韓国時代劇『恋慕』大ヒットは、この作品があったから【プロが選ぶ年末一気見韓国ドラマ『太陽を抱く月』】
今週末にNetflixで最終回を迎えた『恋慕』。
李朝朝鮮の王宮を舞台に、ある陰謀によって「死んだこと」にされた王子の双子の妹が、10年後、運命のいたずらによって兄になり替わり王子として生きることになってしまう物語。男装女子の恋をBL風に描く(→『コーヒープリンス1号店』)、花を使った演出(→『100日の朗君様』)などなど、多くの大ヒットドラマの設定を引き継いだこの作品ですが、さまざまな点で最も似ている作品はなんといっても『太陽を抱く月』です。今回は、拙著『大人もハマる韓国ドラマ推しの50本』から、韓国時代劇の歴史を変えたともいえるこの作品をご紹介します。
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王様、それは究極の「ツンデレ男」
韓流ブームが大フィーバー真っ最中の中国で、「限韓令」が出されたのは2016年のこと。韓国ドラマの放映の制限、韓国芸能人の活動の制限、ビザ発給の制限……などなど韓国カルチャー全般に及び今に至っており、その理由が韓国のミサイル迎撃システムの配備に対する報復とか聞くと、ったくまいどまいど中国ってえ国は……と思うわけだが、そんな中でも絶大な人気を誇っているのがキム・スヒョンである。『サイコだけど大丈夫』のギャラは昨年の韓国ドラマで最高額の1本2000万円、ってことは1シーズン16本で3億円越えである。
『太陽を抱く月』は彼を大スターにしたドラマだ。物語は主人公の王イ・フォンの世子(後継指名された王子)時代にはじまる。フォンは親友の妹ホ・ヨヌに初恋し結婚することになるのだが、その前夜にヨヌは何者かによって毒殺されてしまう。8年後、王になったフォンの元にヨヌとそっくりな巫女が現れ、やがてヨヌの死の秘密と、さらにその11年前に起きたある陰謀の真相が明かされてゆくのだ。韓国時代劇の記号が散りばめられた物語は手堅い面白さなのだが、この作品のエポックは「政治の主体」でなく「恋愛の主体」としての王を描いたことだ。以降、このパターンがロマコメ時代劇の定番となったのは、王というキャラクターが韓国ドラマファンのニーズにぴったりとハマったからだ。王は「究極のツンデレ男」なのである。
韓国ドラマが描く「ツンデレ男」「俺様キャラ」は多くが財閥御曹司だが、彼らは所詮「野良のツンデレ」で、その「ツン」は技術として「デレ」との使い分けが可能である。これに対し王様の「ツン」は「生き様」だ。自分を丁重に扱う者たちに囲まれて育ち、自分が周囲をぞんざいに扱うのは当たり前、敬語は両親以上の親族(王様&王妃様)以外にはほぼ使わない。ここでもまた「野良のツンデレ」と同じにしてはいけないのは、御曹司の「上からの物言い」が相手に対する意識的なマウンティングであるのに対し、王にはそんなチンケな意識はない。単に上からしか物を言ったことがないゆえに、優雅でさえある。
そうした生き方ーー他者への圧、威厳、カリスマ性は、陰謀渦巻く王室を生き抜くための術でもある。周囲に猫っ可愛がりされた(つまり相手に「デレ」された)経験はない。そんなことでは生き抜く強さを身につけられないからだ。『根の深い木』の世宗は武闘派の父・太宗にパワハラ的にギリギリ締め上げられ、『華政』の光海は宣祖に「お前はなんて名前だっけ」と嫌がらせされ、『トンイ』の英祖は成人するまで継母に命を狙われ続け、『秘密の門』ではその英祖が息子・思悼世子を米櫃の中で餓死させている。なんぼなんでも餓死ってのは行き過ぎだが、つまり先代は必要に迫られ「デレデレすんなや!!!ボーッとしてたら死ぬで!」と叩き込むのだ。結果、王はもはや「デレ」のなんたるかがまったくわからない、それって食べ物?美味しいの?みたいにな非常に不器用な男でもある。
こうしたキャラクターにキム・スヒョンは恐ろしいほど上手くハマる。政敵の娘である王妃に対しては得意の「ツン」を発動し、悪魔的な笑顔を浮かべながらトドメの言葉を囁やけるのに、初恋の人とそっくりの巫女に対しては、「デレ」したいのに「デレ」する方法がわからず大混乱に陥り、「お前ごときがっ……!」と精一杯の「ツン」で王の威厳を保とうつ突っ張ってみるも、目には涙が溢れてしまう。恋する相手に(この時点においては)ぜんぜん相手にしてもらえないのもいい。相手は「神の女」なのだから王といえどもモノにはできないのだ。究極のツンデレの究極の片思いとはこのこと。言いかえれば「韓ドラファン激萌え」である。
王様、親友、師匠、護衛武官がつくる「王宮のブロマンス」
これだけでもすでに素晴らしく上手くできたドラマなのだが、さらにツボを心得ているのが王様の近くにほんの数人だけ「心を許せる存在」を置いていることだ。子供の頃からずっと世話をしてきた「内官」(宦官)と、さらに「心を許せる親友」と「護衛武官」である。彼らは「デレ発動」とはいかないまでも「ツン解除」できる相手であり、ドラマの緊張を緩めほっとさせてくれるお楽しみでもある。特に後者との関係は、いまや韓国ドラマにかかすことのできない「ブロマンス」の走りといっていい。
かつての韓国時代劇は多くが「事実ベース」の史劇や大河ドラマで、主人公は王や女王、偉大な将軍を中心に、賤民から上り詰めた医者とか、中国の王妃になった貢女、権力に楯突いた義賊、才覚のみで大成功した伝説の商人などがスタンダードだった。『太陽を抱く月』はそれをガラリと書き換え、李朝朝鮮の架空の王を主人公にした新しい時代劇のあり方を作り大ヒットした。もちろん本作で注目を集めたのはキム・スヒョンだけではない。特に子役時代のキャストは、世子=ヨ・ジング(『王になった男』)、親友=イム・シワン(『それでも僕らは走り続ける』)、初恋の人=キム・ユジョン(『雲が描いた月明かり』)、王妃=キム・ソヒョン(『LOVE ALARM 恋する気持ち』)など、ほとんどが主役級スターとして活躍中である。
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