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2人の元首相による原発ゼロ発言について思うこと

鈴木崇弘政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

2人の元首相の発言が話題を呼んでいる。

去る11月12日、小泉純一郎元首相が、日本記者クラブで会見を行い、「原発即ゼロ」発言を行った(注1)。また「原発ゼロという方針を政治が出せば、専門家や官僚が必ずいい案を作ってくれる。」「(核廃棄物の)処分場選定のめどを付けられると思う方が楽観的」と主張した。

このような小泉元首相の発言に対して、朝日新聞の全国定例世論調査(電話)によれば、「支持する」が60%で、「支持しない」の25%を上回っており、支持が広がっているようだ。

一方、同月23日、菅直人元首相は、「福島原発事故の真実」というタイトルの講演とインタビューのイベントを行った(注2)。筆者も、現場で話を伺った。

菅元首相は、従来からの主張を中心に、東京などの首都圏も放射能に汚染され5000万人が避難せねばならないような最悪の事態の可能性を想定しながら、当時の政府の中心として、福島第一原発事故にいかに対応したかを振り返った。

そして、自身も「(反原発などの市民運動をしていたが、慎重にやっていれば、事故はないと思っていて)原子力の安全神話に犯されていたのを恥じている」とも述べた。また、福島の原発事故は。「神のご加護があったと(から、最悪事態に至らなかったとしか)思えてならない」。そして、「原発事故は、戦争以外で、これだけの規模のもの」はなく、技術的に「原発事故は完全になくせない」ものであるので、「原発をなくすしかない」とも主張した。

さらに、先述の小泉元首相の発言に対して、菅元首相は「基本的に正しい」「カッコいい。大歓迎。」「私が言いたかったことを全部言ってくれた」と持ちあげ、賛意を表明していた。この菅元首相の講演は、いくつかのメディアでも取り上げられている。

両元首相の話は、上記以外にも、日本は、原発ゼロにすべきことと、再生可能エネルギーなどの新技術によって新しい電力やエネルギーの方向性にむかうべきであることも共に示唆した。そして、小泉元首相は、安倍総理に原発ゼロに政治決断をすることを迫り、上述したように、政治が決断すれば、あとは知恵はいくらでも出てくると主張している。

だが、12月7日に経済産業省は、「エネルギー基本計画」の原案を示し、民主党政権が掲げた「原発ゼロ」の方針を転換し、原発を「重要なベース電源」とし、原発再稼働に向けての方向性を提示した。これは正に、安倍政権の原発への方向性と一致している。

このような政府の方針のもとでは、両元首相の提案は社会が原発問題を再考し、市新たなる社会の方向性を生み出していくには十分ではないと考える。その意味で、筆者は、両元首相には、次のような点を考慮して今後の活動をしていただきたいと考えている。

まず日本における今後の原発やエネルギー問題に関しては、次の4つの点を踏まえて、活動および提言をしていただきたい。

1.長期的に、日本における原発やエネルギー問題をどうするか、その方向性を決めること。

2.短期的に、現存の原発や使用済み燃料のバックエンドの問題も踏まえて、電力やエネルギー政策をどうするかを決めること。

3.上記の長期的方向性と短期的な政策をつなげる中期的な政策とそのプロセスをどうするかを決めること。

4.福島第一原発を、安全性を踏まえて、廃炉に向けた活動を維持・継続していく必要性とその活動を前向きにとらえていくこと。

両元首相は、1.についてはすでに方向性を打ち出し、4.についても、小泉首相は、福島第一原発の廃炉化の活動が新らたな産業を生み出すことも指摘している(注3)。

その意味では、2.と3.に関する方策をどのように考えていくかが最も重要になる。またそれらについて考え、提案していくことが、政治的にいかに1.を実現させていくかという上で重要であると考えることができる。

そして、正にそれらの方策を生み出すために、小泉元首相が主張してきているように、政・官・民に働きかけ、専門家や民間人あるいはさらに官僚有志などからなるタスクフォースをつくり、2.や3.の具体的な方策や方向性を打ち出していくべきだろう。その具体策があれば、社会的な議論やコンセンサスの形成およびそれに対する政治的決断の実現性を高めることになる。

しかしながら、それらの方策や提言を作成していく上で、予想される大きな障害がある。それは、月並みだが、既存の電力業界や特にいわゆる原子力ムラだ。

彼らは、今回の原発事故等に関して、多くの批判を受けるべきだし、問題点や課題も多い。だが現実には、彼らは、今も存在し、長らく経済界や政治において大きな影響力や力を発揮してきたし、今もその強い影響力が存続しているのも事実である。そしてすでにかなりの多くの人々がそれらの業界に依存してきており、それに基づく社会構造がすでに存在してきているという現実がある。

その現状においては、原発やエネルギー問題等に関して、それらの業界などを単に批判するだけでは、根本的に問題を解決し、社会が新しい方向に向かうようには思えない(注4)。

ここで思い出してほしいことがある。それは、小泉元首相が断行した構造改革や郵政民営化だ。筆者は基本的にそれらの改革に賛同するものであるが、その後の日本社会の流れを考えてみると、その改革への大きな揺り戻しが起きていることがわかる。

なぜそのようになったかといえば、改革を受ける側が、それらの改革への反発心や反対の力を強化し、小泉政権が終わると、強力な揺り戻しの力を発揮したからである。結果として、全体として考えると、残念ながらむしろ膨大な時間と資源のロスを生み、マイナスも大きかったともいえるのである。

このことは、改革や新しい方向性を打ち出していくには、相手方を単に批判し、改革を進めるだけではなく(注5)、相手側がそれらを受け入れやすいようにし、変わっていきやすい環境をつくることも重要であるといくことを意味している。

本記事で扱っている原発や電力業界の改革において、新しい方向性や政策を構築していく上でも、それらを非難、批判するだけではなく、同様の対応が必要であると考えることができる。

さらに社会における変革は、過去における状況は別として(注6)、基本的には同じメンバーが社会的に存在していく中で、行っていかなければならないということである。

ということは、改革する方もまた改革をされる方も、その改革でプラスやメリットが生まれるようなやり方と方向性を提示して、改革を受け入れる側に、一緒に改革に協力してやっていった方がいいというモチベーションを生み出して、改革を進めていく必要があるということである。その意味で、原発の廃炉化から新しいビジネスやイノベーションを生み出し、日本全体で前向きにとらえられるようにすることも必要だ。

小泉・菅両首相には、ぜひとも上記のことを考慮して、今後の活動をしていただきたいと思う。大いに期待している。

(注1) 日本記者クラブでの小泉元首相の会見の一部は、次のアドレスから見ることが可能である。

http://www.youtube.com/watch?v=DjtXrAFW1gM

(注2)聴衆の多くは、菅元首相の支援者のようであったが、Independent Web

Journal(IWJ)にその時の映像等が掲載されている。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/113068

(注3) 世界中には原発が存在し、それらは建て替えや廃炉にしていくことになる。その意味で、廃炉化活動は一つの大きなビジネスなり、そこから別のイノベーションが生まれてくる可能性もある。

(注4) 武田徹著の『私たちはこうして「原発大国」を選んだ』においては、反原発の運動が逆説的な「原子力ムラ」の結束を強めてきた現実を活写している。また、湯浅誠著の『ヒーローを待っていても世界は変わらない』においても、政権に実際に関わった経験から、政権を批判するだけでは、政治や政策は変わらないということを指摘している。後者に関しては、拙WEBRONZA記事「今だから読むべき本、湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』」(2012/12/10)参照のこと。

(注5) また産業界からすれば、長期的にはともかく、短期的な電力需要や電力価格の問題を考慮して、原発再稼働を求める声もあるだろう。

(注6) 歴史的にみれば、改革に反対する勢力を社会的になくすことで、改革を断行するようなことも行われた。だが現代社会ではそのような手法は、受け入れられない。

政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。新医療領域実装研究会理事等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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