Yahoo!ニュース

裏切られた妻・パート2~亡夫が妻に放った「紙爆弾」・「遺言認知」が炸裂!

竹内豊行政書士
遺言書は「裏切りのメッセージ」になることもあります。(写真:イメージマート)

斉藤昭恵さん(仮名・65歳)は、夫・慎太郎さん(仮名・享年68歳)をひと月前に病気で亡くしました。結婚生活40年、子供には恵まれませんでしたが、充実した結婚生活でした。慎太郎さんは地元の建設会社の役員を65歳で退任して「これからは二人で旅行でもしてゆっくり過ごそう」と言ってくれた直後に体調を崩してしまい、残念ながら3年の闘病生活の末、亡くなったのでした。

円満相続のシナリオ

慎太郎さんの両親は既に亡くなっていたので、相続人は妻の昭恵さんと慎太郎さんの弟の健次さん(仮名・66歳)でした。健次さんは「私は相続放棄するから義姉さんが兄の遺産を全部相続してください」と言ってくれました。そのため、「健次さんが相続放棄してくれれば相続人は私だけになるから相続の手続は来年になってからゆっくりすればいいわ」と考えていました。

突然の訪問者

そんな令和4年の年末の夕暮れ時でした。「ピンポーン」とチャイムがなったのでモニターを覗いてみると、そこには紺のジャケットを着た40代と見られる女性と中学生くらいの男の子がいました。まったく心当たりがなかったので「どちらさまですか?」と尋ねると「山下愛子(仮名・45歳)と申します。突然のご訪問で申し訳ございませんが、斉藤役員の部下だった者です。ご焼香させていただけませんでしょうか」と言うではありませんか。昭恵さんは内心「構わないけど、なんで子供まで連れてくるのかしら・・・」と思いましたが、「では、どうぞ」と告げて二人を家に招き入れました。

「遺言認知」の紙爆弾炸裂!

焼香が終わると、山下愛子と名乗る人物は、昭恵さんに「実は、斉藤役員から生前このようなものをお預かりしました」と言って、1通の書類を封筒から取り出して昭恵さんに差し出しました。表紙には「公正証書遺言」と書かれています。何やら胸騒ぎを覚えておそるおそる表紙をめくると、そこには信じがたい内容が書かれていました。

公正証書遺言

第1条 遺言者・斉藤慎太郎は、山下慎一(平成16年12月23日生れ)を認知する。

第2条 遺言者は、遺言執行者として山下愛子(昭和52年11月22日生れ)を指定する。

・・・・・

認知」という文字を見た瞬間、昭恵さんは頭が真っ白になってしまいました。しかし、声を振り絞って「あなたは夫の子を産んだということ?」と尋ねました。すると「本当に申し訳ございません。斉藤役員には奥様がいらっしゃることは存じ上げていたのですが、関係を続けてしまいました。この子を妊娠したことが分かった時、役員に相談すると『ぜひ、生んでくれ』と頼まれました。名前は役員が付けてくれました」と返答されました。遺言書をよく見ると「慎一」の「慎」という字は、夫と同じ漢字でした。

続けてその女性は「奥様には申し訳ないのですが、この子のために役員が残してくれた遺言を執行させていただきます。遺言を執行すると慎一は斉藤役員の子供として相続人になるので、執行手続が終わりましたら改めて遺産分けのお話に伺います」と言い残すと、菓子折りと連絡先のメモを置いて帰ってしましました。

昭恵さんは思考が停止してしばらく動くことができませんでした。しかし、亡夫が社内で不倫関係の女性との間に子供をもうけて、そのことを自分に隠し通して、遺言でその子を「自分の子」として認めたという現実が分かってくると怒りで体が震えてきました。そして、「バカにしないで!」と叫んで菓子折りを仏壇の遺影めがけて投げつけていました。

では、今回のストーリーの核となる「認知」ついて見てみることにしましょう。

「認知」とは

認知は、父または母が婚姻外の子(=嫡出でない子)を自分の子として認めて法律上親子関係を生じさせる行為です(民779条)。

民法779条(認知)

嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる。

民法779条によれば、嫡出でない子(非嫡出子)は、その父または母が認知することができます。しかし、母とその非嫡出子との間の親子関係は、原則として、母の認知を待たず、分娩の事実により当然発生する(最高裁判決)ので、認知は婚外子の「父子関係」についてだけ意味を持ちます

認知の方式

認知は、戸籍法に定める届け出によるほか、遺言でもすることができます(民法781条)。遺言による認知を「遺言認知」といいます。

民法781条(認知の方式)

1 認知は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによってする。

2 認知は、遺言によっても、することができる

遺言による認知は、遺言の効力発生(遺言者の死亡)と同時にその効力を生じます。ただし、この場合も、戸籍法に定める認知の届出をしなければならず、その届出は、遺言執行者がその就任を承諾した日から10日以内に、遺言の謄本を添付して市区町村長にしなければなりません(戸籍法64条)。

認知の効力

認知をすることで、相続権や扶養義務など法律上の親子としての権利義務が発生します(民784条)。

民法784(認知の効力)

認知は、出生の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者が既に取得した権利を害することはできない。

「遺言認知」を選択するケース

一般的に、遺言認知を選択するケースとして、次の2つの場合が挙げられます。

1.生前は婚外子の存在を恥じて隠していたが死に臨み自己の過失の結果を永遠に子に負担させることが良心に耐えかねて遺言する場合

2.生前は事実上の扶養により子の面倒を見ることができたが死後はそれができないために認知したくなる場合

今回のストーリーのように、遺言認知は遺族にそうとうなダメージを与えます。遺言を残した男性にも事情はあると思いますが、ほぼ間違いなく家族に恨まれます。

もし、婚姻外で子どもをもうけた場合は、生前に認知するなどして生きている間にケジメを付けておきたいですね。

※この記事は、民法を基に作成したフィクションです。

※関連記事:

裏切られた妻・パート3~衝撃!急死した夫が「愛人に全財産を残す」という遺言を残していた

裏切られた妻・パート2~亡夫が妻に放った「紙爆弾」・「遺言認知」が炸裂!

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

竹内豊の最近の記事