Yahoo!ニュース

「新・ガザからの報告」(29)24年11月22日ー後編・窃盗・自殺・売春に追い込む絶望的な状況ー

土井敏邦ジャーナリスト
(町の至るところにゴミの山が散乱する/撮影・ガザ住民)

【イスラエルが目指す北部の矛盾か】

(Q・ガザ北部、ジャバリア難民キャンプ、ベイトラヒヤ町、ベイトハヌーン町などで何が起こっているのか、教えてくれませんか?「ハアレツ」(イスラエルの有力紙)も北部の軍事作戦がいわゆる「将軍の計画」の一環ではないかと言及しています。つまりガザ北部から住民を追い出し、この地域を無人地帯にするという計画ですよね?)

 ガザ地区北部におけるイスラエル軍の地上作戦は継続中です。この作戦は2ヵ月目に突入しました。その目標を達成するには、まだ数ヵ月が必要でしょう。

 現在、ジャバリア難民キャンプの中心にあるUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)クリニックにはイスラエル国旗が掲げられています。イスラエル側の情報によると、イスラエル軍はジャバリヤ難民キャンプ内のキャンプ内での作戦の大半を終えたとのことです。

 今、その現場を見ると、激しい戦闘はベイトラハヤ町で起きており、ジャバリア難民キャンプでは起きていないことが分かります。つまり、ジャバリア難民キャンプ内のハマスやその他の武装集団の抵抗は弱まっているということです。イスラエル側の情報によると、ハマスはジャバリア地区に100人から150人程度の戦闘員しか配置していないとのことです。したがって、ジャバリア地区内の抵抗勢力は、この作戦の当初ほど強力ではありません。現在、戦闘のほとんど、そしてイスラエル軍の死傷者のほとんどは、ベトラヒヤ町で発生しています。ベイトラヒヤ町ムはジャバリアの西に位置し、地中海沿岸にあります。

(ガザ地区の地図/作成・土井敏邦)
(ガザ地区の地図/作成・土井敏邦)

 これは、イスラエルが「将軍の計画」に従って行動しているという証拠です。イスラエルはメディアの前では宣言していないにもかかわらず、「将軍の計画」に従って行動しています。ですから、ベイトラヒヤ町での作戦を終えた後、2つの可能性が考えられます。

 1つは、おそらくこの地上作戦の当初から封鎖・包囲しているベイトハヌーン町の攻撃に向かうでしょう。

 もう1つの可能性としては、ガザ市の西部および北西部の地区を攻撃するために、南に向かうのかもしれません。ベイトラヒヤ町の近隣地区、例えばトゥアン、サフタウィ、カラマ地区のような地区です。これらはガザ市の地区の一部です。

 つまりベイトラヒヤ町での戦闘の後、おそらくイスラエル軍はベイトハヌーン町を攻撃するか、あるいは南に向かい、ガザ市の北西部の地区を攻撃し始めるでしょう。いずれにしても、イスラエルが「将軍の計画」を実施していることは推測できます。

(Q・一般住民はどうなったのですか。すでに南に避難したのでしょうか?)

 ジャバリア難民キャンプやベイトラヒヤ町から避難した人々のほとんどは、ネツァリーム回廊を越えて南部へ向かうのではなく、ガザ地区の中央部や南部地域へと避難しています。少数派だけがネツァリーム回廊を越え、中・南部のデイルバラ町、ヌセイラート難民キャンプ、さらにハンユニス市に向かうことを決めたのです。しかし、大多数はガザ市内でテント生活をしています。

【深刻化する飢餓と子どもの感染症】

(Q・しかし、あなたの情報によると、イスラエル軍はガザ北部へ食料や水などを運ぶ輸送トラックの通行を妨害しているということですが、ガザ市内に留まっている人々がどうやって生き延びられるのでしょうか?)

 いい質問です。先週、アメリカの圧力のために、イスラエル軍は食料など生活物資を載せたトラック輸送隊を北部に向かわせることを許可しました。つまり、南部に向かうトラックの輸送隊に加えて、先週、ガザ市に向かう大型トラックの輸送隊を許可したのです。しかし、その食料や物資はジャバリア難民キャンプ、ベイトラヒヤ町、ベイトハヌーン町への輸送は許可されていません。

ガザ市のみをターゲットとしています。

 ここ数日、援助物資の輸送隊がガザ市内に入りました。ジャバリア難民キャンプやベイトラヒヤ町などからガザ市に避難した人びとは、今では多少の食料を手にしています。でもそれほど多くはありません。イスラエルは、人びとが死なない程度に、少しずつ配っているだけです。

 十分な食料を支給しているわけではありません。ですから、世界中の他の人々がそうしているように1日3食を食べることはできません。それは許されていません。支給されるのは、生き延びるために必要な分だけです。

(Q・しかし、あなたの報告によると、近い将来、北部だけでなく、あなたが今住んでいる中部地域でも、飢饉が起こるのではないかと心配しています。つまり、人々が飢えに苦しむということです。あなたの家族も苦しんでいるでしょう。テント暮らしをしている人たちは、あなたよりもずっとひどい状況です。住民は心理的にも身体的にも生き残れないでしょう。今後、どうなるでしょうか?ガザ北部だけではなく、中部、南部もです。)

 すでに飢えで亡くなった人たちがいます。とりわけ高齢者たちです。前回お話ししたように、多くの高齢者が食べ物を自分で食べずに、自分の食べ物を孫たちに与えるようとします。

 現在、たくさんの老人たちが死んでいます。老人たちの多くが心不全や癌などの慢性疾患を患っています。さらに劣悪な生活環境が感染や病気に対する抵抗力を失わせています。

 テントの間を歩いたり、通りを歩いたりすると、多くの子どもも弱り、疲れ切っています。インフルエンザやウイルス、細菌にさらされています。彼らに与える抗生物質もほとんどありません。この冬、この寒い気候の中で、ほとんどの子どもたちがウイルス、細菌に感染するでしょう。食料不足、栄養不良が人びとの健康に破壊的な結果をもたらします。直接的に死に至らなくても、間接的に害を及ぼします。感染や病気に対して抵抗力が弱まっていますから。

(狭い空間での密集した生活のため、感染症が蔓延する。/撮影・ガザ住民)
(狭い空間での密集した生活のため、感染症が蔓延する。/撮影・ガザ住民)

【絶望的状況が窃盗や自殺や売春に追い込む】

(Q・つまり、希望はないということですか?)

 絶望的です。

 もうひとつ悪い現象が出てきています。最近、略奪の現象が拡大し始めています。特に、子どもや女性による略奪が目立っています。市場に行けば、売り手や商人がみな、子どもや女性による略奪が非常に多いと訴えています。これは非常に、非常に厄介な問題です。

この週に、私自身、子どもや女性たちが家族を養うために食料を盗むという話をたくさん聞きました。

(Q・率直に言って、ガザ地区のパレスチナ社会で今後何が起こると思いますか?)

 率直に言って、パレスチナの状況はすでに崩壊しています。すべてが崩壊しています。この戦争がパレスチナ社会にどれほど壊滅的な打撃を与えたか、外の人たちには想像もできないでしょう。何千もの父親、何千もの母親、何千もの若者を失うことが社会にどれほど大きな影響をもたらすか、想像もつかないでしょう。どれほど多くの孤児や未亡人が生まれたか、想像もつかないでしょう。

 一家の父親や母親を失うと、その家族がどれほど制御不能になるか、想像もつかないでしょう。それが子どもたちの倫理観や行動、家族全体の心理状態にどれほど重大な影響を及ぼすか想像できないでしょう。非常に破壊的な状況です。

 現在、ガザのパレスチナ人たちは奇妙なものを食べることを余儀なくされました。1948年の「ナクバ」(数十万人のパレスチナ人が故郷を追われた大惨事)の時でさえ、彼らはそのようなものを食べませんでした。

今人びとは木の葉を食べています。動物の食べ物さえ食べています。「ナクバ」の時でさえ、パレスチナ人はそのようなものを口にすることはありませんでした。

このような状況のために、パレスチナ人は盗みを働き、略奪をせざるを得なくなりました。

 父親、母親、子どもたちが飢えに苦しんでいます。食料やお金を手に入れるために、売春など「性的行為」を行うようになりました。「ナクバ」の時も、パレスチナ人はそのような状況に直面しませんでした。

 ですから、これは歴史上のガザにおける状況の中で、最も残酷で最悪な時代だと思います。私たちは完全に破壊されました。

 一部の人びと、特に若者たちは、海からの密航などあらゆる手段を使ってガザから脱出しようとしています。しかし外に出る方法がないのです。現在、ガザ地区全体がイスラエル軍の「軍事区域」となっているため、まったく可能性がありません。イスラエル軍が海を含めガザ全体を完全に包囲しているのです。ガザから一羽の鳥、一羽の雀さえも外に出ることができません。どうやってガザから人が出て行けるのでしょうか。それはまったく不可能です。

 ご存知のように、ガザとエジプトを結ぶトンネルさえイスラエル軍がラファでの作戦で破壊してしまいました。ですから、今や誰も出て行くことができません。パレスチナ人がガザから出て行くことは、今やまったく不可能です。

 ガザの人びとは待っています。エジプトとの国境が開くのを待っています。もし開いたら、人びとは国境に殺到するでしょう。この状況から抜け出そうとするでしょう。

(Q・自殺についてはどうですか?あなたは、若者だけでなく、老人や女性も自殺していると以前言っていましたね?今はどうですか?)

 自殺は止むことがありません。絶え間なく続いています。もちろん、これは密かに行われています。どのメディアもこの現象を報道しようとはしませんし、誰もこのことについて話そうとしません。しかし、この社会の中で暮らしている人は、もちろん、時々耳にします。私は多くの自殺のケースについて耳にしますし、実際、知っています。自殺は決して止むことはありません。それは継続的に続いています。

【生き残りのため闘う“兵士”】

(Q・あなた自身はどのようにして自分を強く保っているのか、どのようにして「生き抜く強さ」を維持しているのですか?)

今、私は家族にとってすべてです。私の父は78歳、母も70歳か71歳くらいです。

ですから、私は家族の大黒柱です。そして、あなたが想像できないほど、私にとって生活は厳しいものです。

 私は毎日、自分と妻、そして3人の子供たちからなる小さな家族のために、食べ物やきれいな水、そしてバッテリーを確保しようとしています。それに加えて、父、母、2人の姉妹、そして夫を殺されて未亡人となった3人目の姉妹、そして彼女には現在2人の孤児がいます。

 私が一家の大黒柱なのです。この家族の存続のために戦うべき“兵士”なのです。

(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

土井敏邦の最近の記事