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【体操】“ポスト田中理恵” 高校生トリオの実力

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

リオデジャネイロ五輪に向けて急速に世代交代の進んでいる体操の女子日本代表。9月30日から10月6日までベルギー・アントワープで行われる世界選手権の代表メンバーは、4選手中3人が高校生という若い顔ぶれだ。

豊かな表現力と大人の魅力で体操ファンの裾野を広げた田中理恵(日体大教員)に続き、世界を魅了するのは誰か。

■最高H難度を2つこなす“ゴムまり娘”村上茉愛(まい)

村上茉愛はゴムまり娘
村上茉愛はゴムまり娘

9月下旬、東京都北区にある味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)。ベルギーへの出発を数日後に控えた女子代表メンバーは、世界選手権本番で使われるのと同じヤンセン・フリットセン社(オランダ)の器具で、入念に技の練習を繰り返していた。

「日本製の器具に比べると硬くて滑りやすい」「跳ねやすい」という印象を持つ選手が多いが、世界選手権代表メンバーは出場が決まった7月以降、この器具で練習を積んできており、その特性をほぼものにしている。

練習で目を引いたのは、ゆかでH難度の技2つ、

・後方伸身2回宙返り1回ひねり(チュソビチナ)

・後方かかえ込み2回宙返り2回ひねり(シリバス)

を持つ村上茉愛(池谷幸雄倶楽部)。東京・明星学苑に通う17歳の高校2年生だ。

身長146センチメートルと小柄だが、ひとたび助走を始めれば周囲の視線はゴムまりのようなバネに釘付け。軽やかにゆかを蹴り上げて高く宙を舞い、高難度の技を難なく決める姿には、これまでの日本女子には見られない力強さがある。

村上のどこが凄いのか。それは、数ある技の中で2つしかない最高H難度の技をいずれも成功させているという点だ。チュソビチナとシリバスは、それぞれを単発で行うだけでも凄いのだが、村上は7月に行われたインターハイでH難度技を2つとも入れたD得点6.7の構成を成功させている。

世界選手権ではこの“ダブルH”が期待される種目別ゆかと、同跳馬に出る予定だ。

ゆかの予選ではチュソビチナの方は温存して安全策を取るつもりだというが、「決勝ではダブルHをやって優勝したいと思っている」ともくろむ。

ただし、「器具も日本のものとは違うし、あまり攻めすぎてけがするのは避けたい。H難度を2つ入れられたら一番いいけど、いくら技がすごくても着地が乱れたら優勝は無理。着地でも点を稼いでいきたいので、優勝やメダルを狙うために攻めずにまとめることも考える」と、冷静な頭脳も持っている。

また、跳馬ではユルチェンコ2回ひねりと、伸身カサマツを跳ぶ予定。こちらは決勝進出が目標だ。

内村航平(コナミ)の高校時代の指導者としても知られる小林隆・女子強化本部長は、「村上は非常に力強い」とその特長に目を細めつつ、「非常にマイペースなところがある。あの性格はいい」と、周りにながされず、物事に動じない部分も高く評価している。

■高難度技とエレガンスを併せ持つ笹田夏実

笹田夏実は体脂肪率3.5%と言ってはにかんでいた
笹田夏実は体脂肪率3.5%と言ってはにかんでいた

母の弥生さんの旧姓は加納。幻の1982年モスクワ五輪代表選手だ。1979年から1982年までNHK杯4連覇を飾る、日本体操界の女王だった。

その母をコーチに持つ笹田夏実(18歳、帝京高3年)が一躍注目を浴びたのは2008年だった。中学1年生ながら全日本ジュニアで優勝。高難度の技をこなす美少女は、基本姿勢もしっかりしており、演技の美しさでも評判を呼んだ。

その後も順調に実力を伸ばしたが、ロンドン五輪代表選考会では最終日にミスをしてしまい、涙を飲んだ。ロンドン五輪期間中は前年に疲労骨折していた右手首を手術し、入院。同い年の寺本明日香の活躍をテレビで見ながら「凄い…」と脱帽し、「次のオリンピックでは自分もあの舞台に立ちたい」と誓った。

けがから復帰したばかりの今年は、従来よりも技の構成を大幅に落としたものの、演技の完成度を上げることで高得点をマーク。念願の世界舞台出場を決めた。

「今は、以前の一番良かったときにくらべて70%くらいの状態。でも、(5月の)全日本選手権のときは50%くらいだったので、自分が思い描いていたよりも早く上がってきている」と笑顔で話す通り、急速な上昇カーブを描いている。

世界選手権では個人総合に出る予定だ。

「体の調子はいい。技の完成度も上がってきたので、本番では小さいミスがなくなればいいと思う。持ち味であるきれいな姿勢、きれいな演技をしたい」

美しい演技には定評がある。2010年に田中理恵が日本女子として初めて獲得した「エレガンス賞」に話が及ぶと、「メダルには金銀銅と3つあるけれど、エレガンス賞は1つしかないのでアピールを頑張りたい」と目を輝かせた。

今回の合宿では、村上からゆかのひねり技の極意をレクチャーしてもらったという。「わたしはひねりが下手なので、ひねりのかけ方を教えてもらっている。大きな試合は初めてなので、用意してきた演技を100%出すことが目標。世界で自分の演技がどう評価されるか楽しみ」と話す。

小林強化本部長は「笹田は基礎の質の良さを持っていて、それに身体的な強さがついてきた。最近は徐々に心も育ってきていている。もっと(精神的に)強くなれば一つも二つも上にいける」と期待を込める。

けがからの回復期でもある今年は、基礎練習を増やす一方で、筋肉系のトレーニングも増やした。

合宿では村上と連れ立ってNTC内のトレーニングルームに通った。そのお陰で筋肉量が大幅にアップ。肩周りが大きくなり、体脂肪率は「正確かどうか分からないけど、NTCで測ったら3.5%だった。筋肉の付きやすい体質みたいです。お母さんはあまり筋肉質じゃなかったらしいので、お父さんに似たのかな」と、照れくさそうに笑みを浮かべた。

■本番での強さはダントツの寺本明日香

寺本明日香はお気に入りの「フナッシー」のソックスを履いてニッコリ
寺本明日香はお気に入りの「フナッシー」のソックスを履いてニッコリ

女子日本体操界の窮地を救ったことがある。11年10月、東京で行われた世界選手権。日本女子はロンドン五輪の団体メダル獲得を目指し、22カ月間にも及ぶ長期合宿を張って準備を整えていた。

東京での世界選手権はロンドン五輪の団体予選を兼ねており、8位以内に入らなければ団体出場権を獲得することはできない。

アクシデントは団体総合予選の跳馬で起こった。日本チームの中で、跳馬のエースと目されていた選手が演技直前の練習で助走の際に転倒し、足に4針縫う裂傷を負った。

本番を数分後に控えたタイミングので大ピンチ。けがをした仲間が抱きかかえられながら医務室に運ばれる中、代わりに指名されたのが寺本明日香(17歳、名古屋経済大市邨高校3年、レジックスポーツ)だった。

当時は高校1年生で、世界大会に出られる年齢に達したばかり。当然、チーム最年少だった。だが、寺本の精神力は天晴れだった。直前の器具練習もできないまま跳馬の演技を開始。ユルチェンコ1回半ひねりを見事成功させ、田中理恵と並ぶ日本チーム最高得点を出したのだ。

日本は激しい接戦の末にロンドン五輪団体出場権を獲得。寺本の成功がなければロンドン五輪での団体出場はなかったかもしれない大仕事だった。

寺本はその後、ロンドン五輪本番でも勝負強さを発揮。日本女子ではただ1人、個人総合決勝に出て、11位と健闘した。

ロンドン五輪後から今年に掛けてはけがに泣かされてきたが、調子が上がらないなりにも要所ではしっかり成績を収めている。今年4月のワールドカップ東京大会では日本の女子選手として初となる個人総合優勝を飾り、6月のNHK杯では個人総合初優勝を果たした。

4種目とも安定感があり、いざというときには最も頼りになる選手。同い年の笹田とは子どものころからの仲良しであり、村上とも中学時代からジュニアの国際大会に一緒に出ている、気心の知れた仲だ。

「茉愛は気が強くて、絶対にやってやるという気持ちがある。ゆかは素晴らしい感覚を持っているし、最高だと思う。なっちゃん(笹田)はすごい頑張り屋。今年はお互いに苦戦していて、泣いたりしたこともあったけど、今では練習を貫き通すようになっている」

最近のお気に入りはフナッシー。ソックスやバスタオル、ボールペン、キーホルダー…と、「キャラクターグッズを10種類以上持っています」という。

春先、練習が思うようにいかずに泣いて帰宅した際、テレビをつけたらフナッシーの元気いっぱいのユニークな姿が目に入ってきた。「それまで体操をやめようかと思って泣いていたのに、見た途端に笑った。やっぱり体操を続けようと思った」

フナッシーがいればまさに百人力のようだ。

■五輪を2度経験したベテラン美濃部ゆう

勢いのある高校生トリオを引っ張るのは、北京五輪とロンドン五輪に出場した美濃部ゆう(朝日生命)だ。経験豊富な23歳は、「今の代表選手は以前のメンバーよりも技の難度が高く、新しい技に挑戦している。メダルのチャンスは皆にあると思う。ベストを尽くせば結果は後からついてくる」と意気込む。

チームではキャプテンに任命された。小林強化本部長は「今回は団体戦ではないが、しっかりチームをまとめてくれる」と信頼している。寺本と同様に、美濃部も本番に強い選手。世界選手権では得意の平均台と段違い平行棒で決勝進出を目指す。

■日本女子の新しい第一歩

小林強化本部長は言う。

「合宿では基礎の部分を大事に練習してきた。世界ではアメリカ、ロシアがダントツに強く、パワフル。見た目がきれいなだけではなく、体の強さから出る正確さや瞬発的なパワーがある。日本は今、それに追いつくように強化しているところ。選手たちには世界選手権で、世界トップとの具体的な距離感や差を感じてもらい、今後に生かしてもらいたい。今回は日本女子が変わるための第一歩の大会になると思う」

2016年リオデジャネイロ五輪、そして2020年東京五輪へ。ベルギーでの世界選手権は、ポスト田中の候補生たちが世界にアピールする舞台となる。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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