浜田雅功のH Jungle with T「WOW WAR TONIGHT」が“令和”でも愛される理由
5月11日、12日の2日間に渡って大阪・万博記念公園で開催された音楽フェス『ごぶごぶフェスティバル』。お笑いコンビ・ダウンタウンの浜田雅功が発案した同フェスは、2日間で計3万5千人が来場するなど大盛況となった。
特に話題を集めたのが、浜田雅功と小室哲哉の音楽ユニット・H Jungle with Tが29年ぶりに“復活ライブ”をおこなったこと。情報番組やネットニュースでもライブの模様が報じられ、そこで披露された同ユニットのデビュー曲「WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント」(作詞・作曲:Tetsuya Komuro)が“再評価”された。
「WOW WAR TONIGHT」は1995年のリリース曲。稀代のヒットメーカーである小室哲哉が手がけたとは言え、お笑い芸人がメインボーカルを務める楽曲が、リリースから29年経ってもなお聴き継がれ、そればかりか現代でも新鮮さをもって受け入れられている状況は異例ではないだろうか。
平成初期にリリースされた「WOW WAR TONIGHT」はなぜ、令和になった今でも深く親しまれているのか。
浜田雅功の喋りのテンポ「ロンドンで流行していたジャングルのリズムにそっくり」
同曲誕生のきっかけとなったのは1994年12月、ダウンタウンがMCを担当する音楽番組『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』(フジテレビ系)へ、小室哲哉がtrfとともに出演したこと。
番組のなかで浜田雅功は、音楽プロデューサーとしてヒット曲を連発する小室哲哉に「小室さんが曲を出したら売れるんやから、僕にも曲を作ってくださいよ。ミリオンセラー、よろしくお願いします」と売り込んだ。小室哲哉は快諾した経緯について、中谷彰宏との共著『プロデューサーは次を作る ビジネス成功22の方程式』(1998年/飛鳥新社)のなかで「これはイケるかもしれない」と直感が働いたと振り返っている。
小室哲哉は、依頼を引き受けてから1週間もかからずに「WOW WAR TONIGHT」を完成させた。小室哲哉は、ダウンタウンがネタをやっているときの浜田雅功の喋りのテンポが「当時ロンドンで流行していたジャングルという新しい音楽のリズムにそっくりだったので、ジャングルをベースにすることにしました」(『プロデューサーは次を作る ビジネス成功22の方程式』より)と解釈し、サウンドを制作した。
“庶民”の感覚に寄り添ったことが令和でも愛される理由に
そんな同曲が長年親しまれている理由は、“庶民”の気持ちに寄り添い、また歯を食いしばって生活する人たちの心を描いている点である。
小室哲哉は、楽曲に込めたメッセージについて「ダウンタウンの名前に恥じないものを……って考えた時、どんな時代でも、誰の心境にも寄り添うような一曲にしようと。人の心に入り込んで初めて、曲は曲になる。浜ちゃんの忙しい日常を歌ったものだけど、それは生きている誰もが感じる部分だったりするから。『何かを起こしたい』っていう気持ちは、今の時代も同じようにある」(雑誌『Quick Japan Vol.104』(2012年/太田出版)より)と説明している
もっと言えば小室哲哉は、「サラリーマンの応援ソング」(書籍『時代をつかみとる思考』(2016年/セブン&アイ出版)より)にするつもりでこの曲を書いた。そう聞けば、この曲のポテンシャルが分かりやすく掴めるのではないだろうか。
浜田雅功は、小室哲哉に楽曲制作を頼んだものの、一方で「愛を歌うみたいな、そういうのはやめてほしい」「何年後かにVTR見られたときに『こんなかっこで歌うか、おい!』みたいな、それだけはやめましょうと」と考えていたそうだ。つまり、自分を飾ったり、背伸びをしたりしない曲が歌いたかったのだ。だからこそ曲を聴いたとき「よう、ボクのことをわかってくれてて、書いてくれてるのかな。一生懸命、何かをやってる人間に対しても当てはまるんやないかな」(書籍『読め!』(1995年/光文社)より)と感銘を受けたと話す。
浜田雅功が希望した“飾り気のなさ”がちゃんと楽曲として表現されたことで、いわゆる“庶民”の感覚にもぴったりとフィットしていた。
浜田雅功が感情のギアを上げて歌う<流れる景色を必ず毎晩みている>のパート
「WOW WAR TONIGHT」で感情を揺さぶるのが、楽曲後半<流れる景色を必ず毎晩みている 家に帰ったら ひたすら眠るだけだから ほんのひとときでも自分がどれだけやったか 窓に映ってる素顔を誉めろ>のパートではないだろうか。
ちなみに楽曲がリリースされた1995年は、まさにバブル崩壊後。平成不況で、働いても、働いても、賃金は上がらないなど経済は低迷。また同年4月19日には、一時79円75銭の超円高も記録した。しかも超就職氷河期の足音も着実に迫っていた。そのため親世代は自分たちの子どもの将来を不安視し、当の若者たちの間にも社会へ出る前からなんとなく絶望感が漂っていた。実際、何十社もの就職面接を受けても採用ゼロということも珍しくなかった。その重い時代の空気は、2000年代に入ってよりヘヴィになった。令和になってからも、コロナ禍、物価高などの影響もあって苦しみが増して感じられるようになった。
<流れる景色を必ず毎晩みている 家に帰ったら ひたすら眠るだけだから ほんのひとときでも自分がどれだけやったか 窓に映ってる素顔を誉めろ>という歌詞は、1990年代だけではなく、それ以降の、どの時代の“庶民”の気持ちにも重ねることができる。自分たちはなぜこんなにがんばって働かなければならないのか。もしくは勉強しているのか。ただ、果たしてそれは報われているのか。それをいったい誰が評価してくれるのか。生活は豊かになったのか。いろんな疑問に襲われる社会状況において、<ほんのひとときでも自分がどれだけやったか 窓に映ってる素顔を誉めろ>の一文がどれだけ自分の支えになることか。このパートは、浜田雅功が感情のギアを一段と上げて歌っている。そのエモーショナルな歌唱に、聴き手は言葉にできないほどの心の高ぶりを覚える。
『ごぶごぶフェスティバル』では、ステージ上のミュージシャン、そして観客などが世代をこえて「WOW WAR TONIGHT」を歌っていた。同曲はこれからも、時代に左右されない“リアル”な楽曲として歌われ、そして聴き継がれていくはず。浜田雅功、小室哲哉もまたぜひどこかで演奏を披露してほしいものである。