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韓国映画の強さを支える国立映画アカデミー、そのガチなスパルタ教育

渥美志保映画ライター
『パラサイト 半地下の家族』のオスカー受賞監督ポン・ジュノもアカデミー出身(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

一昨年、日本でも公開された韓国のインディーズ映画『野球少女』。『梨泰院クラス』でトランスジェンダーのシェフを演じたマ・ヒョヒ役を演じたイ・ジュヨンが主演し、韓国に実在する初の女性プロ野球選手の物語を描いた作品です。スポーツに全然関心がない私ですが、主人公のひたむきさに胸が詰まり、泣けて泣けて…という映画で、きっとご覧になった方も多いのではないでしょうか。

私がすごく驚いたのは、この作品が新人監督(チェ・ユンテ)の作品だったこと。韓国映画には「デビュー作で、この完成度の高さ!?」という新人監督が多いのですが、そうした背景に国立の映画学校「韓国映画アカデミー(KAFA)」の存在があるのは間違いありません。日本で2016年に公開された『ひと夏のファンタジア』の監督チャン・ゴンジェさんも、このKAFAを19期で卒業した人です。

チャン・ゴンジェ監督(以下、チャン監督)「現在は全過程が1年制ですが、僕の頃は2年制でした。でも2年がとても短く感じるほどのスパルタ式でしたね。月~金の9時から5時まで、実技、分析、シナリオ開発といった様々な授業がぎっしりで、どの授業にも課題があり、週末は撮影に費やされます。寄宿舎住まいでしたが、家にはほぼ帰れません。他の期には「この課題をクリアできなければ退学」という授業もあったようです」

正規コース(撮影)19期チャン・ゴンジェ監督。2014年から3年間は、KAFAで教授を務める
正規コース(撮影)19期チャン・ゴンジェ監督。2014年から3年間は、KAFAで教授を務める

学校での課題は、物語を作る、演出をする、カメラを回す――自分自身でやることが多く、常にアイディアを出し続けることを求められます。「すべての授業が大変だった」と語るのは、30期卒業のユ・ジヨンさん。その中で最もハードだったのが、著名な評論家チョン・ソンイルさんの指導による「映画分析」の授業だそう。その大変さは、話を聞いている私が思わず「ええっ?」と声を上げてしまうほど‥‥。

ユ・ヨジン監督(以下、ユ監督)「朝から夜遅くまで1つの映画を見て、1カットずつ分析する、という授業です。1シーンずつ、でなく、1カットずつ、です。映画ごとに毎回テーマが異なり、例えばパク・チャヌク監督の『お嬢さん』では、美術というテーマで分析しました。授業の後はその分析を200字詰め原稿用紙50枚のレポートとして提出しなければいけません。これが毎週あります。授業の中盤には疲れて集中力がなくなってくるし、50枚のレポート課題も毎週なので、本当にものすごく大変なんですが、1本の映画を丹念に見ることで、きちんと学び消化することができ、本当に役に立ちました」

ユさんと同じように多くの卒業生が「一番辛かった」と語るこの授業は、最も人気の授業でもあるのだとか。

正規コース(演出)30期・ユ・ジヨン監督。最新作『BIRTH』は2022年釜山映画祭で公式上映された
正規コース(演出)30期・ユ・ジヨン監督。最新作『BIRTH』は2022年釜山映画祭で公式上映された

高倍率と過酷な入試を乗り越えた「超・少数精鋭」を国費で育成

 KAFAは交流のある「東京芸術大学 大学院映像研究科(以下、芸大大学院)」と比較されることが多いのですが、同校との違いも多くあります。最も大きな違いは、在学中に作る映画の制作費も含めた学費(寮に入る場合は寮費も含む)がタダであること。KAFAに入る前は「アルバイトをしながら映画を撮っていた」というユ監督にとって、何よりも魅力だったのは、生活のことを考えずに映画制作にどっぷりとつかれるこの環境だったといいます。

 当然ながら志望者も多く、正規コース(演出・撮影・製作・アニメ)の募集人数30人以内に対し、倍率は15倍とも20倍とも。ユ監督によれば「1浪2浪は当たり前、同級生には4浪も」という難関で、入試の厳しさも有名です。特に有名なのは、一次の書類審査(映像ポートフォリオ、短編シナリオ)、二次の筆記テスト(その場で与えられたテーマでシナリオを書くなど)を経た後、最終の三次面接。チャン監督によれば「圧迫面接というようなものかもしれません。受験生は大多数が面接室を泣きながら出てきます」。

ユ監督「長さは1時間くらい。背後に私の映像のポートフォリオが映し出される中、8人の面接官が「何で映画が好きなのか」「どういう映画がな好きなのか」「あなたにとって映画とは何なのか」という本質的な部分に容赦なくつっこんでくるんです。泣きそうになりましたが、かろうじてこらえました」

チャン監督「本当に当に辛かったです。「なぜ撮影コースに入りたいのか」と執拗に突っ込まれ、ちゃんと答えられず「落ちた」と思いました」

正規コース(演出専攻)に1年通った後に、長編コースで再入学したキム・セイン監督はいいます。

キム・セイン監督(以下、キム監督)「面接の短時間で、どれだけ正直になれるか。カッコつけない人、映画でウソをつかない人を探すという意味合いだったと。実は私は泣いてしまったんです。面接当時は24歳ととても若く、「そんなに幼くて、ちゃんとついていけるのか?」と言われて。気持ちのタフさも試されていたんだと思います」

正規コース(演出)34期・長編コース14期・キム・セイン監督。卒業制作『同じ下着を着た二人の女』(5月公開)は、釜山映画祭で4冠を受賞、ベルリン映画祭でも公式上映された
正規コース(演出)34期・長編コース14期・キム・セイン監督。卒業制作『同じ下着を着た二人の女』(5月公開)は、釜山映画祭で4冠を受賞、ベルリン映画祭でも公式上映された

 長編コースでは、メンターである担当教授のもと、脚本、撮影、編集など制作の様々な段階で議論を繰り返します。時にけちょんけちょんにされながら作品を作り上げる過程は、肉体的にも精神的にもかなりタフなものです。さらにそこには、韓国ドラマ顔負けの「競い合い」が。脚本開発の段階で脱落者が出れば、支援予算は残りの作品に振り分けられることになります。キム監督はいいます。

キム監督:演出者間の競争システムでカリキュラムが行われています。周辺の仲間たちが頑張る姿を見ることで、怠惰な自分にたくさんの鞭を入れることができ、力になりました。ただその一方で、競争システムだからこその不安や焦りもあり、その気持ちを収めるのが少し難しかったですね。

先生たちとシナリオについての意見の相違があり、でも私は先生を納得させるのではなく、一方的に敵対するような態度をとってしまったんです。何人かの先生からの「そういう態度はよくない。もう少し柔軟に、ゆっくりと作業したほうがいい」という言葉がその時はよく理解ができませんでした。でも現場でもスタッフや俳優と意見の違いがあって、撮影が終わってから、先生の言葉がすごく思い出されました。先生たちは今も現役の映画人で、そんなふうに現場での在り方のようなものも教えてくださったのが、すごく役にたちました。

ちなみにKAFAでは、正規コース(監督、プロデューサー、撮影監督、アニメ)以外にも、テーマ別、分野別の現場映画人の教育プログラム(「KAFA+映画人教育」)が組まれています。こちらも全て無料です。ただし正規コースも含めて、あらゆるコースでは、よっぽどのことがない限り欠席は認められません(ペナルティあり)。遅刻や途中退出も許されないし、講義の後にはアンケートに答えなければいけません。韓国の教育や学歴に対する信頼は、学ぶことへの厳しさの裏返しでもあります。KAFAにおいてはそれに加えて「国費で学んでいるからには、それなりの結果を出さなければいけない」という厳しさもあるのかもしれません。

実際の映画制作の過酷さに耐えられる「虎を育てる」

今年で40周年を迎えるKAFA。その卒業生は今では700人を越え、興行収入ベースで独立系映画の50%以上、商業映画の60%以上が、KAFA出身の監督によるものとも言われています。その存在が、韓国映画界の層の厚さに寄与していることは言うまでもありませんが、個別の卒業生たちが、「KAFAを卒業したら、将来が約束された」というわけではありません。KAFAでの指導経験を持ち、現在は映画を撮りながら、大学の映画学科で教鞭をとるチャン監督は言います。

チャン監督「デビュー作でいい作品を撮ること以上に大事なのは、2作目、 3作目と良い映画をこつこつと作り続けることだと思います。 仰る通り多くの監督が良質な作品でデビューしていますが、商業映画ではよい作品を作れなかったり、あるいは2本目の作品までとても時間がかかる場合も多いです。 先生たちはいつも「ここも大変だけど、卒業後のほうがはるかに大変」とおっしゃっていましたし、だからこそ、この過程を乗り越えなければならないと、常に「 虎を育てる」という思いで教育していたようです。 僕がこの20年間映画の世界で踏ん張ってこれたのも、アカデミーでつけた「筋肉」があったから。ただKAFAの方式は、共産主義国におけるスポーツエリート養成とどこか似ているんですよね。今振り返ってみると「そこまでやらなくてもいいんじゃないか」という気もします。時代は変わっているし、KAFAも変わっています。

チャン監督の言葉通り、2007年には、KAFAに大きな変化が。映画学校の常識を覆した、映画作りを志望する誰もが憧れる、その型破りなコースとは?→次回へ

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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