今話題の新しい働き方「社内起業」で、会社も社会も変えるという話
■イントレプレナーによるイノベーションの可能性
あなたは「イントレプレナー」という働き方を知っていますか?
イントレプレナーとは、やりたい仕事を企画し自社事業として立ち上げることを指します。「企業内起業家」や「社内起業家」とも言われています。ここ数年、書籍やライフスタイル系メディア等で定期的に取り上げられる“新しい働き方”(新しい価値観)です。
情熱を武器に現状の担当業務以外のプロジェクトを立ち上げていく。昨今、様々な企業で叫ばれる「イノベーション」につながる取組みとしても注目されています。イントレプレナーとなる従業員は、社内と社外というカテゴリーに留まらず、様々なネットワークを持つことも多く、企業の組織活性化に大きく貢献するとも言われています。
今回は、その実態を学ぶべく、全日本空輸株式会社(以下、ANA)のマーケティング室マーケットコミュニケーション部の深堀昂(ふかぼりあきら)さんを取材してきました。
深堀さんは、先月リリースとなった、ANAの社会的取組みでもマーケティングでもある「BLUE WING」プログラム(以下、Blue Wing)の発案者です。「Blue Wing」は、深堀さんが本業を抱えながら、主に業務時間外で社内外の人を巻き込み、4年の歳月をかけて形にしたプログラムです。イントレプレナーの先進事例みたいな人なのですが、そこから様々な学びを得ることができました。
個人的には、イントレプレナーという働き方もそうですが、なぜマーケティングの人がCSRや社会貢献的なプログラムをしているか、という話が興味深かったです。
■「Blue Wing」のアイディア
ーーご経歴をお聞かせ下さい。
深堀昂さん:2008年にANAに総合職として新卒入社しました。ANAの総合職は、事務系・技術系・パイロット・客室乗務員などがあります。私はその中でも運航技術に関する仕事をしたくて技術職を選びました。ほとんどの技術職は整備士などになりますが、以前からの目標であった、パイロットの操作手順マニュアルの作成などをする部署に異動することができました。4年間ほどいました。
それから2年は訓練企画という部署にいきました。パイロット訓練のプログラム企画などが業務で、ドイツの航空会社であるルフトハンザと提携し、新たな訓練プログラムの開発・導入を行ないました。その後、2014年2月の「Blue Wing」パイロットプログラム開始後、2014年4月にマーケティング部門に異動となり現在に至ります。この部門は2年目です。「Blue Wing」以外の業務では、国際線や海外向けのプロモーションなどを担当しています。
ーー「Blue Wing」のアイディアを思いついたのはいつ頃ですか。
入社当時(2008年)の経営理念の中に「世界の人々に夢と感動を届ける」というのがありました。私の飛行機に対する想いと非常に近かかったのを覚えています。入社してからずっと、今もですが、この「世界の人々に夢と感動を届ける」をどうやって実現するかを日々考えています。
そんな想いがあった、入社2年目の冬(2010年)の時です。たまたま六本木を歩いていた時、“グローバルな視点で社会を変える”という趣旨のセミナーというものがあるのを知り申し込みました。この講座を通じて後に元マイクロソフトのジョンウッド(NGOルームトゥリード代表)さんと出会い、人生観が変わることになります。
ジョンウッドさんは、途上国に図書館設立をするNGOの代表で、1年の内相当数のフライトをしており航空移動費が気になっていました。調べたら8千万円近く年間で使っていたんですよ。その時に「Blue Wing」のアイディアを思いついて、その航空移動をANAが支援し、ユニークなストーリーを持つジョンウッドさんがANAのプロモーション支援をしてくれたら、お互いにメリットあるじゃないか、と。ジョンウッドさんにも面白いと言ってもらえました。今年度はジョンウッドさんとご一緒できませんでしたが、勉強させていただきました。
ANAとしては、社会貢献的な取組みになりますが、仕組みとしては完全にマーケティングです。営利と非営利のビジネス・タイアップです。その当時のアイディアと、基本的な形は今も変わりはありません。ですので、今も主導しているのは、CSR部門ではなく、マーケティング部門となっているのです。
■人を巻き込む“責任”
ーー企画から実施まで4年という長い時間がかかっていますが、この新規プログラムのために動いたモチベーションはどうやって保ったのでしょうか?
一番大変だった時期は2011年です。企画から2年目であり、これから盛り上げていこうという時に起きた東日本大震災。まさに地震の時に「Blue Wing」のプレゼンをしている所でした。新規提案を通すどころではない状況となり一旦ストップしました。
2010年当時からずっと業務時間外で活動していたので、正直、肉体的にも精神的にも大変な時はありました。しかし提案して社内外の人間を巻き込んだ以上、責任があります。ダメだったから「ハイハイでは諦めます」と、提案者が簡単に諦めるわけにはいかない。
そういう不安感とかプレッシャーが一番強いのは、私の場合、夜の寝る前ですね。もう泣きそうになっていました。そんな時にはいつも、実現できた時の“ゴールの絵”を思い浮かべていました。
世界の社会課題解決をするチェンジメーカーの支援することで、世界の人々に夢と感動を届けることできる。その現場ではきっと多くの笑顔が生まれる。その笑顔を起点に、このプログラムがきっといつか、ANAの“挑戦の象徴”にもなるはず。
「Blue Wing」によって、チェンジメーカーが、世界を飛べば飛ぶほど社会が良くなっていく。さらに、現在そして未来のお客様の一部の方が「Blue Wing」の応援者になっていただけるようにしたい。
そんな未来をイメージして、今の大変さはたいしたことではないと、不安を払拭していました。あと社内外に応援者がいてくれた、というのも大きいです。一緒に動いてくれたメンバーや先輩や上司には本当に感謝しています。
ーー社外の応援者や仲間ってどうやって見つけたらいいのでしょうか。
私の場合はセミナーがきっかけでした。どこのセミナーに参加しなさい、というのはありませんが、日々インプットを意識していると自然と情報が入ってくる気がします。雑誌やウェブサイトでの広告、街のポスター、ソーシャルメディアで流れてくる情報など。
セミナー主催側ももちろん、ターゲットになりそうな人に情報を届けようとしてくるので、情報に対するアンテナを高くしておけば、きっと出会える気がします。社外ネットワークは本当に重要です。まさに「Blue Wing」も社外の様々な方やネットワークの中で育ててきた部分もあります。
■世界を変える“仕組み”を作る
ーー今後の目標について教えてください。
「Blue Wing」は期間限定の取組みではなく、今後も様々なプログラムを通じ、大きく育てていきたいと思っています。まだ本格的にスタートして1ヶ月たってないので、3年後、5年後をどうみているかというのはコメントしにくいですが、この仕組みをどんどん広げていきたいとは考えています。
例えばですけど、ANAがメンバーでもある「スターアライアンス」という航空連合がありまして、こちらでも「Blue Wing」の仕組みが展開できれば、飛行機とは、もはや“飛べば飛ぶほど社会が良くなる”ものであるという形なっていくでしょう。飛行機の意義はもともと、移動に関して誰かの“困った”を解決するためのもの、でもあるからです。
「世界の人々に夢と感動を届ける」はANAのミッションというより、航空業界全体のミッションになっていくイメージです。チェンジメーカーの行く場所は途上国も多く、1社のエアラインでは限界もあります。ですから世界中の多くのエアラインが協力し、チェンジメーカーをトータルで支援し、社会を良くしてくことが夢ですね。
飛行機が、人や物を運ぶ乗り物としてだけではなく、夢や希望も一緒に運ぶライフタイル・ツールになり、お客様にそのストーリーや課題解決が進んだ社会を提供できればと。これがANAらしいビジネスでもあり社会貢献でもあります。
まだ始まったばかりですが、この「Blue Wing」のチェンジメーカーを支援するストーリーに共感してくださる方がいれば、サイトにいきシェアをして広げていただきたいです。
■企業価値向上につながる社内起業
社内で本来の業務を行ないながらまったく別の新規プロジェクトを立ち上げること自体は決して珍しいものではありません。ANAと少し異なりますが、例えば、大手では社内ビジネスコンテストなどを実施している企業がたくさんあります。
第三者として取材して感じたのは、インフラ的事業を行なう大企業ではありますが、チャレジングなアイディアに投資をするだけの土壌があるということです。
一般的に、大手になると「大企業病」(事なかれ主義)や「イノベーションのジレンマ」が起き、組織が硬直し成長が鈍化すると言われています。スタートしたばかりというのもあり、ANAの「Blue Wing」が事業に与える影響は、最初は軽微なものかもしれませんが、将来を見た時、とてつもないプロジェクトになっている可能性はあります。もしかしたら、業績への貢献も期待できるかもしれません…!!
深堀さんのようなイントレプレナー自身がすごいのはもちろんのこと、それを最終的に潰さずブラッシュアップさせ引っ張り上げた上司や、ゴーサインと予算をつけた上層部の判断の影響も大きいです。この事例をふまえると、社内でくすぶる若手や企画が引っ張り上げられるかどうかは、直属上司や近い部門のマネージャー次第で、社内外のインパクトが変るということでしょう。
企業の社会的価値を見極めながら、ビジネス・スキームにあてはめた新規プロジェクトを立ち上げる。そして、プロモーションやマーケティング効果、レピュテーション向上などの企業価値向上につながる。今後は、大企業にこそ社会を見渡せるイントレプレナーが必要となるのかもしれません。
参考サイト