ロコ・ソラーレ吉田夕梨花が「カーリング人生で一番、頭を使ったシーズン」から得たもの
「麻里ちゃん、オリンピックってどんな場所?」
約1年半前、平昌五輪へ向けて強化を進めていたロコ・ソラーレのリード・吉田夕梨花は、既に2度の五輪を経験していた本橋麻里に聞いた。
そのエピソードは本橋の著書に詳しいが、吉田夕は本橋だけにその質問をぶつけたわけではなかったと言う。
「カーリング選手、他種目のアスリート、選手だけではなく、聞くチャンスがある方には割と積極的に質問しました。(聞いてみると)やっぱりそれぞれの場所に行った人にしか分からない感情があって。『最高に楽しい舞台だった』と言う人がいれば『厳しかったよ、魔物がいたよ』と振り返る人もいました。ポジティブもネガティブも一度、自分に取り入れることをしようと決めていたので、先入観にならない程度にいろんな話が聞けたのは良かったです」
そうして迎えた平昌五輪で日の丸を背負い、彼女は何を感じたのだろうか。
「言葉にするのは難しいですけれど、ネガティブな感情ではなかったことは確かです。もちろん負けが続いてしまった後半は精神的にきつかったし、感情の乱れもありました。でもそれも自分の財産になってくれた。五輪を思い出してください、と言われたらSC(軽井沢クラブ)のメンバーがスタンドの最上段から張り上げてくれた声と、応援してくれている光景が蘇ります」
その五輪で日本カーリング史上初のメダルを獲得し、今季はさらに高みへ。
ファンやメディアは今季の彼女たちに対し「日本で勝つのは当然」「次は世界一だ」といった無邪気な期待を寄せた。それが時にチームへの重圧を生んだかもしれない。18年11月のパシフィック・アジア選手権では準優勝、19年2月に札幌で開催された日本選手権は中部電力に敗れ、グランドスラムやワールドカップといった世界へ挑む舞台では健闘を見せるが世界の頂点には及ばなかった。
吉田夕は「アプローチ」という言葉を使って、今季を振り返る。
「やっぱり簡単ではないシーズンでしたね。オリンピックという大きなイベントが終わって、オリンピックチームが次に向かう道、目標へのアプローチを曖昧なままスタートしてしまった部分があった。焦りであったり、気持ちが落ち着かなかったり、去年と違うということを分かっていなかったかなと思います。周囲の期待に対して自分の気持ちと結果がついていかない、苦しい思いはありました」
それでも、世界一という大きな目標は達成できなかったが、逆に言えばワールドツアーランキングではシーズンを通してトップ10入りをするなど、安定した成績を残している。
「それは世界選手権(2016年/カナダ・スウィフトカレント)で銀メダルを獲った次の年、大失敗のシーズンがあったんですよ。だから『こういうこともあるだろう』という予想はなんとなくチームの中にあって。だからその時よりは大丈夫かな」
彼女が語る「大失敗のシーズン」とは、16/17年シーズンを指す。
世界選手権での銀メダルの翌シーズンは海外ツアーはおろか、国内タイトルさえも逃した。メンバーも定まらずに当時、「何が悪いか分からない。でも何かを変えないといけないことだけは分かる」と姉の知那美がコメントしたこともあったような苦しい期間だった。
その期間をチームで経験した、いわば免疫のようなものに加え、今季は5ロック(※)という新しいルールが世界的に本格導入されたのが安定した成績を残せた要因だったと吉田夕は指摘する。
「優勝という結果が出ないもどかしさはありましたけれど、新しいことに集中できたので、そのもどかしさは薄れてくれたかもしれません。そういう意味でもすごく考え抜いた1年でした。五輪後ということもあったし、ルールも変わって、初めてのことや新しい要素が多かった。カーリング人生で一番、頭を使ったシーズンだったかもしれません」
また、彼女は昨年、「リードを子どもたちが憧れてくれるようなポジションにしたい」と語っている。リードの認知度や自身の思いについて、変化はあったのだろうか。
「ホールで他のカーラーに『私もリードなんです』と声をかけてくれることがあり、フロントのポジションを知ってくれる人が増えたかなとは思います。いずれにしてももっとカーリングを知ってもらうために、トップチームの一員でいる限りポジションごとの仕事を発信するのも役目なのかな、と思うようになりました」
同時に今季はツアーなどで他チームの試合を観る際に、ある変化が訪れたことも明かしてくれた。
「去年までは世界で活躍するリードの技術的な部分を必死に観察して追いつこうと思っていたのですが、今季は精神的な部分にフォーカスしながら、試合だけでなくリンクの外でも注目していました。例えば男子スウェーデン代表のリード、クリストファー・サンドグレン(CHRISTOFFER SUNDGREN)選手などの振る舞いは勉強になりました。彼らは『ミスが出て厳しかっただろうな、悔しいだろうな』というゲームでも、その後もほとんど崩れない。それは強さなのでは、と感じるようになりました」
簡単ではなく、考え抜いたシーズンを終え、リードの役割を改めて噛み締めたロコ・ソラーレの切り込み隊長に今季の総括、そして来季以降の抱負を聞いた。
「勝てなかった不安について聞かれるのですが、実はそんなにないんですよね。成績どうこうは別としても自分にはプラスにしかならないシーズンだった。北京五輪ですか? もちろん、思いがないわけではないです。でも、それ以前にどんな大会でも、日本選手権もグランドスラムも世界選手権も、目の前の試合は全部、勝ちたい。また、そういうステージに立つことが許されるのもトップの選手のみなので、だからこそもう一度、トライしたい気持ちはあります」
ロコ・ソラーレの18/19は、勝てなかったシーズンであると同時に、負けなかったシーズンでもあった。
この1年を停滞とするか充電とするかは結果論に委ねられてしまう部分も大きいだろう。来季の彼女たちのパフォーマンス次第だ。
しかし、それについて吉田夕はプレー同様、淡々と語ってくれた。彼女は基本的に口数は多くないが、そのぶん思っていないことは決して口にしないタイプだ。
「グランドスラムに出られて、クオリファイ(プレーオフ進出)もできたけれど、その先で勝ち切れなかった。タイトルは欲しいなと思っています」
五輪や世界選手権の金メダル獲得同様、グランドスラム制覇はまだ日本カーリング界では誰も成し遂げていない偉業だ。自信はありますか? 最後にそう聞いてみる。
「そうですね、あります」
難しいシーズンを経て、得たものはこの自信と世界へのクリアな視界かもしれない。
来季、ロコ・ソラーレが歴史を生む瞬間が訪れるとすれば、それはこのマイペースで崩れない小さな職人の盤石のセットアップの上に起こるだろう。彼女の笑顔は何よりも雄弁だった。
(※5ロック)
カーリングには両軍のリードの4投がハウスに入っていない場合、そのガードストーンをセカンドのショットまではテイクアウトしてはいけない「フリーガードゾーンルール」があったが、これが改良された。これまでの4投に加え、先攻チームのセカンドの1投目、つまり各エンドの5投までガードストーンのテイクが禁止になる。これが“5ロック”と呼ばれる所以だが、ハウスに石が残りやすくなり、複数得点、あるいはスティールの契機が大幅に増えた。
吉田夕梨花(よしだ・ゆりか)
1993年7月7日北見市常呂町出身。ロコ・ソラーレが発足した2010年からのオリジナルメンバーで当時からチーム最年少だった。フロントエンドのセットアップからフィニッシュまで全ポジションを高いレベルでこなすユーティリティな能力や、ストーンのウェイトや回転をジャッジする目を備えたリード。趣味はアイスホッケーやバレーボールなどのスポーツ観戦。今オフにトライしたいことはゴルフでコースデビュー。