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最強カネロは「晩年のメイウェザー」の域へ。難敵スミスの左腕を破壊した攻略法とは

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
スミスを追い込むカネロ(写真:Ed Mulholland/Matchroom)

やっぱり強かったカネロ

 12月に入り行われた注目カード、エロール・スペンスJr(米)vsダニー・ガルシア(米)、アンソニー・ジョシュア(英)vsクブラット・プレフ(ブルガリア)、ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)vsカミル・シェルメタ(ポーランド)は前者たち(チャンピオン)が快勝。サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)vsカラム・スミス(英)のスーパーミドル級戦も予想有利のカネロが大差の判定勝利を飾った。

 「やっぱりスペンス、ジョシュア、ゴロフキン、カネロは強かった……」というのが率直な印象。あまりにも平凡な感想だが、彼らは盤石なパフォーマンスを披露したと思う。ボクシングでは番狂わせは起こりにくいと思った次第。いずれも今回の勝利をステップに2021年はより注目度の高い戦いに突き進む。

 この4試合の中でオッズがもっとも接近していたのは19日、米テキサス州サンアントニオのアラモドームに11,423人の観衆を集めて開催されたカネロvsスミスだった。それでも5-1でカネロ有利と差は開いていた。ただ展開が予想以上にワンサイドだったのは少々意外。身長で18センチ、リーチで19センチも勝り、アグレッシブでパンチ力でも引けを取らないと推測されたスミスがもっと抵抗すると思われたのだ。そうさせず、最後まで攻撃的な姿勢を貫いたカネロはパウンド・フォー・パウンド(PFP)最強の称号に相応しい出来を披露したと評価される。

急所以外で弱らせる

 さて、カネロvsスミスには興味深い攻防があった。極端に言えばそれが勝負を分けたポイントだった。この日カネロが多発した右フックを食らったスミスが左腕に異常をきたし自由が効かなくなったのだ。それが災いしてスミスは左ジャブが思うように打てず、ましてや左フックは影を潜め、時おり繰り出すコンビネーションにも威力が感じられなかった。

 ボクサーというか人間の急所はチン(アゴ)、テンプル(こめかみ)、ボディー(みぞおち)、レバー(脇腹)である。これにハート(胸)を加えるときもある。腕はアームブロックという言葉があるように拳から上部はディフェンスで用いられる。だがもちろん腕を殴打することは反則ではない。そこにパンチをもらってダメージを受ければハンディになる。

 スミス戦のカネロの攻撃は練習の延長のように自由自在だった。エディ・レイノソ・トレーナーとのミット打ちというよりももっと大きなドラム型のミット打ちを反復練習しているように見えた。前回、昨年11月のセルゲイ・コバレフ戦でライトヘビー級に進出して得た自信か、豪快なパワーショットを繰り出す。序盤からスミスが後手に回ったのは目に見えない圧力に押されたか一瞬のスピードで劣ったからだろう。

棄権寸前だったスミス

 カネロはメキシカンの得意技、左フックのボディー打ちをねじ込むシーンも目立ったが途中からペースアップするにつれて、右フックを頻繁に放つ。両者の身長差のせいか、カネロの右フックはちょうどスミスの左腕を直撃する様相となった。「4,5ラウンドあたりから彼は明らかにダメージを受けたように見えた。私は“そのようなタイプのパンチ“が効果を発揮し出したと確信した」と自画自賛のカネロ。その後もさんざん右フックを打ち込まれたスミスの左腕は悲鳴を上げてしまった。

 押されっぱなしのスミスは9ラウンドと10ラウンドの間のインターバルでセコンドから棄権を促されたという。結局、最後まで頑張り抜いたが、「もし途中でギブアップしていたら、腕の痛みのせいだった。ほかのパンチでダメージは受けなかった。彼(カネロ)のパワーは最高ではなかった。そこそこのパンチャーで予想していたほどではなかった。たぶん私は彼のパワーを過大評価していたのだろう」と英国人はどちらが勝者かわからないコメントを残した。

 それでもスミスは「彼はとてもクレバーなファイターだった」とカネロを称えることも忘れなかった。まさにスミスの左腕を傷めつけたことがその証だろう。あらかじめレイノソ・トレーナーと立てた戦法の一つだったかもしれないが、本番で効果を発揮するところはさすがと感心するしかない。

今月4日の防衛戦でマーティン・マーレイを圧倒したサンダース(写真:BoxingScene.com)
今月4日の防衛戦でマーティン・マーレイを圧倒したサンダース(写真:BoxingScene.com)

次はサンダースかプラントが有力

 この試合でスミスが保持したWBAスーパーミドル級スーパー王座と決定戦として争われたWBC同級王座の2冠を一気に手にしたカネロは168ポンド(スーパーミドル級)の統一を次の仕事にあげた。現在ボクシング界で一番リッチな男は11月にフリーエージェントとなり対戦相手のオプションが増えた。すでに次回は3ヵ月以内にビリー・ジョー・サンダース(英=WBO王者)かキャリブ・プラント(米=IBF王者)と母国メキシコで対戦するプランが浮上している。

 カネロがスミス戦で採った作戦がサウスポーの曲者サンダースやテクニシャンのプラントにそのまま通用するとは思えない。しかしボクシング界のアイコンとなったカネロが今回、一風変わった持ち味を発揮したのは事実。ただし「あれだけ圧倒しながらストップに持ち込めなかったのはコンビネーション(連打)が打てなかったからだ」という指摘もあり、まだ“絶対”の存在とは言えないのではないだろうか。

第二のメイウェザーになるのか?

 フリーエージェント宣言の前、プロモーターのゴールデンボーイ・プロモーションズやストリーミング配信のDAZNと軋轢が生じたカネロにはアンチファンも増えているという。それを察してか試合後カネロは「私がカットしたり顔が腫れたりノックダウンするシーンを観たいと願うファンがいる。でも全然気にしていない。彼ら(アンチファン)をハッピーにさせるわけにはいかない。そんなタイプの人たちを喜ばせたくないという意志が今後のモチベーションにつながる」と発言。

 7年前にカネロが対戦したフロイド・メイウェザーもキャリア後期は「彼が負けるところを観たい」というファン層が急増。マニー・パッキアオ戦などのPPV(ペイ・パー・ビュー)購買件数を驚異的に伸ばす原因となった。カネロもメイウェザーの域に近づいているのだろうか。晩年のメイウェザーは“負けないボクシング”に徹した。30歳のカネロはまだそんなことは頭にないだろうが、一段とボクシングの幅が広がったことは確かなようだ。

2013年9月のメイウェザーvsカネロ(写真:Las Vegas Review-Journal)
2013年9月のメイウェザーvsカネロ(写真:Las Vegas Review-Journal)

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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