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政府の新しい「ブラック企業対策」の可能性

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

2016年12月26日、厚生労働省の長時間労働削減推進本部において、過労死防止対策として、企業名の公表などに関する新しい制度が2017年1月から実施されることが決まった。電通過労死事件によって、ブラック企業や過労死問題にますます注目が集まる中、今回の対策はどのような意味をもつのだろうか。整理してみよう。

過労死・過労自殺が、企業名公表の基準の一つに

まずは、企業名公表についてだ。もともと労働行政は、労働基準法違反で書類送検に至った場合に限り、企業名の名前を公表していた。しかし、労基法違反で書類送検されるケースは、労基署法違反による是正勧告を何度も繰り返すような悪質な企業に限られていた。

それが2015年に開始した制度によって、書類送検に至らずとも、労基法違反によって企業名を公表できるようになった。ただし、条件が厳しすぎるために、適用は現在までにわずか一件しかない

これまでの公表基準

長時間労働の労働基準法違反(適法な36協定を結ばずに時間外労働をさせる、休日を取らせない、割増賃金を払わない)があり、かつ月100時間以上の時間外労働を行っている、10人以上または4分の1以上の労働者がいることが、1年以内に、「3つ」以上の事業場において確認された企業

条件を満たしているかの認定が「3回」も必要であり、極めて高いハードルが課されていたのだ。

そこで、今回2017年1月から新制度が実施される。

まず、従来の「3つ」以上の事業所での長時間労働の労働基準法違反が、「2つ」に緩和され、時間外労働も「80時間以上」に緩和される。

また、新たに「過労死・過労自殺の労災認定、かつ長時間労働の労基法違反」が、「2つの事業所」で、1年以内に確認された企業が新設された。

これからの公表基準

・長時間労働の労働基準法違反(適法な36協定を結ばずに時間外労働をさせる、休日を取らせない、割増賃金を払わない)があり、かつ月80時間以上の時間外労働を行っている、10人以上または4分の1以上の労働者がいることが、1年以内に、「2つ」以上の事業場において確認された企業

・「月100時間超と過労死・過労自殺が2事業所に認められた場合」

(2017年1月4日に記事をわかりやすく修正しました)

いくぶんハードルが下がっていることが分かる。たとえば、残業代未払いをともなう過労死・過労自殺が1年に2回、別の事業所で認定された場合は、企業名が公表されると解釈できる。

裁判所は「ブラック企業の利益優先」だった

緩和されたとはいえ、まだまだ企業名公表のハードルは高い。それでも、やはりこうした措置は「画期的」だというべきだ。

なぜなら、恐ろしいことだが、どれだけひどい過労死を起こそうと、これまで裁判所は過労死企業名公表を社会の利益だとは考えてこなかったからだ。

じつは、これまでも過労死遺族や過労死弁護士は、過労死企業名の情報公開を求めて裁判所に訴えを起こしてきた。過労死企業名が公表されなければ、企業の体質が改善されず、また被害を引き起こすからだ。

だが、2013年に、過労死の労災認定を受けた企業名について公表を認めないと最高裁が判断を確定させたのである。

経緯は次の通りだ。2009年、過労死問題に取り組んできた彼らが、過労死が労災認定された企業名について大阪労働局に開示請求したところ、企業名が黒塗りの文書を出されてしまう。この公表を求めて、彼らが提訴したのだ。大阪地裁判決では開示命令が出たのだが、大阪高裁判決では逆転敗訴で不開示が認められ、最高裁では上告が棄却されてしまった。

問題は、その判決の理由である。

判決によれば、労災が認定された企業名が公表されてしまうと、「「過労死」という否定的言辞で受け止められ、過酷な労働条件の「ブラック企業」という評価までされうる」、さらには新聞報道やインターネットの投稿などをつうじて、「就職の際にブラック企業を見分ける指標となる」などの主張がされることで、「社会的評価の低下や、業務上の信用毀損」の蓋然性があるから、そもそも情報を公開させないというのだ。

過労死企業が「ブラック企業」などと非難される可能性があることは、やむを得ないことだろう。これから就職する若者や、消費者は、どこが頻繁に過労死を出している企業なのかを「知る権利」もあるはずだ。

それなのに、裁判所は「過労死をおこした企業が、ブラック企業だと呼ばれない利益」を守るべきだというのだ。私には非常に偏った判決に思える。

(なお、大阪高裁の判決は山田知司裁判長、最高裁の上告棄却は岡部喜代子裁判長である)。

こうした判決に鑑みると、今回の政府の対策は、やはり画期的なものだといえるだろう。

ブラック企業が悪用する過労死対策の抜け穴

今回の対策では、企業名公表の対象拡大に加えもう一つ、画期的な方針が示されている。

それは、「新ガイドラインによる労働時間の適正把握の徹底」である。

意外と知られていないが、現行の過労死対策の抜け穴の一つとして、労働基準法には、会社が労働時間を記録する義務が定められていないという問題がある。じつは会社がタイムカードなどを管理していなくても、それじたいは労働基準法違反にならないため、労働基準監督署は是正勧告や書類送検で取り締まる権限がない

これをブラック企業が悪用して、違法な長時間労働や賃金未払いについて労基署から労務管理の改善を求められたときに、「タイムカードを廃止しました。これで違法ではないですよね」と開き直る問題が後を絶たないのだという。こうなってしまうと、労働者が労働時間を記録していない限り、違法な長時間労働や賃金未払いを問題化することはかなり難しくなる。

これが許されたままだと、上述の企業名公表はもちろん、現在議論されている時間外労働の上限規制などの長時間労働規制も、すべて無に帰してしまう。労働働基準監督官と労働基準法の致命的な限界である。

現場の労働基準監督官たちが、手を焼いていることを示す数字がある。労働行政で働く公務員の労働組合である全労働が、全国の労働基準監督官1370人に対して実施したアンケート(2014年発表、複数回答可)だ。労働時間規制に必要と考える対策を尋ねたところ、最も多かった答えは、労働時間の上限規制や勤務間インターバルではなく、「実労働時間の把握義務の法定化」であり、じつに991人(72.3%)にのぼる。

全労働の森崎巌委員長は「いい加減な使用者ほど、責任逃れを許す結果となっています」(渡辺輝人弁護士らとの座談会「労基法はなぜ守られないか」『POSSE』25号より)と、現場の憤りを代弁している。

労働改革の今後に向けて

過労死の企業名は「ブラック企業だといわれない利益」の優先で否定され、タイムカードの偽造も放置される。これが、これまでの日本の現実だった。今回の改革は、ある意味では「当たり前」のことに過ぎないようにも思う。

しかも、今回の対策が1月に始まったとしても、その効果が現れるのはまだまだ先のことだ。企業名公表は、1月以降のカウントになり、いまだに労働時間管理をどのように徹底するのかも、あいまいなままだからだ。

だから、現状では労働者が自分で労働時間を記録しておくことが効果的だ。タイムカードを早めに押させたり、改ざんしたりという対応をする企業に対しても、「自分の記録」で対抗できる。

勤務開始時間や退勤時間を毎日メモしたり、退勤のときにメールをしたり、写真を撮影したりなどといった証拠を残しておくと正確性が高まる。しかし、証拠をとっていなかった過去の労働時間については、会社の記録がなければ、証明しようがなくなってしまう。

労働改革に期待するとどうじに、労働者には「自己防衛」の意識をさらに高めてほしいと思う。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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