B1秋田の劇的“超ロング”ブザービーター 背景にあった偶然と必然
秋田が19点差から逆転勝利
点数が多く入る競技にもかかわらず、接戦が多く、最後までもつれる展開が多い――。それがバスケットボールの大きな魅力だ。そんなバスケの華が試合終了と同時にシュートが決まる“ブザービーター”による逆転勝利。ただそれにしても4月10日に秋田ノーザンハピネッツが決めた逆転ブザービーターは劇的だった。
秋田の対戦相手は今季の天皇杯王者で、東地区の首位を視野に入れる強豪・川崎ブレイブサンダース。秋田も今季は好調で、チャンピオンシップ決勝圏内につけているが、インサイドの中心選手コルトン・アイバーソンを負傷で欠いた。9日の1戦目は秋田が68−82で落としている。
10日の再戦も前半こそ40−40のタイで終えたものの、第3クォーターで一気に突き放される苦しい展開だった。第4クォーターの最大点差は19点で、残り5分の時点でまだ14点差が残っていた。しかし秋田はそこから激しい守備で相手のミスを誘い、3ポイントシュートを決め、終了と同時に逆転してみせた。
トラップDFで流れを掴む
秋田の前田顕蔵ヘッドコーチ(HC)は試合後にこう述べている。
「40分を通して苦しい展開ではあったけれど、昨日よりアグレッシブに、そして諦めずにやってくれたことがこの結果につながりました。僕たちは(負傷者などで)非常に苦しい状況ではあるんですが、こういうゲームをものにすることで自信をつけて、成長していかないといけないクラブ。今日の勝利は非常に大きい」
川崎の佐藤賢次HCは展開をこう振り返る。
「第3クォーターは相手のディフェンス(DF)にアジャストして、いいゲームコントロールが出来ました。残り5分が9−24で、相手の勢いを作ってしまったのが敗因です。やられてはいけない3ポイントを、第4クォーターに7本決められてしまった」
川崎の指揮官は続ける。
「ピック&ロールに全部トラップ(ハンドラーへのダブルチームDF)に来るのは分かっていた中で、それを上手く利用するように指示も出しました。でもそれ以上のプレッシャーがあって、出しどころを全てディナイされた。指示は出したけれど、やりきれなかったことがあります。そこを見つめ直して次につなげたいと思います」
秋田は第4クォーターの終盤、ハンドラーを二人で潰しに行き、選手には“パスを入れさせない”対応をする思い切った守備に打って出た。言葉にすると簡単だが、一瞬でも一箇所でも漏れがあればこの手法は破綻する。第4クォーターになっても守備の強度と緻密さを保てる彼らだからこそ、機能した戦術だ。
終盤に3ポイントシュート攻勢
秋田は積極的な守備で相手のミスを誘いつつ、5分間で24点を決めきった。残り2分10秒、残り1分42秒にジョーダン・グリンが3ポイントシュートを連続して決め、75-81と一気に迫る。ただし川崎に一度8点差に突き放され、さらに残り41秒のフリースローもアレックス・デイビスが1本落としてしまった。
しかし76-83で迎えた残り32秒のフリースローを川崎のジョーダン・ヒースが2本とも失敗。秋田の「可能性」が蘇る。
残り24秒に古川孝敏が3ポイントシュートを決めると、直後に川崎はニック・ファジーカスが痛恨のトラベリング。もっともスコアは79-83で、1回のオフェンスでは埋まらない点差だった。
さらに川崎はその後の対応で大きなミスをしていない。守備の狙いはオーソドックスかつシンプルで「確率の高い選手に3ポイントを打たせない」こと。ただし直後のシリーズで、秋田は今季の3ポイント成功率が18.2%というデイビスが3ポイントシュートを決める。これが1つ目の“偶然”だった。
82-83と1点差に迫った秋田はすぐファウルゲームに出て川崎の時間を奪う。しかし残り14秒、川崎も直後のフリースローを藤井祐眞が2本とも成功させ、点差は再び4点差となった。
残り5秒で攻撃の“ミス”も
直後のオフェンスで、ボール運びを任されたのはガードの中山拓哉だ。点差、残り時間を考えれば3ポイントを狙うべき場面だが、彼はゴール下に切れ込んで2ポイントシュートを決めた。彼はこの選択について「ミス」と認める。
「3ポイントを狙いたくて、シューターを見たら(DFが)タイトについていた。狙いたかったんですけど、ファウルゲームに持っていって4秒5秒残る中でシューターが打てればいいのかなと思いつつ……。チームとして打ちたかったので僕の判断ミスでもあるんですけど、“行かなきゃ”という思いもありつつ行きました」
川崎は当然ながら「3ポイントだけは絶対に打たせない対応」をしていた。その中で中山は逡巡しつつ、ミスではあっても“最悪”ではない選択をした。結果的にこの2点が、大逆転の布石になった。
終了と同時の逆転ロングシュート
秋田は当然ながら改めてファウルゲームを実行する。今度は藤井が2本のフリースローを1本落とした。スコアは84-86で、3点が入れば逆転という状況になっていた。しかし残り時間はわずか4秒。さらに秋田はかなり早いタイミングでタイムアウトを使い切っていて、「相手コートから攻撃を開始する」オプションも使えない。
反対側のエンドからボールを運び始めた中山拓哉は、試合終了が迫る中、ハーフラインを少し越えたあたりから右手でボールを思い切って放り投げた。ボールは高い弧を描いてゴールに吸い込まれ、劇的な逆転ブザービーターとなる。試合は87-86のスコアで決着した。
「本来ならスリーを狙わなければいけないところで2ポイントになってしまったのは僕にとってもミスでした。『うわっ』と思いつつ、最後もシューターに打たせたかったんですけど、向こうのDFがいて出来なかった。残り3秒くらいで(ボールを)もらったときには『打たなきゃ』『打ち切る』という気持ちしかなかったです。そうしたら入りました」
中山は今季の3ポイント成功率が36.4%だが、いわゆるシューターではない。まして、あの遠距離から決める確率はせいぜい数%だろうし、練習でも放ったことのない距離だという。これが試合を決めた2つ目の偶然だ。
高確率の3ポイントシュートは必然
ただし他の要素は必然だ。秋田はこの試合で34本の3ポイントシュートを放ち、47.1%の高確率で16本を決めている。ハードな守備と狙い通りに決めた「14本」があるから、最後の奇跡は生まれた。
秋田は2017-18シーズンに就任したペップ・クラロスHC、2019-20シーズンから指揮を執る前田HCがハードでアグレッシブな守備をチームに植え付けている。ただし攻撃については効率性を欠く傾向が強かった。特に3ポイントの成功率は2019-20シーズンが30.6%でB1最下位、2020-21シーズンは31.9%で20チーム中18位と低迷していた。それが今季は38.7%に跳ね上がり、B1最高の成功率を記録している。
前田HCはこう説明する。
「まずグリン選手と田口(成浩)選手が入りました。あと川島(勇人)選手が入って、プレイメイクができる選手です。二人のシューターがいるので、より打ちやすい状況ができるロスターになりました。僕たちの課題はオフェンスで、DFのスタイルは出来上がっているので、そこからいいトランジションにつなげていく狙いで、今年はオフェンスのシステムをスペースを広く取るものに変えました。あとケビン・ブラスウェル・アシスタントコーチが入ったことで、日本人選手の育成と、システムの構築のところはかなり助けてもらっています」
グリンと田口がチームに好影響
この試合のヒーローとなった中山もこう口にしていた。
「新加入のグリン選手と田口選手が決めてくれるのはありますけど、昨シーズンよりもチームとして3ポイントを打とうという意識が強いと思います。その中で思い切り打てている印象もあります。僕もシューターではないですけど、空いたら打とうという気持ちは昨シーズンより持ってます」
秋田は現在27勝17敗で東地区5位。チャンピオンシップの権利を自動的に得る「地区3位以内」には届いていないが、西地区の4位、5位との勝率比較で上回っていて、ワイルドカードで初のチャンピオンシップ出場を視野に入れている。
今季の3ポイント成功率は田口が48.5%、グリンが45.2%で、それぞれB1の1位と3位につけている。(※全試合数の85%以上に出場し、かつ1試合平均3ポイントシュート成功数1.5本以上の選手/4月11日18時20分修正)
つまり単純に新加入選手の高い能力があり、システムの構築も成功し、なおかつ他の日本人選手がハンドラーとしてスペースをクリエイトするスキルを上げている。田口やグリンがコートにいれば、他の選手のマークが空いて、シュートを思い切り打てるようにある。そんな好循環が秋田の躍進、特に攻撃面の改善を支えている。