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アップルがF1参入!? マクラーレンに触手を伸ばす理由とは

木村正人在英国際ジャーナリスト
アップルがF1に参入する?(写真:ロイター/アフロ)

マクラーレンの強みはF1レースからスピンアウトした経験と技術

米アップルがF1チームを保有する英スーパーカー・メーカーのマクラーレン・テクノロジー・グループに強い関心を持っているようです。英紙フィナンシャル・タイムズが報じています。アップルはスマートフォン市場の成長に陰りが見られることから、2年以上前から自動運転の電気自動車開発に取り組むなど、自動車分野に注目しています。

マクラーレンは「いかなる投資の可能性についてもアップルと交渉していない」とのコメントを出しており、FT紙が報道しているように完全買収や戦略的投資の交渉が数カ月前から始まっているかどうかはもう少し様子を見ないと分かりません。

マクラーレンの強みはなんと言っても、世界最高峰の自動車レースF1に半世紀も参加してきた経験と技術です。F1レースからスピンアウトしたカーボンファイバーやアルミニウムによる軽量ボディ、エアロダイナミクス、エンジン、ステアリングの技術を活かしてオーダーメイドのスーパーカーを作っています。

もう一つはレースのデータをF1マシンとドライバーから時々刻々と取り入れて指令センターに送信し、瞬時に状況を分析、ドライバーにフィードバックするコンピューターシステムです。まさにIoT(モノのインターネット)を先取りした実験がレースのたびに繰り返され、精度を高めています。

マクラーレンのテクノロジー・センターは未来の宇宙ステーションのようだった

マクラーレンのテクノロジー・センター。右端が筆者(同社提供)
マクラーレンのテクノロジー・センター。右端が筆者(同社提供)

筆者は2年前、マクラーレンのテクノロジー・センター(英サリー州ウォーキング)を見学したことがあります。ロンドンから電車で40分余。テクノロジー・センターは未来の宇宙ステーションのようなイメージを漂わせていました。白い床にはチリひとつ落ちていません。

テクノロジー・センターでマクラーレンのF1マシンは整備されています。自動車の整備工場というより精密機械工場、いや最先端の無菌手術室というような清潔感に満たされていました。

F1のシミュレーション・センター(同)
F1のシミュレーション・センター(同)

F1レースの前にはシミュレーションを繰り返して3センチの誤差も許さないコース取りなど入念なレース・プランが作られます。現場のサーキットから送られてくるF1マシンとドライバーのリアルタイム・データを分析して瞬時に戦略を組み立てるオペレーション・ルームもありました。

手作りのスーパーカー

緻密なレーシングカー・エンジニアリングやエンジン、エアロダイナミクスなど妥協を許さないF1の超高度技術を活かして、テクノロジー・センターではスーパーカーのP1と650Sが製造されていました。ベルトコンベアーもオートメーション化されたロボットもありません。まさに職人さんたちが手作業でスーパーカーを組み立てていたのです。

オールカーボンのP1は最高時速350キロ。時速100キロまで加速するのに2.8秒しかかかりません。1日1台のペースで製造されていました。650Sスパイダーで3443万円。P1は2年前で約1億円もしました。マクラーレンにはトヨタのような大量生産の能力もマインドもありません。

子会社のマクラーレン・オートモーティブが昨年生産したスーパーカーは1654台、収入は4億5千万ポンドです。マクラーレン・テクノロジー・グループでは2014年に2億6500万ポンドの収入があったものの、税引前損失は2260万ポンド。にもかかわらず今後6年間で10億ポンドの研究・開発投資を約束しているので、アップルの買収話が持ち上がっても不思議ではないのです。

マクラーレンの狙いはデータビジネス

F1レースのデータ分析技術を活かしたマクラーレン・アプライド・テクノロジー(MAT)の副社長らのプレゼンテーションも聞きました。F1レースではエンジン、燃料、サスペンションなど詳細なデータをリアルタイムで分析し、戦略を立てます。ドライバーのバイオロジカル・データも収集しています。

マクラーレンは自転車ビジネスも手がける(同)
マクラーレンは自転車ビジネスも手がける(同)

マクラーレンはレーシング用の自転車も発売しています。担当者は筆者の質問に「自転車市場が狙いではなく、自転車に乗る人に装着してもらう健康装置がカギなんです」と答えました。耳の下に小さな金属のボタンを貼り付けると、そこから血圧、脈拍、血中濃度など、さまざまな健康データがデータセンターに送られてくるシステムを構築したいそうです。

健康データは瞬時に分析されて利用者のかかりつけ医に通知され、病気の発症予防に役立てることができます。さらに製薬メーカーの製造計画にも活用する構想です。実際にMAT社は英国の大手製薬メーカーと提携しています。

データビジネスに力を入れるマクラーレン(同)
データビジネスに力を入れるマクラーレン(同)

F1から得たデータ分析の経験は世界で最も忙しい空港の1つ、ロンドン・ヒースロー空港の航空管制や、エネルギー会社の経営戦略を立てるのに活用されています。MAT社は国際金融都市シティーからデータ・サイエンティストやアナリストを次々とヘッド・ハンティングしていました。

日経新聞は「アップルは新規事業として自動車への参入を模索している」と書いていますが、アップルはマクラーレンのF1ブランドと、F1マシンに搭載されたコンピューターと指令センターを結ぶシステムに関心があるのだと筆者は思います。

究極のIoTとも言えるF1マシンの搭載コンピューター・システムからデータ収集と分析のノウハウを吸収し、自動車分野に限らず、新たな成長市場を作り出すのが、アップルがマクラーレンに触手を伸ばす理由でしょう。ソフトバンクによる半導体設計ARMの買収もそうでしたが、世界は肉体(エンジニアリング)よりも頭脳や神経系(情報通信テクノロジー)の研究・開発に注目しています。

担当者の説明に聞き入る筆者(同)
担当者の説明に聞き入る筆者(同)

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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