Yahoo!ニュース

【体操】二代目ハイバーマスター 齊藤優佑と“軽快ラップ”(後編)

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
リオ五輪代表選考を兼ねた16年NHK杯1組の6人。齊藤優佑(左から2人目)は8位(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

鉄棒のスペシャリストの中でも特別な存在感が漂う「ハイバーマスター」という称号。「二代目」として受け継ぎ、昨年引退した齊藤優佑は今後、どのように体操と関わっていこうと考えているのだろうか。

■「植松さんは神でした」

 齊藤に初代ハイバーマスター・植松鉱治の印象を聞いた。

「植松さんは高校生の時からもう、『コバチ+コールマン+リバルコ』などの3連続技をやっていたんです。その頃の僕はコバチがやっと、というレベル。だから『なんだ、この気持ち悪い人は』と思って見ていたんです(笑)。それほど高いレベルの選手が植松さんで、鉄棒といえば植松さん。僕の中で神様的な存在でした。その植松さんをずっと追いかけてやってきて、ついに2015年に勝つことができた。そういう感慨がある中で『二代目ハイバーマスター』と指名されたんです」

 言われた当初は悩んだというが、一方で、うれしさもあった。神様のように見ていた人から認めてもらったという気持ちがあった。

 称号を受け継いでからは意識に変化が見られた。齊藤はこのように語る。

「やはり、ハイバーマスターと名乗るからには会場を盛り上げる人にならなければいけない。それなら、誰よりも鉄棒は上手くなってやろう。そのように意識が大きく変わりました。それとともに、応援してくれるファンの方が増えたことも実感していました。僕の鉄棒が好きだと言ってくれる方がすごく増えて、それは本当にありがたかったです」

 SNSの投稿に自分の名前が挙げられているのを目にすることも増えた。

「今日、良かった」「すごかった」「見に行って良かった」

 短い言葉が力になり、もっと頑張ろうと思った。

高校時代まではやんちゃだったという齊藤優佑(撮影:矢内由美子)
高校時代まではやんちゃだったという齊藤優佑(撮影:矢内由美子)

■宮地を三代目に指名した理由

 2018年9月、現役最後の試合となった福井国体で、宮地秀享(茗渓クラブ)にハイバーマスターの称号を受け渡した。福井県鯖江高校出身の宮地は、国体には出ていなかったが、会場に来ていた。齊藤はそこで宮地に「3代目はお前しかいないと思う」と打診。宮地は「やらせていただけるのでしたら、光栄です」と笑顔を浮かべた。

「宮地選手ほど簡単にH難度の『ブレットシュナイダー』ができる選手は、世界を見てもいません。それに、彼にはI難度の『ミヤチ』もあります。あれだけ会場を盛り上げられるのも宮地選手しかいない。初代の植松さんがすごい方だったのに比べて、僕は二代目ハイバーマスターとして、良い成績を取れなかった。宮地選手にはぜひ、僕の分まで会場を盛り上げて、人々を感動させる演技をして欲しいです。それを東京オリンピックでやってくれたら最高ですね」

■鉄棒とはスポットライトを浴びるステージ

 齊藤にとって「体操」とはどのようなものか。

「僕にとっての体操は、“居場所”です。小さい頃の僕は、いろいろな習い事をしていたのですが、すぐに飽きる子どもでした。でも、その中で体操だけは飽きずにずっとやってこられた“場所”なんです。中学時代は少しぐれていて、学校に全く行っていない時期があったのですが、体操の練習には行っていたものです」

 では、鉄棒は?

「鉄棒は、ステージですね。体操が居場所、鉄棒はステージ。輝かせてくれる唯一の場所です。鉄棒って、その下に立っているだけで、スポットライト浴びているように見えませんか?(笑)。僕にとっての鉄棒は、ライブ会場でアーティストがライブをしているところというような感覚なんです」

 現役時代は、鉄棒の支柱にもたれて体育館全体をながめるときが一番落ち着く時間だった。

体操、ラップ…多彩な齊藤優佑(撮影:矢内由美子)
体操、ラップ…多彩な齊藤優佑(撮影:矢内由美子)

■得意の音楽で体操界を盛り上げたい

 昨年限りで現役を引退した齊藤は、今年3月いっぱいで徳洲会体操クラブを退社し、現在は子どもたちの指導と料理人の修行を両立しながら、好きな音楽を生かした体操の普及を夢見ている。

 その中でユニークな取り組みとして話題になったのが、ラップ調の音楽を作曲し、その曲に合わせて体操の技の名を歌う動画を自作したこと。これは「You Tube」に投稿されている。 

 題して『Gymnastics Technique』(体操の技)だ。

『Gymnastics Technique』(体操の技)

 テンポの良いラップ音楽に込める思いを齊藤に説明してもらった。

「曲を作ったのは2017年。数えると、その時点で、人の名前がついている技は約250個ありました。ただ、250個全部を入れると、尺が5分、6分と長くなってしまうんです。体操を知らない人にも気軽に見てもらいたいので、3分で収まるように技の数を厳選しました」

 見ていてとても楽しい斬新なラップ音楽動画は、海外の体操関係者やファンからの反響も大きかったそうだ。

 実は、音楽センスに関してこんなエピソードがある。齊藤が4、5歳の頃。ピアノを習っていた姉の影響で家にあるエレクトーンを弾くのが好きだった齊藤は、テレビで流れるCMを聞くだけで覚えて、指一本で弾いていたそうだ。絶対音感があると見込まれて、ピアノ教室に連れて行かれそうになったが、そこは嫌がって拒否。体操だけに集中した。

 ただ、学校でも音楽の時間は大好きで、周りが恥ずかしがって小さな声で歌うような年齢になっても、一人だけ大きな声で歌っていたそうだ。カラオケも大好き。市立船橋高校時代も週に3日はカラオケに通っていたという。

「音楽×(かける)体操。ちょっと違う角度から、体操を盛り上げていきたいと考えています。何ができるか、未知なところもありますが、可能性は無限かな」

 二代目ハイバーマスターのダイナミックな発想にこうご期待だ。

(敬称略)

 ◆齊藤優佑(さいとう・ゆうすけ) 1988年4月9日、千葉県佐倉市出身(生まれは愛媛県宇和島市)の31歳。小1からフジスポーツクラブ志津教室で体操を始め、市立船橋高校から日本体育大学を経て徳洲会体操クラブへ。2018年限りで現役を引退し、2019年3月に退社し、現在は体操教室で子どもたちを指導。得意種目は跳馬、鉄棒。身長165cm、体重56kg。利き手は右。好きな鉄棒の選手はエプケ・ゾンダーランド。「33歳になっていまだに進化し続けている。それとあのビジュアル。そして医師。それにつけてすごく良い人なんです。試合会場でも話しかけてくれますし。そんな完璧な人間いますか?(笑)」

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

矢内由美子の最近の記事