差別や偏見、逆境に立ち向かう~児童養護施設から社会に巣立つ子どもたちの自立支援を考える(2)~
児童養護施設から進学を目指す子どもたちの夢を語るスピーチコンテスト『カナエール』が、東京・横浜・福岡の3会場で開催されます。
今回は児童養護施設出身者に対する差別や偏見ついて、認定NPO法人ブリッジフォースマイル代表の林恵子さんにお話を伺いました。
前回の記事はことらから。
「笑顔の架け橋」を目指して~児童養護施設から社会に巣立つ子どもたちの自立支援を考える(1)~
一部の偏った情報が施設出身者の偏見を生みだしている
明智 児童養護施設出身者に対する、差別や偏見はどんなものがありますか?
林 もっとも顕著なのは、就職差別です。10年ほど前、ある施設長が「うちの子が初めて、銀行に就職したんですよ!」と嬉しそうにお話してくれたことを思い出します。金融機関では、施設出身者はリスクがあるとみなされていたのでしょう。お金に困っている、だからお金を扱う仕事につかせたら盗みをするに違いない。銀行に限った話ではなく、お金が紛失すると施設出身者が疑われる、というのは珍しいことではないそうです。
現在、採用においては出身や親のことなど社会的差別の原因となりえる個人情報は聞いてはいけないことになっています(職業安定法第5条の4及び平成11年告示第141号)。これにより、「施設出身者だから」という理由で不採用とすることはできなくなりました。また、「一般家庭で過保護に育てられた若者よりも、困難を経験した施設出身者の方が、精神的に強い」と、施設出身者を積極的に採用しようと考える会社もあります。
ですから、私たちが就職活動の指導をする際も、施設で生活していることを自分から言わなくても良いし、自分の強みとしてアピールしたいならそれでも良い、と伝えます。要は、相手の反応はどちらもあり得るので、自分が納得する方を選んでくださいね、ということです。
結婚に関しては、正直よくわかりません。支援している退所者から、「施設出身者であることを理由に、相手の両親から結婚を許してもらえなかった」というのは、聞いたことがありません。でも、「私への理解はしてくれるものの、世間に対して公にはしないよう言われた」と言う退所者はいました。
まあ、就職にしろ、結婚にしろ、施設出身者ということが理由で、態度や対応を変えるような相手には、「将来性がないのでこちらからお断り」すればいいと思いますけどね。ただ、当事者としてそれを言われた時にどこまで心穏やかでいられるかはわかりません。
中卒で調理の仕事についた子は、先輩に「施設出身者は挨拶もできないのか」と言われ、かっとなって手を出してしまったことがあると話してくれました。そんなことくらいで…?と思う人もいるかもしれませんが、きっとその前から、先輩の態度や言葉の節々に施設出身者であることへの侮蔑的なメッセージが込められていたのでしょう。ずっと我慢して積み重なった怒りが爆発してしまうことは容易に想像できます。
施設出身者に限らず、カテゴライズ、ラベリングの問題はあちこちに存在しています。例えば、「女性は感情的で、男性は論理的」とか、「血液型Bの人はマイペース」とか、傾向を簡単に括りたがるのは人の性でしょうか。ただの話題として語られる分には、なんら問題はありません。ですが、当事者が不快な思いをしたり、明らかに不当な判断をされたりすることは、やっぱりおかしいので正していきたいです。
ただ、差別を無くすために法律などのルールを作ることはできますが、偏見は「十分な根拠もなしに他人を悪く考えること」、つまりその人が勝手に持つイメージですから、外部から強制的にどうこうできるものではありません。
例えば、日本テレビの「Dr.倫太郎」というドラマで、蒼井優が演じる解離性同一性障害(多重人格障害)の明良(あきら)役は、幼少時代ネグレクト(虐待、育児放棄)の状態であり、完全に要保護ケースです。また、大人になってからもギャンブル依存症の母親からお金を無心されて苦しんでいる様子は、退所者にも当てはまります。
一般の人たちにとって明良が児童養護施設退所者と結びつくことはないのですが、1年前同じく日本テレビで放映された「明日、ママがいない」というドラマでは、児童養護施設という設定だったために誤解や偏見につながると大きな問題となりました。フィクションのドラマなので、そもそも合っている、間違っているというものではなかったはずなのですが、確かに児童養護施設や子どもたちについて、大した情報を持っていなかった人からすれば、ドラマの印象が偏見になっていく可能性は否定できません。
もし、Dr.倫太郎の明良が、児童養護施設出身者という設定になったら、「虐待を受けた子どもがみんな解離性同一性障害になる訳ではない」とか、「退所者の親がみんな無心する訳でもなく、お金に困っている親がみんなギャンブル依存という訳でもない」とかクレームが入ったのかな、とか考えます。
偏見が偏った一部の情報から生まれるというなら、じゃあ偏見を生まないための全部の情報って何でしょう、誰が知っているんでしょう。当事者にしたって、自分のことは分かるけど、他の当事者とは施設も違えば、親も違う。結局、同じ経験をしている人は一人としていません。偏見を無くすって言葉でいう程簡単ではないと思います。
偏見をなくしていくには、複数の情報源から多面的に情報を得ることが大切ではないかと思います。新聞テレビ等のマスメディア、映画やドラマ、当事者の書いている本、私たちブリッジフォースマイルのホームページや広報紙も、参考になるのではと思います。施設の子どもたちに直接会って話をすることも有益で、私たちの活動にボランティアとして参加してもらえればいいのですが、ボランティアをする時間はないという方には、「カナエール スピーチコンテスト」に観客として参加することをお勧めします。
ここでは施設を退所する若者たちが、自分の夢を5分間でスピーチします。スピーチの中には、それぞれの経験や思いが凝縮されていますので、短い時間でも子どもたちのことをよく知ってもらうことができます。
ただ、究極的に全部を知ることは無理ですから、自分の持つ情報は一部であると自覚し、その偏見に引っ張られすぎないように心がけるしかないと思います。知っているつもり、になることがまた次の偏見を生んでいきますからね。
支援団体が発するメッセージを誤ると施設出身者の更なる偏見につながってしまう
明智 それでは次に、児童養護施設出身者を支援している団体が気をつけていることを教えてください。
林 そんなやっかいな偏見ですから、私たちも支援団体としてどんなメッセージを発するべきか、常に悩んでいます。活動を始めたばかりの頃は、「かわいそう」を強調していました。わかりやすいからです。ボランティアや寄付者の中に、「かわいそうな子どもたちのために力になりたい」という気持ちを植え付けていたと思います。「親から愛されなかった」、「お金も物品も足りない」、「深刻なトラブルに巻き込まれている」…。もちろん、嘘ではありませんが、全員にあてはまるわけではありません。また、多くの子どもたちは同情、憐みを受けることを嫌がります。「かわいそう」は、子どもたちにとって、ネガティブで不快な言葉、つまり偏見なのです。
そのことに気付いた私たちは、「施設の子どもたちはかわいそうじゃない。でも現状は、幸せになるための十分な環境が整ってないことが問題なんだ」とメッセージを切り替えています。例えば、先のカナエールでは、「逆境にも負けず、夢に向かってがんばろうとしている若者たちを応援してください」と、経済的な理由から大学等に行くのを諦めさせないよう、奨学金の支援を呼びかけています。
「社会的インパクト投資」という考え方をご存知でしょうか。社会問題解決と収益の両立を目指す投資で、NPO団体等の事業がどういう社会的な影響をもたらしているのか経済効果から計り、インパクトのある事業に積極的に投資をしていこうという考え方です。イギリスで刑務所出所者の再犯防止活動が、行政資金の節約にもつながった、という事例があります。
確かに、私たちの活動でも自立を支援することで、施設退所者が生活保護を受けたり、犯罪者になったり、わが子を虐待して児童養護施設に入れたりすることを無くしたいと思っています。それは、行政のお金を節約すること、納税を増やすことを目指す、とも言えるでしょう。児童養護関係者間に、「養育は数値で効果を計るものではない」という思想が根強い中で、反発必至と予想もされますが、だからこそ私たちのような外部団体が取り組んでいかなければならないのでしょう。
ただ、そのメッセージの発し方は、十分に注意しなければいけないと思っています。効果の証明において、「施設退所者の○%が生活保護を受けている」、「○%が犯罪者になっている」、「○%が子どもを虐待している」というネガティブな情報が独り歩きすることで、施設退所者への偏見につながっていくリスクも十分ありますから。
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カナエール夢スピーチコンテスト2015 開催情報
◆東京会場:2015年6月20日(土)
13:00~16:30(12:30開場)
四谷区民ホール
東京都新宿区内藤町87
◆横浜会場:2015年6月28日(日)
13:00~16:30(12:30開場)
横浜市開港記念会館
神奈川県横浜市中区本町1-6
◆福岡会場:2015年7月5日(日)
13:00~16:00(12:30開場)
都久志会館 大ホール
福岡県福岡市中央区天神4丁目8-10
◎チケットお申し込み方法
東京・横浜・福岡会場とも、インターネットサイトより、お申し込み下さい。
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虐待や親の死亡、入院など、様々な家庭の事情から家族と暮らせない子どもたちが生活する児童養護施設。施設を出た後は、公的なサポートも、家族の支えも期待できず、困難な生活を余儀なくされることが少なくありません。ブリッジフォースマイルは、施設で生活する中高生に対して、ひとり暮らし準備セミナーやキャリア教育プログラムを提供しています。また施設を巣立った後も、孤立させないネットワークづくりやメンタルサポート、住宅支援などを行っています。