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強敵との対決を避けるカネロ・アルバレスはファンの願いに応えない最強ボクサー?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
カネロ(写真:Sean M. Ham / TGB Promotions)

5月にビボル、9月はゴロフキン

 スーパーミドル級4団体統一世界王者サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)の次戦は5月7日、ラスベガスのT-モバイル・アリーナでWBA世界ライトヘビー級スーパー王者ディミトリ・ビボル(ロシア)への挑戦が濃厚な状況になっている。すでにビボルは契約にサイン済みでカネロサイドのサインを待っている最中だと言われる。主催はマッチルーム・ボクシングとストリーミング配信DAZN。両者はビボル戦と9月17日のゲンナジー・ゴロフキン戦をカネロにオファーしている。

 IBF世界ミドル級王者ゴロフキン(カザフスタン)は延期になっている同級WBAスーパー王者の村田諒太(帝拳)との統一戦が既定路線。村田戦をクリアすることが条件になるが、米国メディアはビボル+ゴロフキンの2試合パックにカネロは応じる見込みが強いと伝える。同時にその決断が“意外”と見られるところがカネロと彼の陣営の思惑を特徴づける。

 というのはマッチルームとDAZNに対抗して米国の興行大手PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)が同じく2試合パックでカネロにオファーを提出していたからだ。相手は5月にWBC世界ミドル級王者ジャモール・チャーロ(米)、9月に前WBC世界スーパーミドル級デビッド・ベナビデス(米)。金額は2試合で1億ドル(約115億円)以上。チャーロ戦が4000万ドル、ベナビデス戦が6000万ドルほどの配分だという。マッチルームのオファーは2試合で8000万ドル(92億円)。約2億3000万円少ないマッチルームをカネロが選択しそうな理由は何なのか?

観戦意欲を刺激する対戦者たち

 近年の獅子奮迅の活躍で“ボクシングの顔”となったカネロだが、連勝が途切れることはキャリアの失墜につながる。もし判定が物議を醸し出したゴロフキンとの2戦で黒星を喫していれば、今の快進撃が生まれていたか確証はない。ゴロフキンとの第2戦で2-0判定で辛勝した以後のカネロの対戦者選びは絶妙だった。いや過去形ではなく現在進行形と言った方が適切だろう。

 2階級越えで攻略は難しいと思われた、2019年11月のWBO世界ライトヘビー級王者セルゲイ・コバレフ(ロシア)戦では、打たれ強さに不安があり、同級王者の中で最弱と思われたコバレフに終盤KO勝ち。約1年のブランクを経てフリーエージェントとなったカネロはカラム・スミス(英=WBAスーパー)→ビリー・ジョー・サンダース(英=WBO王者)→カレブ・プラント(米=IBF王者)を撃破して4団体統一王者に君臨。途中にはさんだアブニ・イルディリム(トルコ)戦は調整試合に等しかった。

 スミス、サンダース、プラントともカネロと戦う前は無敗で、ベルトホルダーとして立ちはだかったが、予想オッズが劣勢だったようにカネロを脅かす存在には思えなかった。3人には白人という共通点がある。課金システムのPPV(ペイ・パー・ビュー)中継で視聴者の中心を占める白人層の観戦意欲を刺激する相手がカネロだった。もちろん、スーパーミドル級で全ベルト統一を目指したカネロが彼らを選択したのは偶然だったのだが…。

チャーロには1試合オファーもあった

 ともあれ、最近のカネロは売り手市場を謳歌している。勝敗は当然ながらカネロと同じリングに立つことは、そのボクサーのキャリアに重要な意味を持つ。周辺の階級の選手たちは誰もがカネロと対戦したがる。PBCが魅力的なオファーを提示したのはうなづける話である。ただし2試合パックがアダとなったと伝えられる。

 PBCはカネロにチャーロ戦1試合のオファーも打診していた。その額は4500万ドル(約51億7500万円)。前回プラント戦のカネロの報酬は4000万ドルと言われるから、カネロは受けるだろうと推測された。プラントとチャーロの“危険度”を考慮すると500万ドルの上積みは妥当だと思われる。チャーロはカネロ戦が実現するとスーパーミドル級初陣となるが、パワーや攻撃力ではプラントを勝る。米国のボクシングサイト、バッドレフト・ドットコムのアンケートでチャーロは「カネロとの対戦を希望する相手」のトップを争っている。

 同じアンケートでは掲示された選手の中にIBF&WBC統一世界ライトヘビー級王者アルツール・ベテルビエフ(ロシア)が入っていないことに読者から不満の声が上がっていた。カネロにとり危険度からすればベテルビエフは上位にランクされる。なぜ彼の名前が載らなかったのかは不明だが、ファンの生の声が聞かれた気がした。18勝18KO無敗のパンチャー、ベテルビエフはどこまでも危険な匂いを漂わせる。

悪童ベナビデス

 そのベテルビエフと比肩するか、むしろリスクが大きいと認識されるのがベナビデスだ。25勝22KO無敗の戦績は57勝39KO1敗2分のカネロに比べキャリア不足の印象がするが、身長184センチ、リーチ189センチの体格は、それぞれ10センチ以上カネロを上回る。25歳の年齢もカネロより6歳若い。トレーナーの父はメキシコ人、母はエクアドル人と100パーセント、ラテン系でアリゾナ州フェニックスが地元。“バンデラ・ロハ”(赤い旗)というニックネームも打倒カネロの旗頭といった雰囲気を醸し出す。

 2度王座(WBC世界スーパーミドル級)に就き、無敗ながら「前王者」に甘んじるのは最初はマリファナの陽性反応、2度目は体重オーバーでベルトを失ったからだ。兄でWBOウェルター級王者テレンス・クロフォード(米)に挑戦歴があるホセ・ベナビデスは自宅近くでギャングに撃たれ重傷を負ったことがある。兄と一緒くたにできないものの、デビッドも素行に問題があり、危ない橋を渡ってきたと想像される。ワルのイメージは完ぺきでスマートなイメージが定着しつつあるカネロのライバルとして貴重な存在。とりわけパワーと押しの強さは最近のカネロの戦闘スタイルと噛み合い、カネロにハードな試合を強いると保証できる。

ファンの願いを叶えてこそ真のスター

 少なくとも、コバレフからプラント戦までほぼ快勝に終わったカネロと単純におもしろい試合を提供することは間違いないだろう。すでに十分すぎる富を手にし、オフにはセレブリティたちとゴルフ三昧のカネロが一般のスポーツファンだけではなく、真のボクシングファンの願いに応えるにはベナビデスとグローブを交えるしかない。

 ただ、これが難しい。筆者が知る業界のエキスパートは「カネロがベナビデスと戦うことは絶対にない」と断言する。カネロはもっと富と名声を得たいと欲すると同時に白星にこだわる。それがベナビデスが敬遠される唯一の理由だ。チャーロ戦に傾きかけたカネロが、いっしょにベナビデスの名前が出てきたことで二の足を踏んだのだ。

 ちなみにベナビデスの次戦は4月か5月、元IBF世界ミドル級王者デビッド・レミュー(カナダ)を相手に予定される。この試合はカネロが再びライトヘビー級に進出することを予測したかのようにWBCスーパーミドル級暫定王座決定戦として行われる見込みだ。彼が2度王座を獲得したWBCはまだ見捨てていないという証拠にも受け取れる。

 最新ニュースでカネロvsビボルの締結機運がいっそう高まったという。ビボルがウズベキスタンでキャンプを実行している情報も入ってきた。もしかしたらカネロはライトヘビー級でも4団体統一王者を目標に掲げるかもしれない。そうなるとベナビデスとの対決はなおさら実現が困難になる。スターパワーでトップに君臨したカネロがファンから心底、尊敬を勝ち取るにはベナビデスと同じリングに立つしかないと思う。

父ホセ・シニアを真ん中にデビッド(左)、ホセのベナビデス兄弟(写真:Esther Lin / Showtime)
父ホセ・シニアを真ん中にデビッド(左)、ホセのベナビデス兄弟(写真:Esther Lin / Showtime)

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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