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勇退する若きトップ調教師・角居勝彦に伯楽・藤沢和雄と国枝栄が贈る言葉とは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
3人の伯楽。左から藤沢和雄、角居勝彦、国枝栄(コロナ禍前に撮影)

藤沢が語る第一印象とその後

 「穏やかそうだけど、厩務員に対しても積極的に質問をしていました。真面目な男だなって感じたものです」

 藤沢和雄は角居勝彦の第一印象をそう語った。

 時は2000年。角居は開業まで1年間の技術調教師時代で、飛ぶ鳥を落とす勢いだった藤沢の下を訪ね、自ら研修を申し出たのだ。

 「それまで面識はありませんでした。やる気のある人だし、成功すると思いました」

 藤沢はそう述懐する。

 角居が開業するとすぐに、藤沢は自分の予測が間違っていなかった事を知る。

 開業祝い代わりに藤沢は1頭の管理馬を角居にプレゼントした。ゴールドレジェンドというその馬は「素質はあるけど、気持ちの面に問題があって競馬へ行って力を発揮させるのが難しいタイプ」(藤沢)だった。実際、藤沢厩舎時代は1つ勝つまでに6戦を要し、その後も勝てずにいた。ところが……。

 「転厩後に連勝して、最終的には重賞にも出走するまでになっていました。気性面で難しいタイプだったけど、上手にカバーして出世させてくれたと感心しました」

角居について語った藤沢和雄(コロナ禍前に撮影)
角居について語った藤沢和雄(コロナ禍前に撮影)

 その後、05年に再び角居は藤沢の下を訪ねた事があった。シーザリオのアメリカ遠征(アメリカンオークス出走)に先立って、前年にかの地へ遠征したダンスインザムードを管理していた藤沢のスタッフに話を聞きに来たのだ。アメリカンオークスを制した後、角居は次のように言っていた。

 「藤沢先生や厩舎のスタッフから事前に情報を仕入れたのが活きました。『アメリカの独立記念日はそこかしこで花火が上がるからメンコ(耳覆い)を余計に持って行った方が良い』とか『洗い場には馬を張る設備がないから1人が持った状態で別の人が洗わないといけない』とか、有益な情報を教えてもらいました」

 実際、1人が持って洗う形は、現地入りしてからではなく、出国前のトレセンで、既に試すようにしたと言うのが角居の凄いところだ。

 藤沢は言う。

 「アメリカンオークスに限らず、普段から熱心に聞きに来るような面はありました。経験ある人達から聞く姿勢は、回り道しないで良いと思います。そうやって仕入れた情報と、自分流のやり方をミックスして、良い厩舎を作っていったのだと思います」

アメリカンオークスに出走した際のシーザリオ。洗い場には馬を張る設備がないため、1人が持って別の1人が洗った
アメリカンオークスに出走した際のシーザリオ。洗い場には馬を張る設備がないため、1人が持って別の1人が洗った

国枝も同じように語る

 その人柄について、藤沢と同じように語るのは国枝栄だ。

 「気さくな人なので何でも受け入れてくれるから、冗談を言い合うなど、楽しく付き合わせてもらいました。ただ、その大人しい雰囲気とは違って、やっている事は大胆。フジさん(藤沢調教師)みたいな迫力は感じさせないけど、海外でバンバン勝ったり、牝馬でダービーを勝ったり、フジさんも驚くような事をやっていますよね」

 そう出来る要因はどこにあると思うか?と聞くと、更に答えた。

 「転厩馬のハットトリックで、国内外のG1を勝ちましたよね。そういうチャンスが来た時にそれを活かせる準備を常に怠らなかったという事でしょう」

 また、人の使い方、育て方にも秀でていたのだろうと続ける。

 「本人と直接しっかり話したわけではないけど、外から見たり聞いたりしている限り、人を上手に使っているし、育てている感じですよね。角居先生の記事を読んで感心させられる事もたびたびありましたよ」

2005年の香港マイル(G1)を制したハットトリック
2005年の香港マイル(G1)を制したハットトリック

勇退する伯楽に贈る言葉

 このあたりは藤沢が更に補足する。

 「自分1人で何もかも出来るわけではないから、結局、厩舎を成功させようと思ったら人を育てて上手に回せるようにしないといけないんだけど、そういう点でも優れていたのだと思います。ただ、やはり基本としては自分の馬をしっかり把握している事が大切です。派手さはないけど、毎日コツコツとやるべき事をやる。角居先生を見ていると、そういう基本がしっかり出来ている。自分もそうしなくては、と常に考えているので、角居先生のお陰でハッと我に返る事がありましたよ」

 メルボルンC(G1)やドバイワールドC(G1)を勝ち、牝馬のウオッカで日本ダービーを制した伯楽・角居勝彦が、実家の都合で定年を待たずして今週末の競馬を最後に、厩舎を解散する。再び国枝の弁。

 「本来なら定年までまだあと10年以上あるわけですよね。競馬界にとって惜しい人材だけど、彼自身はおそらくどこの世界へ行っても成功するでしょう」

 更に笑いながら続けた。

 「これからは馬主にでもなって、若い調教師のところへ入れる形で後方支援してくれるんじゃないかな?」

牝馬では64年ぶりに日本ダービーを制したウオッカも角居の管理馬だった
牝馬では64年ぶりに日本ダービーを制したウオッカも角居の管理馬だった

 また、藤沢は角居の調教のやり方について、具体的に言った。

 「追い切りを1本強く追ったところで能力的に変化するのではない事をよく分かっているのか、普段の調教からしっかりやって、追い切りでは必要以上に強く追うようなマネはしない。そんな調教をしているよね」

 それこそ藤沢が持ち込んだいわゆる“馬なり調教”ではないのか?と問うと、再度、口を開いた。

 「確かにうちの厩舎にも来て見ていたけど、真似をしたわけではないと思います。彼は信念のあるホースマンで自分なりの考えをしっかり持っている。結局、行き着いたところが一緒だったというだけの事だと思います」

 最後に、去り行く若きリーディングトレーナーにかける言葉を伺うと、しんみりした口調で答えた。

 「角居先生には角居先生の人生があるから周囲がどうこう言う事ではないけど、本心を正直に言えば“寂しい”の一語です」

 藤沢のそのひと言は、角居にかかわった事のあるホースマン全ての代弁と言えるだろう。数々の偉業を達成してきた男のラストウィークを目に焼き付けたい。

コロナ禍前に撮影
コロナ禍前に撮影

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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