を置くベティスは、キケ・セティエン監督が率いる。

 セティエンは、今のFCバルセロナの原型を作ったヨハン・クライフのサッカー哲学の信奉者。ボールポゼッションを重視し、ピッチの幅を使って攻め、中を撓ませ、攻め続ける攻撃的チームを目指す。サイドにはホアキン・サンチェス、クリスティアン・テージョ、リャド・ブデブスなど、両ワイドから敵の脇腹を突き、血路を開く選手を擁する。

 まさに、バルサ伝統のスタイルに近い。テクニカル・ディレクターのセラ・フェレールは、リオネル・メッシのスカウトに関わったことでも知られ、バルサで育成部長や監督などを歴任。麾下選手は、バルサのプレーヤーと特性が似ている。例えばMFのファビアン・ルイスはセルジ・ブスケッツの後継者候補に名前が挙がり、ナウエルは今年1月、バルサBへ移籍し、「メッシ二世」と噂される。

 その攻撃志向のベティスが、乾というサイドアタッカーに触手を伸ばしたのは必然と言える。ポゼッションは、サイドに守備を壊せるアタッカーがいてこそ、完結する。欠かせないラストピースなのだ。

 では、乾はどちらのチームでより大きな成功を収められるのか?

移籍か、残留か

 残留か、移籍か。

 エイバルは現在、乾が所属するチーム。それだけでメリットがある。名将の誉れ高いホセ・ルイス・メンディリバル監督が、プレー強度の高い戦いを確立し、今シーズンは27節終了現在で8位につけている。攻守に堅実だが、安定した力を発揮。質実剛健な性格で選手を公平に見て、戦える集団を作れるメンディリバル監督の下、中小クラブとしてはベストチームの一つに挙げられる。

 乾はバスク人監督に信頼され、地元ファンに愛されている。スペインの中でも、バスクの人々は勤勉で規律もあり、日本人が働くのに適した環境と言える。献身が価値として認められるのだ。

 移籍をすることは、一つの博打だ。

移籍は一つの博打

「環境を変える」「高い給料」「バルサスタイルに挑む」

 ベティスへの移籍は、それだけのメリットがある。

 しかし、デメリットもある。

 アンダルシアはバスクと比べると、ほとんど異国と言っていい。スペインの代名詞になっているフラメンコや闘牛が最も愛されているアンダルシア。アンダルシア人は、その刹那の芸術に人生を感じ、共鳴する。

 先日、上梓した「FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場」(東邦出版)でも書いたが、アンダルシア人は人生そのものを壮大な遊びとして捉えている。彼らは勤勉さや忠誠心や義侠心にまったく重きを置いてない。その場を楽しむ。徹底的にそこを追求している。

 そう書くと、理想郷のように聞こえるかも知れないが、怠惰なキャラクターがあって、失業率は30%を超える。

「チームの部品の一つとして機能し、その身を捧げ、犠牲を払ってでも集団のために勝利を」。そうした労働精神を、アンダルシア人は笑い飛ばす。

 真面目な日本人は、少々面食らうところがある。

乾が勝ち取った評価

 ベティスは戦力的にはエイバルより上かもしれない。欧州カップ戦出場やタイトルも狙える。1部リーグで戦ってきた歴史も、エイバルを上回る。

 その一方、クラブマネジメントも不安定という側面もある。判断において、感情的になりやすい。監督更迭が最も起きやすいクラブで、過去には戦い方やプレースタイルがころりと変わった。理屈ではない人々だけに、センチメンタルな部分が決断に影響してしまうのだ。

 はたして、乾はどちらのクラブを選ぶのか?

 どちらを選んでも、それは彼がスペイン挑戦で勝ち取った評価、価値であって、それは祝福されるべきものだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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