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新型コロナ後、感染症が増えているのはなぜなのか #専門家のまとめ

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 日本でも麻疹(はしか)、インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎、手足口病、ヘルパンギーナ、RSウイルス感染症、劇症型溶血性レンサ球菌感染症などの感染症が拡大しています。新型コロナのパンデミック後、感染症の急増は世界的にも同じ傾向がみられ、こうした現象はこれまでなかったことですが、その理由を説明する有力な説はまだありません。

ココがポイント

▼新型コロナ対策で免疫が作られなかったことで感染が拡大か

1シーズンに3回感染も?手足口病 5年ぶりの大流行は“枯れ木に火がついたような”状況 大人が重症化する理由は(FNNプライムオンライン、2024/08/23)

▼一種の国防、安全保障として重要な対策

越境感染症の情報収集を強化 危機管理統括庁、予算要求(共同通信、2024/08/27)

▼減少傾向も注意継続が必要

マイコプラズマ肺炎と新型コロナ 学校再開で対策呼びかけ(NHK福井、2024/08/28)

▼イスラエルで流行したポリオがガザ地区へ感染拡大か

ポリオ予防接種のためガザで一時的に戦闘休止、イスラエル合意 WHO発表(BBC、2024/08/30)

エキスパートの補足・見解

 世界的に同じ感染症が大流行したパンデミックの例として、20世紀初めのスペイン風邪がありました。当時、まだ効果的な感染対策はわかっておらず、治療法もワクチンなども未確立の状態で、各国政府や医療関係者を含む市民は感染拡大をただ手をこまねいているだけでした。

 その後、人類は天然痘、ポリオ、狂犬病、SARS、新型インフルエンザ、エボラ出血熱、エイズなど、多くの感染症を経験し、知見や研究を積み重ね、あるいは克服し、公衆衛生上の感染対策を確立し、治療法やワクチンなどを開発してきました。

 こうした中、世界規模で新型コロナのパンデミックが起き、各国政府はロックダウンなどの感染対策を行い、ワクチンや治療法の開発によって新型コロナのパンデミックを乗り越えました。

 一方、新型コロナ後に世界各国で多種多様な感染症が流行し始めます。

 例えば、新型コロナのパンデミック後、中国や欧米などで感染力の強い呼吸器感染症である百日咳の感染が流行し、乳幼児を含む死亡が増えました。百日咳は日本でも漸増してきた感染症で、ワクチンによる予防が可能な病気ですがワクチン接種率は各国で落ちています。

 日本でも2024年の春先に流行した麻疹(はしか)は、欧米でも流行の兆しをみせています。麻疹(はしか)もワクチンによる予防が可能な病気ですが、こちらもワクチン接種率が落ちていて、それが流行の原因の一つとされています。

 イスラエルでは2023年の春頃から33年ぶりにポリオの感染が蔓延し始めましたが、ワクチンを接種している子どもが少ないため、公衆衛生上の問題になってきました。また、ポリオは米国でも感染者が出ており、世界的に広がっている懸念が生じています。

 では、なぜ新型コロナ後に多種多様な感染症が流行し始めたのでしょうか。

 その理由について、パンデミック中の長く続いた隔離生活、手指衛生、マスク生活などによって大衆の免疫機能に何らかの影響が生じ、その結果として感染症への耐性が低くなったという見方があります。

 これは、通常は身につけるはずの様々な病原体に対する免疫を獲得できない、いわゆる「免疫負債」のことですが、新型コロナ後に日常生活や人流が元に戻るにつれ、人々の感染症への脆弱性が露呈され、感染症が増えたというわけです。

 また、温暖化などの気候変動により、主に熱帯地域でみられた感染症が北上し、人口の多い温帯地域へ広がっているからではという指摘もあります。新型コロナのパンデミックが一息つく中、感染症対策への大衆の意識が薄らいでいる、あるいはあの不自由な生活を忘れたがる傾向があるのも事実でしょう。

 さらに、パンデミックの混乱により、特に乳幼児や子どもに対する麻疹(はしか)、ポリオ、結核など予防可能な感染症のワクチンの接種率が低下したことが新型コロナ後の多種多様な感染症の流行の原因の一つと強調する専門家も少なくありません。

 新型コロナのワクチン接種に対する拒否感(いわゆる反ワク運動)などが影響し、他のワクチンでも接種率が落ち、予防可能な感染症が蔓延する結果になっているというわけです。

 麻疹(はしか)の集団接種は2回接種が2006年に開始されましたが、それ以前の世代に接種した人はほとんどいません。エムポックス(旧サル痘)では、予防や治療に天然痘ワクチンが有効とされていますが、世界的なワクチン不足が課題になっています。

 新型コロナのパンデミックでは、公衆衛生当局や医療機関などがその対策に忙殺されました。その影響もあり、ワクチン接種の啓発などを含む他の感染症の対策がおざなりになっているのではと指摘する専門家もいます。

 ワクチンは、人類が手にした有効な感染予防の技術です。本来は健康な人に接種する以上、限りなく安全であるべきなのは当然ですが、この画期的な技術を無駄にせず、感染を予防し、感染しても重症化したり死亡するリスクをできるだけ下げる意識こそが重要です。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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