大震災を乗り越え、日本一起業しやすいまちを目指す仙台の原動力とは?
2017年までに開業率日本一
[仙台発]東日本大震災のあと、仙台市は、新たな事業所が全体に占める割合を示す「開業率」が政令指定都市の中で1番になった。2009年の統計では福岡市、札幌市、横浜市に続く4位だった。アジアの需要を取り込む福岡市に再び首位の座を奪われたものの、東北6県のハブとして仙台市は17年までに「新規開業率日本一」を目指している。
その原動力の秘密を探ろうと、東北のベンチャー・中小企業を支援する「MAKOTO」(マコト、仙台市)の竹井智宏代表理事(40)を訪ねた。東北大学の生命科学研究科博士課程を修了した竹井さんは産学官連携コーディネーターやマーケティングセールスを経験。2007年からベンチャー企業への投資や支援に携わった。
しかし東日本大震災で「ベンチャーキャピタルでは投資対象のハードルが高く、支援できる範囲が限られている。もっと自分にできることがあるはず」と考え、11年7月、被災地の起業家や経営者を支援する一般社団法人「MAKOTO」を設立した。
「MAKOTO」は「至誠」からとった。「人が幸せに生きられる社会をつくる」「世界を変える志の起業家を全力支援!」と社会課題解決型の起業支援をその使命や理念に掲げる。「震災が起き、自分の故郷に戻って何かしたい、何かできるんではと起業する人、人生長くないな、自分がやりたいことをやろうという2タイプがあります」と竹井さんは言う。
仙台市内のJR仙石線榴ヶ岡(つつじがおか)駅前で、起業家が事務所や会議室などを共有するコワーキングスペース「cocolin」を運営し、東北では最大の55人が参加する。クラウドファンディングのサービスも開始。738人が参加した起業家応援イベント「SENDAI for Startups!」(仙台市主催)の事務局も務めた。
災害が起きると起業率が上がる
「楽天の三木谷浩史社長も阪神淡路大震災で親戚や友人を失ったことが起業のきっかけになっています。災害が起きると起業率が上がると言われます。感情が揺さぶられるからです。災害ではオカネがあっても死ぬときは死にます。何のために生きているのかという死生観が強くなり、起業に踏み切る人が増えるようです」
竹井さんが指摘するように、仙台市では実際に他人・地域に貢献するため起業する人が16.5%から23.7%に増えた(仙台市が実施した起業家調査の都市間比較より)。2005年、ハリケーン・カトリーナに直撃されたニューオリンズでは起業が復興の原動力になった。
ジャズ発祥地として有名なニューオリンズは石油産業と観光業に依存し、被災前から若者を中心に人口減少が続いていた。死者・行方不明者2541人、被害総額100億~250億ドルとなったカトリーナの影響でニューオリンズ市の人口は約45万人から約23万人にまで減少した。しかし、被災をきっかけに全米から経営学修士(MBA)を持つ学生や若い専門家が集まるようになった。
ベンチャー企業を立ち上げた経験を持つティム・ウィリアムソン氏は非営利団体「アイデア・ビレッジ」を共同創業し、被災前の2000年からニューオリンズで起業家を支援していた。カトリーナ襲来で全米から支援が集まるようになり、「アイデア・ビレッジ」の運営資金も年10万ドルから250万ドルに増加した。
ニューオリンズのあるルイジアナ州は起業家やハイテク企業、バイオ関連の研究・開発への優遇税制を導入。ニューオリンズ市も非営利団体(NPO)や民間企業と積極的に連携した。成人人口10万人に占めるニューオリンズの起業家の割合は全米平均より56%も高くなった。
起業家が成功する5つのポイント
発展途上国では、へその緒を切るときに使うカミソリが感染源になっているため、使い捨ての「へその緒カッター」の発明などが「アイデア・ビレッジ」からは生まれている。ウィリアムソン氏は起業家として成功する5つのポイントを挙げる。
(1)地域のために起業する
起業は地域に必要とされていることを実現する手段。
(2)課題を特定する
ニューオリンズは被災前から高齢化や人口流出が進み、犯罪率が上昇していた。地域の課題に向き合うことで、課題解決に取り組む。カトリーナの襲来はきっかけに過ぎなかった。
(3)リーダーを見つける
地域を心から愛し、多様な人と地域をまとめる誠実な人がリーダーに求められる。
(4)見つけたネットワークを組織化する
賛同者を探し、大学、メンタ―、資本家、専門家、技術者、行政、企業を協力者としてつないでいく。
(5)困難が情熱に火をつける
カトリーナ襲来でニューオーリンズ全体が「何とかしよう」という起業家のまちに変貌した。
日本のニューオリンズを目指せ
仙台市は昨年1月、起業支援センター「アシスタ」を開設。竹井さんの「MAKOTO」や東北大学未来科学技術共同研究センター、日本政策金融公庫、カタールフレンド基金の支援を受けるINTILAQ起業家育成プログラムなどのネットワーク化を進めている。14年度の起業相談はのべ1036件にのぼり、前年度の2.7倍に増えた。
厳選された起業家に対しハンズオン支援を行っている「MAKOTO」からは、自分の足でこいで自由に動き回れる車イスをつくる「TESS」や、イチゴ農業をIT(情報技術)化し、1粒千円のミガキイチゴを販売する「GRA」など社会課題解決型の起業家がどんどん育っている。震災でそれまでの既得権や縁故主義が弱まったことも追い風になっている。
東北は震災前から高齢化や人口流出、産業空洞化の問題を抱えていた。震災で問題がさらに悪化するのか、それともニューオリンズのように起業家が希望に火をともすのか。若者たちの「志」と地元自治体がそれをどう支えていくのかが大きなカギを握っている。
(おわり)