Facebookがトランプ氏に「2年ルール」を適用し、政治家の特別扱いをやめたわけとは?
フェイスブックが、トランプ前大統領のアカウント停止に、新設した「2年ルール」を適用し、政治家による投稿の特別扱いをやめると宣言した――。
1月の米連邦議会議事堂乱入事件をめぐってドナルド・トランプ氏のアカウントを無期限停止としていたフェイスブックは4日、新たな罰則規定を策定した上で、同氏の停止期間を当面、2年とすると表明。その時点で、停止を解除するかどうかを、改めて検討するとした。
2022年の米中間選挙では、トランプ氏がフェイスブックを使うことはできないが、2024年の大統領選での使用の可能性については、含みを持たせた。
同社のコンテンツ管理の妥当性を審議する諮問機関「監督委員会」は5月、トランプ氏のアカウント停止自体は支持しながら、無期限としている点は不適切だと指摘。6カ月以内にルールの整備を含む再検討を行い、期限付きの停止とするか、永久停止(無効化)とするかの判断を示すよう求めていた。
今回の表明は、これを受けたものだ。その中には、政治家の投稿の特別扱いの解消も含まれる。
フェイスブックはこれまで、政治家の投稿は「公共の関心事」であるとして特別扱いとすることを公言。コンテンツ規制やファクトチェックの対象としないことを明言していた。その解消の影響はトランプ氏にとどまらない。
保守派からはすでに反撃の動きもある。フロリダでは、ソーシャルメディアによる候補者のアカウント停止を多額の罰金付きで禁じる州法が成立。これに対し、シリコンバレーのIT業界側が差し止めを求めて提訴している。
そしてフェイスブックの方針転換は、米国に限らず世界中の政治家の投稿が、一般ユーザーと同じ規制の対象となり、フロリダと同じ構図の衝突が各国で起きる可能性をはらむ。
●両サイドからの批判
フェイスブックの国際問題・コミュニケーション担当副社長のニック・クレッグ氏は6月4日、公式ブログでそう述べた。
2年が終了する時点で、改めて専門家による公共の安全への影響評価を行い、なお危険が持続していると判断されれば、停止期間をさらに延長する、としている。
また、アカウントが復旧された場合でも、再び違反行為があった場合には、アカウントやページの永久削除を含む過重制裁が発動される可能性がある、としている。
クレッグ氏は、さらにこう述べている。
●監督委員会からの宿題
フェイスブックの「最高裁」とも呼ばれる諮問機関「監督委員会」は5月5日、トランプ氏のアカウント停止措置についての判断を示し、停止措置そのものは支持したものの、それを無期限とした点については「中途半端で基準のない処罰」であり不適切だと指摘。フェイスブックに対し、6カ月以内のルール整備と停止期限の再検討を求めていた。
※参照:トランプ氏停止は支持、だがFacebookは無責任と「最高裁」が言う(05/06/2021 新聞紙学的)
監督委員会は5月の答申の中で、政治家を含むインフルエンサーのアカウントにかかわる処分については、明確なルールを説明するようにし、有期停止としてアカウントの再開を判断する場合でも、その時点での評価を改めて行って、なお危険度が高ければ期間の延長を行うべきだとしていた。
この勧告を受けて、フェイスブックは今回、トランプ氏のような政治的影響力を持つ公人による、暴動などにおけるリスクの増大に対する罰則規定を新設した。
その中で、州もしくは政府の高官、その候補者、フォロワー100万人以上、ニュースの取材対象、を「公人」と規定。規約違反の深刻度により、1カ月から1年の投稿停止、さらに2年間のアカウント停止、などの罰則を定めた。
今回のトランプ氏への措置の見直しは、この新たな規定の上限を適用している。
監督委員会はまた、政治家を他のインフルエンサーなどと区別することは「有益とはいえない」とも指摘。これまでの政治家の特別扱いを見直すよう求めていた。
これについて、クレッグ氏はこう述べている。
政治家の投稿の特別扱いは、フェイスブックに批判が集中した火種だった。これは、そこからの大きな方針転換になる。
●政治家の特別扱い
フェイスブックは2016年、ピュリツァー賞を受賞したベトナム戦争の報道写真「ナパーム弾の少女」を「児童ポルノ」として削除し、批判が殺到。これを受けて「ニュース価値」のあるコンテンツについては、規約違反でも削除はしない、と表明した。
フェイスブックのコンテンツ規制において、これが「ニュース価値」による例外的取り扱いの、公式のスタートとなる。
だが、ワシントン・ポストの報道によれば、この前年の2015年末、当時は大統領選の候補者だったトランプ氏がイスラム教徒の入国禁止を訴える動画をフェイスブックに投稿。これを放置したことをめぐって批判が高まる中で、「ニュース価値のある政治的言説」を規約違反の例外とする運用を新設。この運用が翌年の「ニュース価値」基準に引き継がれたという。
現在にいたるフェイスブックの政治家の特別扱いは、そもそもトランプ氏の存在が発端だったことになる。
さらに2019年、クレッグ氏は「我々は政治家によるスピーチをファクトチェッカーに送ることはない。そして通常なら我々のコンテンツルールに違反する内容であったとしても、フェイスブックへの掲載は容認している」と公言。このルールが広告にも適用されたことが、明らかになっている。
フェイスブックは、政治家の発言は「公共の関心事」であり、そこには不適切な投稿内容であっても、それを「ニュース価値」が上回る、との主張を続けてきた。
ただフェイスブックはこれまで、具体的な規約違反で政治家を特別扱いした事例は、米国外では存在するが、トランプ氏に関してはない、と監督委員会にも説明してきた。
だが今回の発表で、トランプ氏に関しても2019年8月に1件、適用除外の実例があったことを認めている。
トランプ氏が遊説の際の動画の中で、ある人物の体重に言及した点が「いじめといやがらせ」のポリシーに違反していたが、「ニュース価値」のために適用除外にしたとしており、これまでの説明を訂正した。
この政治家の特別扱いが、トランプ氏による根拠のない「不正選挙」の主張を拡散させ、その果てに行き着いたのが、連邦議会議事堂乱入事件だった。
今回のフェイスブックの対応は、5月に監督委員会が勧告した内容を、ほぼそのまま実装した形だ。
19項目の勧告のうち、15項目を完全実施、1項目を一部実施、2項目は検討中、1項目は実施の見通しが立たないとしている。
トランプ氏のアカウント停止期間を2年、つまり2023年1月6日までにしたということは、2022年11月8日の米中間選挙には、フェイスブックを使わせない、という判断になる。
これを2025年1月6日までの停止期間4年、すなわち2024年11月5日の次回の米大統領選でも使わせないという判断としなかったところに、フェイスブック社内の攻防がうかがえる。
●フロリダ州法を巡る攻防
フェイスブック、ツイッター、グーグルなどが加盟する業界団体「ネットチョイス」と「コンピューター&コミュニケーション産業協会(CCIA)」は5月27日、フロリダ州を相手取り、ソーシャルメディアによる候補者のアカウント停止を禁じた新たな州法の差し止めを求めて、フロリダ北部地区連邦地裁に提訴した。
フロリダの新たな州法は、ソーシャルメディアが選挙候補者のアカウントを停止や削除した場合、最大で1日当たり25万ドル(約2,700万円)の罰金を科すというもの。
この州法は、トランプ氏の支持者である州知事、ロン・デサンティス氏が5月24日に署名しており、7月から施行される。
トランプ氏に対するソーシャルメディアの相次ぐアカウント停止への反撃ののろし、と見られている。
連邦議会議事堂乱入事件をめぐって、トランプ氏のアカウントを停止しているのはフェイスブックだけではない。
ツイッターはほぼ同じタイミングで永久停止の措置を取っており、見直す考えはない、としている。ユーチューブも無期限停止措置を取っている。
フロリダ州法について、IT業界側は「表現の自由」を保障した米国憲法修正第1条に違反するとして、暫定的および永久の差し止めを求めている。
攻防は、すでに熱を帯びている。
●ネットで薄れる存在感
トランプ氏は、メディアへのメールによる声明で、フェイスブックの決定が「(大統領選での)記録的な7,500万人の我々への投票者に対する侮辱だ」と述べ、「検閲と口封じ」だとして批判している。
ただ、フェイスブック、ツイッター、ユーチューブなどのソーシャルメディアでのアカウント停止以来、トランプ氏自身のネット上の存在感は薄れている。
トランプ氏が政治資金団体「セイブ・アメリカ」のサイトで5月4日に開設したブログ「ドナルド・J・トランプのデスクから」は、わずか29日で、6月2日に閉鎖された。
NBCニュースによれば、開設当初から、フェイスブック、ツイッターなどでのエンゲージメント(共有、コメント、いいね)は21万件前後、とアカウント停止前と比べると振るわなかった。そして、ワシントン・ポストの報道では、最終日は1,500件にまで落ち込んでいた、という。
アクシオスによると、調査会社「ニュースホイップ」の5月の調査データでは、ニュースサイトの上位20件のコンテンツのエンゲージメントを比較したところ、ニューヨーク・タイムズが12万7,000件、ロイターが5万9,000件だったのに対し、「ドナルド・J・トランプのデスクから」は7,000件。テネシー州の地元紙、テネシアン(9,000件)やシカゴ・トリビューン(6,000件)とほぼ同程度だった、という。
独自のメディアづくりは、順調とはいえなかったようだ。
●政治家への影響
元国連「表現の自由」特別報告者でカリフォルニア大学アーバイン校教授のデビッド・ケイ氏は、ニューヨーク・タイムズなどのインタビューに、そう指摘している。
フェイスブックなどで、物議をかもす投稿と影響力の行使をしてきたリーダーは、トランプ氏だけではない。ブラジル大統領のジャイル・ボルソナロ氏やインド首相のナレンドラ・モディ氏など、フェイスブックの方針変更によって、影響を受けそうな政治家の名前がメディアで取り沙汰される。
フロリダ州法をめぐる訴訟のような攻防が、世界規模で起きる可能性もある。
元英国副首相のクレッグ氏は、ブルッキングス研究所シニアフェロー、リチャード・リーブス氏とのポッドキャストのインタビューでこう述べている。
(※2021年6月6日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)