新国立競技場問題の知財上の論点を整理する
新国立競技場について、ザハ案の図面と採用案(A案)の図面上の共通点が多いという点がニュースとして報道され始めています(参考ニュース1、参考ニュース2)。
この問題における知財上の論点についてまとめてみました。現時点では、外部からはわからない情報も多いので、憶測で結論づけることはやめておき、どういった論点があるかを列挙するだけにします。今後、新たな事実が明らかになった段階でこの論点を当てはめてみると整理がしやすいのではないかと思います。
新国立競技場は著作物か?
過去記事で既に書きましたが、日本の著作権法では建築物を著作物の例として挙げてはいるものの、実際には相当に美術性が高いものしか著作物とされません(たとえば、建売住宅等は著作物とはされません)。とは言え、私見ですが新国立競技場は著作物と言ってよいと思います。なお、建築の著作物は必ずしも実際に建築されたものである必要はなく、建築家の頭の中にある(そして何らかの形で表現されたもの)で足ります。
建築の著作物としての新国立競技場ザハ案の著作者はザハ・ハディド氏か?
ザハ・ハディド氏配下のスタッフが共同著作者になるかもしれませんし、ザハ・ハディドの事務所(ザハ・ハディド・アーキテクト、以下ZHA)の法人著作になるのかもしれませんが、著作者がザハ氏”側”にあることは確実と言ってよいと思います。そして、JSCが、著作物の譲渡(正確には非係争)をザハ氏側に持ちかけてきた(ザハ氏側は断った)という報道から考えれば、著作権は最初の契約によっては譲渡されておらず、今でもザハ氏側にあると思われます。
建築の著作物としてザハ案と採用案は類似か?
ここはなかなか難しいところです。図面上は共通点が多いように見えるのは確かです。ただし、著作権とは創作的な表現を保護する権利ですから、技術的な要素やアイデアが共通するだけでは、著作物として類似とは言えません。
次に建物ではなく、設計図面について考えます。
ザハ案の設計図は著作物か?
日本の著作権法では、図形の著作物の例として「学術的な性質を有する図面」が挙げられています。ゆえに建築図面も著作物になり得ます。ただし、著作権による保護対象となるのは創作的な表現であり、技術的な要素やアイデアに過ぎない部分が保護対象外となるのは建築の著作物の場合と同様です。
ザハ案の設計図の著作者は誰か?
ここがちょっとまだわからないところですが、ZHAが監修しかしていないのであれば、実際に図面を作成した設計事務所や建設会社等が著作者ということになるでしょう。ただ、ZHAとこれらの会社の間で、たとえば、「成果物の著作権は共有とする」といったような契約が結ばれていれば話は別です。
ザハ案設計図と採用案設計図は著作物として類似か?
これまた難しいところで、図面間の共通点は多いようなのですが、その共通点が技術的な点やアイデアの部分にしか過ぎないのであれば、著作物として類似ということにはなりません。誰が作っても同じになるレベルなのか、創作的表現として模倣しているレベルなのか建築の専門家の方のご意見を聞きたいところです。
なお、「建築に関する図面に従つて建築物を完成すること」は建築の著作物の複製にあたります(著作権法2条1項15号ロ)ので、もし図面の流用が著作権上の複製(または翻案)ということになると、建築行為自体も著作権侵害になる(差止めの対象になり得る)可能性がでてきます。
今まで著作権法的な話ばかりしてきましたが、不正競争防止法の「営業秘密」についても考えてみるべきでしょう。「営業秘密」とはトレードシークレットの訳語です。別に営業関係だけではなく、秘密管理されている様々な技術情報も含まれます。著作権法の場合には常に「創作的表現」だけが保護対象ですが、不正競争防止法の営業秘密は純粋に技術的な要素(たとえば設計データ)だけでも保護対象になり得ます。
ザハ案の設計図は営業秘密か?
営業秘密の要件は、1. 秘密管理性(秘密として管理されていること)、2.有用性 (事業活動に有用な情報であること) 、3.非公知性 (公然と知られていないこと)です。秘密管理性がどれほど徹底されていたのかという点はあると思いますが、ザハ案の設計図は営業秘密にあたる可能性があると思います。設計図に限らず設計データのようなものも上記3要件に合致すれば営業秘密になります。
ザハ案の設計図の営業秘密の保有者は誰か?
著作物との話とは異なり誰が作ったのかは直接関係なく、誰が秘密情報として管理しているかということになります。おそらくは、ZHA、および協力会社が共同で保有者ということになると思うのですが、実態は外部から見るだけではわかりません。
ザハ案の設計図を別案に流用する行為は不正競争防止法に違反するか?
保有者から示された営業秘密を不正の利益を得る目的で使用する行為(不正競争防止法2条1項7号)がもしあったとするならば、差止めや損害賠償の対象になり得ます。これは、ZHAと協力会社間の契約や情報の管理の状況にもよりますので、現時点で外部から見えている情報だけからは結論づけにくいです。
ということで、報道では著作権の話か出てきてないですが、現実には営業秘密も問題になり得ると思います(ザハ氏側の弁護士先生は当然考えられていると思いますが)。
取り急ぎ書いたので漏れや勘違いがある可能性があります。また、建築関係専門家の方のコメントもお待ちしております。プライベートでコメントされたい時は弊所のコンタクトフォームからお願いします。