TBS『アンナチュラル』プロデューサー植田博樹がヒット作『SPEC』続編で配信に挑む。その覚悟と勝算
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これまでTBSの地上波で放送されてきた『ケイゾク』(99年)『SPEC』(10年)に続くシリーズ最新作「SPECサーガ完結篇『SICK'S 恕乃抄 ~内閣情報調査室特務事項専従係事件簿~』」が4月1日からサービス開始される新しいメディアParaviで配信される。
映画化もされ関連書籍も何冊もつくられた、地上波の人気コンテンツが配信へと発表の場所を変える、これはドラマ新時代の幕開けになるのではないか。『アンナチュラル』という良質なドラマにも関わったプロデューサーの植田博樹に、『ケイゾク』『SPEC』のオフィシャルライタ−をつとめ、書籍制作にも関わってきたライター木俣冬が、新作の企画意図や意気込みを聞いた。
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配信ドラマの黎明期に打って出る
ーー新作に取りかかるいきさつはなんだったのですか?
植田 TBSでネット配信を管理する部署の田澤保之部長(当時)さんから、TBS版Huluのようなコンテンツで『SPEC』のスピンオフをやってほしいという提案がありました。ちょうど僕も『ケイゾクサーガ』の最終版を作ろうと、地上波でやるタイミングを探っていたところだったので、Paraviでやらせてもらうことにしました。
ーー『SPEC』映画版『〜結〜』のとき『ケイゾクサーガ』というワードは出ていましたが、本当に実現させるおつもりだったのですね。
植田 定年までに決着つけないといけないと思っていたところ、配信と聞いてびびっ! と来ました。配信ドラマの黎明期に、『ケイゾクサーガ』で打って出られるというのはラッキーなチャンスだと思います。
ーー配信でやるということは、お金になるコンテンツということですよね。
植田 ははは。そういうふうに認めてもらって声をかけてもらったのがありがたいですね。
(TBS のオンデマンドの累計の売上が『SPEC』『ケイゾク』が1位、2位を占めている)
ーー動き出したのはいつですか。
植田 今年(2017年)に入ってから…4月くらいでしょうか。
ーー3部作と聞きましたが。
植田 序・破・急ですがさらに続く可能性もあります。
ーーもうストーリーは最後までできているのですか。
植田 企画が動き出したときにはすでに、構想はある程度ありましたが、ストーリーの後半は例によって決まっていません(笑・この取材は2017年10月に行いました)
竜雷太、いてこそのドラマ
ーー『SICK'S 恕乃抄』は『SPEC』のあとのお話ですね。
植田 そうです。最初、スポンサーの意向で、当麻(SPEC の主人公)を出す案もあったのですが、堤幸彦監督とも話して、『SPEC』は『〜結〜』できれいに終わっているから蛇足な印象がするということと、メインキャストに木村文乃さんと松田翔太さんというすばらしいキャストがツモれたこともあって、せっかくの新シリーズだし、前シリーズを匂わせることはやめようということになりました。
ーー『SPEC』から引き続いて登場するキャラクターもいて、映画版で亡くなった野々村(竜雷太)が、その弟という設定で引き続き登場するところもポイントです。
植田 はい。竜さんがいないとやっぱりサーガにならないですよ。現場に竜さんがいてくれることが大事なんです。
ーー『ケイゾク』からいらっしゃる重要な方ですからね。じゃあ、なぜ、『〜結〜』で殺したのかという話になりますが。
植田 あのときはそうする必要があったから…。まあ、そこは、生温かく見守ってください(笑)。
堤幸彦の演出は、おかしさと悲しみ
ーー堤さんは、『SICK'S 恕乃抄』の企画を聞かれたとき、乗り気だったんですか。
植田 もちろん。『SICK'S 恕乃抄』の撮影の様子を見ていても、やはりこのコンテンツは堤節とひじょうに相性がいいです。いろんなへんなキャラクターがいっぱい出てきてみんなおかしいけど、悲しくてみたいな感じがすごくいいですね。
ーーそう思います。植田さんの作る世界と堤監督の演出はとてもハマります。
植田 何かの占いで相性が100%だったと聞いたことがあって…。
ーーそれは『SPEC全記録集』(KADOKAWA)のインタビューで私がお話したことです(笑)。
植田 ほんとうにそうだと思います(笑)。堤さんの演出のひとつひとつがビシビシと胸に響きます。
ーー相性の良さはなんなんでしょうか。
植田 社会的な問題と、進化する病など近未来的なアイデアから生まれた物語は主に悲劇なのだけれど、そこに堤監督が、ちょっとしたユーモアやドラマ、ぬくもり、みたいなものをバランスよく入れてくれているんですね。今日も堤監督の演出を見ながら、台本を見直すと、全然変わっているようで、全然変わってないっていうか…。その上で、どんどん面白くなっているんです。
ーーすこし社会派のSFやミステリー作品は世の中にたくさんありますが、植田さんと堤さんの作品には、ふざけているようで、おふたりの真面目さや教養の高さがにじみ出ます。
植田 褒めてるのか、ディスってるのかわからない木俣節(笑)。
ーー褒めているんですよ(笑)。エンタメでありながら、世界への問いかけや制度への怒りが隠しきれない感じがします。
植田 それは堤さんがもっているもので、僕はそれを聞いて、脚本にフィードバックしている感じですかね。
おそらく、僕は堤さんと出会っていなければ、そういうつくりをしてないと思います。ほかの演出家とやるときは、そういうふうなものにならないですからね。
俳優の出汁を取る
ーー今度の雅ちゃん(作品ごとに代替わりしている)がバレエやっているというのは。
植田 それは脚本から書いてあります。が、書くときに、堤演出を意識したものです。雅ちゃん役の小林万里子さんと面談したときに、バレエを習っていたと言うから、トウシューズでトコトコってつま先立ちして出てくるアイデアが浮かびました。
ーー当て書きなんですね。
植田 監督は、俳優さんの出汁をとるっていうか(笑)。出会ったときから、そのひとの特性を引き出しているんですよ。僕はその横で、座付き作家のようにアイデアを書き入れていくんです。
ーーやっぱりいいカップルですね。
植田 いいカップルですよ(笑)。今回が最終シリーズと思うと寂しいですが、まあ、これから3年くらいありますから。
ーー3年も? 『SICK'S 恕乃抄』の序・破・急が終わってもまだ続くんですか。
植田 続けようと思っています。
文明の進化はもはや病ではないか
ーー率直にお聞きしますが、『SICK'S 恕乃抄』で書きたいことはなんですか。
植田 僕は、これ以上文明が進化することは、もはや病だなと思っているんです。ひとは進化を求めるものですが、既に適切な進化を超えているのではないでしょうか。だから最初は、「中毒」という意味の『ホリック』 というタイトルにしようと思っていました。「進化中毒」という。ところが、『ホリック』はほかの作品ですでに使われていて。検索すると混同してしまうので、変更しました。
ーーいまは、タイトルひとつとっても、SEO対策も考えてないといけないのですか。
植田 僕が考えたわけではないですが、そういうことを考える方がいて、要望が現場に降りてくるんです。地上波の場合は、テレビドラマを放送して、それが視聴率にどう反映するかと、視聴者がどう捉えるかという、ある種、ひじょうに原始的だったけれど、ネット配信の場合は、ネットという海の中からどう拾ってもらえるかが大事で、検索や流布に対してのノウハウやテクノロジーが進化しているわけですね。
ーーそこにも「進化」が。
植田 年寄りの僕は、もっとのんびりしていてもいいんじゃないかなと思ったりしますけどね…。だからこそ『SICK'S』。タイトルの話でいえば、6チャンネルを捨てて、配信でやるから、愛惜の念を込めて、シックス(6)。意外と愛社精神もあるんですよ(笑)ついでに言うと、序破急も字を変えていて、「序」は「恕」。「破」は「覇」、「急」は「厩」です。
ーー捨てるといっても、TBSはTBSですよね?
植田 TBS、日本経済新聞、テレビ東京、WOWOW、電通、博報堂さんとで共同出資した、野党の、いや野望の集合体。だから、『SICK'S』は、あとでWOWOWやテレ東で放送されて、TBS の地上波にかからない可能性もあるんです。
ーー映画『RANMARU』(16年)もドラマ版はTBS で放送されたにもかかわらず、WOWOWで放送されましたね。
植田 そうなんです。そういう意味でいうと僕らは祖国を追われて、それでもやり続ける者たちなんです(笑)。
映画以上の予算で作る
ーーさて、「序」ですが、まだまだわからないことだらけで。「破」「急」を早く見たくなります。
植田 テーマとかなんとかいうよりもどんどん先に読み進む『少年ジャンプ』みたいなものですね。
ーーいわゆるいままでの連続ドラマもそんな感じですよね。
植田 そうか。そうですね。
ーーそうしながらじょじょにテーマが浮かび上がってくるみたいな?
植田 そうなるといいですね。ただ、ネットのドラマは1話に全予算の半分を注ぎ込めって言われているらしくて。ハリウッドでもどこでも、1話にアイデアと労力の半分をかけているそうです。
ーー台本の1話の冒頭、こんな凄まじい場面、どうやって作るの? と思いました。
植田 堤さんの言ったとおりに書きました。
ーー予算はかなりあるのですか。
植田 最初、地上波と同じサイズでと言っていて、30分×5本で2時間半の作品だから、一時間ドラマの2.5倍の予算を確保すると言ってもらって、それでスタートしたけれどはまらなくて、もうちょっともうちょっとと言っている間に結局映画サイズの予算出してもらいました。TBSの映画班はケチだから、ぶっちゃけ、TBSの映画以上の予算です。
ーーでは、映画版よりも凄いことに?
植田 スタッフも映画のチームだから。美術もすごいし、撮影は唐沢悟さんですし、すごいですよ。
ーー『ケイゾク』の撮影は唐沢さん、『SPEC』は斑目重文でしたが、今回、唐沢さんに戻ったわけは?
植田 原点に戻ろうという意味です。
ーー『SPEC』とはまた雰囲気が変わりそうですね。一回『SPEC』を通ってきているから『ケイゾク』とも違うのでしょうし。
植田 そもそもSPECとは強い願いの発現ですが、『SICK‘S』のヒロインは、注射を打たれて人工的なSPECをもたされた。願いのある人はまだ幸福だけれど、願ってもないのにSPECをもっている人は幸福ではないし、それこそ病ではないかということがテーマではありますね。ほかにも、いろいろ細かい設定はつくってありますが、それは見てのお楽しみです。
木村文乃と松田翔太
ーーすばらしいキャストについてお話してください。
植田 まず、木村文乃さんにはすごく可能性を感じています。『神の舌を持つ男』、『A LIFE〜愛しい人〜』とに出てもらって絶大に信頼していたので、木村さんをヒロインにどうだろうと僕が提案したら、堤さんが「じゃあ相手役は松田翔太さんだな」と言ったんです。『ケイゾク』も『SPEC』も絵になる“コンビ”が出来上がるのは、堤さんの類まれなるセンスですね。僕はそれまで松田翔太さんとはお仕事したことがなかったので、監督が「それはもったいない。最高の役者ですよ。一度会いましょう」と食事会をセッティングしてくださって、ご本人に会ったら、これが非常にクレバーな方で、いっぺんに大好きになりました。実際、演じてもらっても、監督との信頼感が抜群で、キレる芝居のときはビリビリビリビリとキレて、クールに決めるときは決め、コミカルなとこは絶妙にコミカルでやってくださる。撮影の間もムードメーカーでいてくださって、今回も、最強のバディが誕生したと思っています。
あと、一一十(ニノマエイト)役の黒島結菜さんは数年前から注目していた女優さんで、今回、出てもらえて嬉しいです。
ーーヒロインに静琉という名前を使ったんですね(『恋愛寫眞』の主人公の名前であり、植田が脚本を書くときのペンネームが、里中静流 。サンズイ と王へん の違いがある)。
植田 最後だからね。
ーーほんとに最後ですか。
植田 3部作としては。そのあとは、スピンオフをつくったりして、『金八先生』みたいな長いシリーズにしていきたいですね(笑)。
20年経って、新しい時代でもまた生き延びるコンテンツ
ーーすでに『ケイゾク』から20年やっています。
植田 ちょうど20年経つんですね。『ケイゾク』が放送されたのは99年でしたから。
ーーこれだけ続けるには、何が植田さんを突き動かすのでしょうか。
植田 単に好きなエンタメなんです。この世界観が大好き。僕にとって、夢の国です。堤さんが演出をやってくれて、すてきな役者さんたちが演じてくれて、何もいうことはありません。
ーーひとつのコンテンツを作り変えていく作品といえば、エヴァンゲリオンみたいなものと例えていいのでしょうか。
植田 恐縮です。庵野秀明さんを敬愛してますので(笑)。
ーーエヴァと違うのは、あちらはパラレルワールドのような感じですが、植田さんのサーガは、サーガだけに、時代や人物が変わっていっていますよね(ただし、エヴァもエヴァQ で時が経過した世界が描かれた)
植田 アニメと比べると、実写は、生きた役者さんがいて、例えば、さきほど話したバレエのように、役者さんの芝居を見ていると湧いてくるものがありますから、個人の頭のなかで考えることよりも変化はしやすいのかもしれません。もしかしたら、近いのは、常に新しいアトラクションが誕生し、何十年と変わり続けているディズニーランドみたいなものでしょうか。
ーーそうやって一つの種が、20年かけて「サーガ」として広がっていったのはすごいことです。テレビドラマでシリーズものはいくらでもありますが、小説や漫画のように、ひとつの架空の世界観や歴史をつくりあげることはなかなかないことではないでしょうか。
植田 そうですね。99年にスタートしたときはどうなるかと思ったシリーズですが、いま、当時のメンバーもいれば、新しいメンバーも加わり、まだ一緒に作ることができて嬉しいです。そして、今回、Paraviのネット配信のオリジナルドラマ第1弾に選んでもらい、チャンスが生まれたことで、新しい時代でもまた生き延びるコンテンツなのだと思えて大変光栄です。
ーー世界にも配信されますか。
植田 課金システムが通用する場所なら見られるはずです。
ーー世界に広がる可能性ありますね。
植田 そうですね。
☆Paraviと『SICK'S』に関する取材は未だ続きます。近日公開
PROFILE
うえだ・ひろき◯67年2月3日、兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業後、TBS入社。ドラマ制作部のプロデューサーとして、数々のヒットドラマを手がける。代表作に『ケイゾク』『Beautiful Life』『GOOD LUCK!!』『SPEC』シリーズ、『ATARU』『安堂ロイド~A.I .knows LOVE?~』『家族狩り』『まっしろ』『ヤメゴク~ヤクザやめていただきます~』『神の舌を持つ男』『A LIFE〜愛しき人〜 』『IQ246〜華麗なる事件簿〜』『アンナチュラル』など。
SPECサーガとは
『ケイゾク』 99年
東大卒のキャリア柴田純(中谷美紀)は、迷宮入り事件を扱う警視庁捜査一課弐係に配属され、元公安の刑事・真山徹(渡部篤郎)と事件を解決していく。スペシャルドラマ、映画化もされた。
ストーリー、世界観、演出など、00年代のテレビドラマに多大な影響をもたらした作品。
『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』 2010年
公安部公安第五課 未詳事件特別対策係、通称「未詳」に所属するIQ201の天才・当麻紗綾(戸田恵梨香)と、SIT出身の肉体派刑事の瀬文焚流(加瀬亮)が、通常の警察では解決できない超能力者など特殊能力者による事件を解決していく。スペシャルドラマ化、映画化された。
『ケイゾク』の世界観を引き継ぎ、主人公の指針となる野々村係長(竜雷太)など共通の登場人物も存在する。柴田や真山の存在も台詞などで匂わされ、『ケイゾク』でラスボス的だった犯人が思いもかけない存在となって登場する。単なるミステリー、SF 作ではなく、宇宙的な神と人類の戦いのような壮大な世界観へと飛翔した。
SPECサーガ完結篇『SICK'S 恕乃抄 ~内閣情報調査室特務事項専従係事件簿~』2018年
『SPEC』の後の世界。人類の進化の過程で誕生した特殊能力者・スペックホルダーによる犯罪を取り締まる
日本のCIA的存在である内閣情報調査室特務事項専従係、通称「特務」で事件に挑む、御厨静流(木村文乃)と高座宏世(松田翔太)のコンビの活躍を描く。
『ケイゾク』の主人公・柴田純は、不朽の名作・刑事ドラマ『太陽にほえろ』で松田優作が演じた役の名前のオマージュ。シリーズ完結編にして松田優作の息子の参加にもサーガ感を感じる。
SPECサーガ完結篇『SICK'S 恕乃抄 ~内閣情報調査室特務事項専従係事件簿~』
原案・西荻弓絵
プロデュース 植田博樹
監督 堤幸彦
出演 木村文乃 松田翔太
黒島結菜
新川優愛
小林万里子
波岡一喜
矢野浩二
高杉亘
若村麻由美
岡田義徳
池田大
松本穂香
宇垣美里(TBS アナウンサー)
眞島秀和
佐野史郎
哀川翔
宅麻伸(友情出演)
竜雷太