世界的アイドル子役から、30代の個性派へ。新作で改めて感慨を誘うダニエル・ラドクリフのロックな俳優魂
大きな注目を集めた子役が、その後、大人の俳優として活躍し続けるかどうか。過去には『E.T.』のドリュー・バリモア、『ホーム・アローン』のマコーレイ・カルキンなど、さまざまな苦難の歴史が残っている。『レオン』のナタリー・ポートマンのように順調に成功した例もあるが、注目された作品や役が「巨大」であるほど、スムーズな成長は難しい。当たり役のイメージと格闘し、払拭すべく、間違った方向に人生の舵を切ったりする。
冒頭の写真にある、ハリー・ポッターの少年。まさに純真無垢の彼は約20年後、こうして変貌した。
主演作『ガンズ・アキンボ』が、日本では2/26に公開されたが、ここでのダニエル・ラドクリフは、無精ヒゲに髪はボサボサ、視線は宙を漂い、両手にはボルトで拳銃が取り付けられてしまっている。さえない青年が殺し合いのゲームに参加させられる運命で、もう、さんざんな姿である。
銃を外せないのでトイレで用を足すにも四苦八苦する姿は、哀れすぎて爆笑させられる。しかしこれも、ダニエル・ラドクリフの割り切った、恐れを知らない役者魂のなせる業(わざ)。
つまり、有名子役のイメージを完全に払拭した姿が、そこにある。
ハリー・ポッター役を射止めたのが11歳。そこから計8作を、10年間にもわたって演じ続けた。ダニエルの10代は、同じキャラクターとともに経過していったのだ。たとえば『男はつらいよ』の渥美清のように、それが大人の俳優だったら、まだどこかで心の折り合いをつけ、宿命を受け止めることができるだろう。しかし多感な時代に、エマ・ワトソン、ルパート・グリントと一緒に「覚悟」を貫いたその心情は、如何ばかりだったのか。想像するだけで切ない気持ちになる。
そして20代の10年間を、ダニエル・ラドクリフはハリー・ポッターの幻影から逃れるかのように、俳優業を邁進してきた。詩人のギンズバーグ、頭に角が生える青年、フランケンシュタインの背骨が曲がった助手、死体……。こうした役のチョイスは、あえて世界中に愛されたヒーローから、遠い場所に行こうとするダニエルの志向が見てとれる。もしかしたらエージェントの意向かもしれないが、何もかも失ってもかまわないという開き直りによって、ハリー・ポッター役は完全に過去のものとなった。
10代を丸々、ハリー・ポッターとして過ごし、もしかしたら役を一生、十字架のように背負っていくことになるのか……。そんな未来への漠然とした不安もあっただろう。実際にダニエルは、まだハリーを演じ続けていた10代の最後に、アルコール依存症にも陥っている。このままでは、明らかにキャリアが停滞し、前述の子役たちのような運命をたどる。こちらのそんな心配をよそに、ダニエル・ラドクリフはキャリアを独自の方向で積み重ね、『ガンズ・アキンボ』のような吹っ切れた演技で、俳優としての進化をとげてきた。
ハリー・ポッター時代のダニエルの、約10年間にわたる取材を振り返ると、大作シリーズを背負って立つ優等生らしいコメントを語るその表情は真面目そのものだった。しかし、質問の合間に好きなネタを振られたりすると、とびきりうれしそうな笑顔で饒舌になる。
2作目『ハリー・ポッターと秘密の部屋』では13歳。まだ子供っぽい素直なコメント。
「僕の日常は驚くほど、ほとんど変化はない。街を歩いていて話しかけてくる人もいるけど、そういう経験もクールだと感じる。友達と一緒にピザを注文して、ぐだぐだと時間を過ごすことも多いよ」
3作目『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』、14歳あたりから音楽への愛を口にするようになる。
「出演料はすべて銀行に預金されてる。14歳だからそんなに必要ない。CDをたくさん買ったくらいかな。お金より、仕事を続けられることが大事なんだ」
4作目『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』では、15歳の男の子っぽく好きなことに夢中になっている印象。
「今年の一番の思い出は、レディング・フェスティバル(野外ロックコンサート)。これまでの人生で最高の3日間だった。ベースギターのレッスンも受けたりしたけど、仕事と勉強が大変で続けられなかったことが、本当に残念だった」
そして6作目『ハリー・ポッターと謎のプリンス』、10代も終わりそうな時期には音楽マニアになっていた。
「いま僕が注目しているのは、ヴァンパイア・ウイークエンドというバンド。まだ知名度は低いけど、来年以降、絶対にビッグになる気がするんだ。あと、ザ・ウォンバッツ、クラクソンズが最近のお気に入りかな。カラオケではデヴィッド・ボウイの『ロックンロール・スーサイド』をよく歌う」
2007年にこう話していたが、その後、ヴァンパイア・ウイークエンドは2008年にデビューアルバムを出し、世界的な人気を集めることになる。ダニエルの予言どおりだった。
こうしたコメントから単純に判断するわけではないが、セレブとして祭り上げられ、常軌を逸した日常になりがちな状態でも、好きなことに夢中になり、プレッシャーと距離をとることができる資質を、ダニエル・ラドクリフは育むことができたのだろう。
ハリー・ポッターの重圧から解放されたダニエルの、振り幅の大きな役へのチャレンジについて、死体役の『スイス・アーミー・マン』の際に本人に聞いたところ、「脚本を読んだ段階で、いったいどんな映像になるのか。想像もつかないような作品が大好き」という答えが返ってきた。
『ガンズ・アキンボ』は、その意味で、まさしく彼の志向の延長線上にある作品だ。
ただ、この『ガンズ・アキンボ』はイギリスとニュージーランドの合作で、おもにニュージーランドで撮影。最近の2作は、オーストラリアの製作の作品だったりする。ハリウッドのメインストリームに近い『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』などでは、どうもダニエルの才気は発揮しきれていないような気もする。子役として運命を共にしたエマ・ワトソンが『美女と野獣』や『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』などハリウッドの王道で活躍している姿とは真逆の方向だ。
しかし、世界のアイドル的存在になった天才子役が、その後、舞台も含め、こうした個性的な作品で活躍し続ける姿は、俳優としてチャレンジ精神を失わない「理想の姿」としても受け止められる。
すでに『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』での取材で、こんな酷な質問にもダニエルは真っ直ぐな表情で答えていた。
「『ホーム・アローン』のマコーレイ・カルキンのように、当たり役でイメージが固定されてしまっても、俳優を続ける気はある?」
「僕はこの役を演じたことを後悔するなんて、今後も絶対にないと思う。なぜなら演技の仕事が大好きだから。(ハリー・ポッターが終わった後も)役者を続けることを理解してもらえるとうれしいな」
14歳の時の言葉を、ダニエル・ラドクリフはきっちりと、そしてロックンロール的な精神で実現しているわけで、だからこそ今後も彼を応援し続けたくなるのである。
ガンズ・アキンボ
2月26日(金)、全国ロードショー
配給:ポニーキャニオン
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