Yahoo!ニュース

「おかえりモネ」放送開始から1カ月、裏テーマは"水の循環"と確信できる理由

森田正光気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長
空と海と山(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

問題を読まないのが問題 

 人はあまりに当たり前の事だと思うと、それ以上深く考えるのを、やめてしまいます。

 6月11日(金)放送(20話)で、主人公・永浦百音(モネ・清原果耶)は、気象予報士の参考書をしのばせている事を妹の未知(みーちゃん・蒔田彩珠)に知られ、そしてそのモネの学習に挑む姿勢について、未知から「おねーちゃんは問題を読まないのが問題だ」と指摘されます。

 この指摘、私には現代という時代への警鐘にも聞こえました。ネットで調べれば答えがすぐに手に入って分かった気になります。しかし実際には経験と言う裏打ちがないと、知識はほとんど役に立ちません。

 同20話で、モネは”空と海と山がつながっている”ことに気づき、改めて気象予報士を目指す決意をします。

 ”空と海と山がつながっている”というのも、そんな事は言われなくても分かっていると思いがちですが、事実はそんな単純ではありません。そもそもそれらをつなげる”水”の存在が不思議なのです。水は、同じ物質(”H2O”)なのに、この地球上では目に見えない気体(水蒸気)となったり、固体(雪や氷)や液体(水)になったり、姿形を変えて存在します。こうして姿を変えて循環しながら、一見関係のないように見えるものを強く結びつけているのです。

 先週(6月7日~11日)から今週(6月14日~18日)にかけての「おかえりモネ」は、未知のカキの養殖経験を通じて、この“水の循環”が裏テーマとして描かれていました。

海と山をめぐる水

 6月11日(金)放送(20話)で、未知が「水の循環だよ、天気は・・・」と語っていましたが、これが空と海と山をつなげるキーワードでしょう。しかし単純に循環しているわけではありません。

 たとえばモネ(清原果耶)が、クヌギの匂いを感じているときに、龍己(藤竜也)は、「クヌギは高級品だ。昔の漁師は、みんな木に詳しかった・・・」と語りだします。龍己が言うには、船も漁具も櫓(ろ)も釣り竿も、漁に関する道具は全部、木で作られており、その木の良し悪しで漁の獲れ高が決まりました。したがって漁師は、良い木を作る山主を大切にしたと言います。このことから、謎だった龍己と山主の新田サヤカ(夏木マリ)との関係も分かることになりました。

 またサヤカも別のシーンで、山の木の葉が川を伝って海の栄養になることを語っており、それがカキの養殖にもつながっている事を示唆します。つまり山に降った雨が一定程度そこにとどまって、栄養を蓄える必要があるのです。その意味で、山の木は多種多様でなければなりません。

 ではもし、山に木が無かったらどうなるでしょう。

ハタハタの漁獲量から見えてくる海と山の関係

農林水産省及び秋田県データよりスタッフ作成
農林水産省及び秋田県データよりスタッフ作成

 今から30年ほど前、1990年ごろの事です。「秋田名物、八森ハタハタ・・・」と秋田音頭にも唄われるハタハタの漁獲量が、年を追って激減するという事態が発生しました。その量は最盛期の1965年ごろ(約1万5千トン)に比べると1991年にはわずか71トンと100分の1以下となり、ハタハタは幻の魚になってしまったのです。

 これを受けて秋田県の漁業協同組合は、とうとう1992年秋から3年間の全面禁漁をするという措置を取る事になりました。3年間の全面禁漁というのは、その間の収入も途絶えてしまうわけですから大変な決断だったわけです。

 実はハタハタは秋田県沖だけではなく、山陰地方や朝鮮半島の東岸など、日本海沿岸部に広く分布しています。ところが、獲れなくなったのは秋田県を中心とした東北の日本海側だけで、山陰地方などはあまり減っていませんでした。このことから乱獲や海水温の変化だけでは説明できない事は分かっていました。ではなぜ秋田のハタハタだけ獲れなくなったのでしょう。

 その十年後、私はテレビの取材で秋田県の水産振興センターに取材に行く機会に恵まれ、このハタハタ不漁の原因を直接お聞きする事ができました。

 担当の方によると、まず疑わしいのは「魚種交代」との事でした。魚種交代というのは、数十年周期で魚の勢力が変わる事で、イワシやサンマ、サバなどが増えたり減ったりする事で知られています。”サンマが豊漁の時はイワシが不漁”と言われるように、これは自然界に備わったバランスのようなものと考えられます。

 ハタハタのピークは1900年、1935年、1970年と、だいたい35年周期で増減を繰り返していました。したがって1990年ごろは獲れない周期に当たっていますから、たしかに魚種交代の可能性はあるのかも知れません。しかしそれにしても100分の1以下の漁獲量というのは納得できません。しかも3年間の禁漁のあともそれほど増えず、近年も1000トン以下の状況が続いています。

「魚つき林」とは

秋田県旧八森町と米代川の位置(スタッフ作成)
秋田県旧八森町と米代川の位置(スタッフ作成)

 そこでもう一つの原因として考えられたのが、1980年代から始まった米代川周辺部の森林伐採でした。

 米代川と言うのは、前述した秋田音頭に登場する、秋田県八森町(現在は八峰町)の南、約20キロのところに河口がある川です。奥羽山脈に降った雨を脈々と日本海に流し込む重要な河川ですが、この川沿いの木を切ったとなると、大雨が降った時などは大量に真水に近い水が一気に海に流れ込み塩分濃度を下げてしまいます。また森林は自然のダムといわれ、泥流が海に流れ出すのを堰止める役割も持っています。

 一方、ハタハタは海底に生息する深海魚ですが、冬の初めには浅瀬の岩場にやってきて卵を産み付けます。このころが、ちょうど冬の雷が鳴る時期のため、ハタハタと言う字は「魚+神鳴り=鰰」と書きます。

 今から振り返ると、米代川沿岸の森林は、このハタハタの産卵場所を維持するのに必要不可欠なものだったと言えるでしょう。

 こうして一見、何の関係もないように見えて、森林と魚群は深い関係で結ばれているのです。昔の人々はそのことを直感的に知っていて、漁業にとって重要と思われる森林を、魚が付いているという事から「魚つき林(うおつきりん)」と呼んで、大切にしていました。

 また藩によっては、「木一本 首一本」と言って、勝手に木を切るものは死罪になったといいます。そしてその伝統は現代も受け継がれており、森林法(昭和26年制定)の第25条では「魚つき」林を保護するように定めています。もちろん死罪こそありませんが、違反すると150万円以下の罰金刑に処せられます。

魚つき林イメージ図(スタッフ作成)
魚つき林イメージ図(スタッフ作成)

 先週6月11日の放送(20話)で、「なぜ登米に木を植えたのか」と尋ねたモネに対して、龍己が「山にしみた水は北上川を下って石巻につく・・・うちの種ガキの生まれはどこか」と聞き返すシーンがありました。

 山に雨が降り、そこで育った葉が養分となって雨水とともに川へ流れ、やがて海へとたどり着いてカキの栄養となる。これこそまさに魚つき林の仕組みであり、水の循環なのです。

丸太一本1600円。なんて安さだ!

切り出された木材
切り出された木材写真:アフロ

 江戸時代にはとてつもなく価値の高かった木、そして木材。では現在では、直径20センチほどの丸太の値段はいくらでしょう。6月15日放送(22話)の「おかえりモネ」の中で、まさにその値段が明かされました。

 登米に戻ったモネは、気仙沼からの土産のカキを人々に振る舞いました。その席上、森林組合の川久保博史(でんでん)が、少し酔いに押されて語りだします。何日か前の木材(丸太)入札の時に、買いたたかれたのがよほど腹に立っていたようです。

「世の中の人は、山の偉大さが分かっていない。水と空気はタダだと思っている。山がきれいな水と空気をつくるから海はもどる。40年、そうして森林を守りながら手をかけ育ててきた木が、一本1600円・・・」

 ちなみにモネが持ってきたカキは300円ですから、カキ5~6個分と、40年育った丸太(ナラの木)一本は、ほぼ同じ値段になります。市場原理とはいえ、「なんて木の値段は安いんだ」と私自身も思いました。

 しかし売れなければ、その40年の歴史を持った木材も、チップとなってさらに買いたたかれるだけです。そしてモネは、サヤカから広葉樹の木材を使った新事業を考えるよう課題を与えられます。

つながった海と山、そして次は空

 樹木は大きく分けると針葉樹と広葉樹があります。スギやヒノキのような針葉樹は柔らかいので加工がしやすく建築資材として使いやすいのですが、戦後はその植林によって「花粉症」を引き起こしたりしています。一方、広葉樹は濃密度で重厚なので家具をつくるのに適していますが、建築資材としては、あまり使われません。また、魚つき林などの役目は古来より広葉樹が担ってきましたが、近年は木炭などで消費されることが無いので、余り気味です。

 サヤカの新事業提案は、”海と山はつながっている。しかしそれは山の循環もなければ成立しない”という、まっとうな考えに根差しています。新事業提案を受けたモネは、地元の広葉樹を利用して学校の机を作ることが出来ないだろうかと、思いつきます。

 もしこれがうまくいけば、山と海の循環にモネが一役買うことになるでしょう。そしてその先に空の存在を加えることによって、海と山と空の循環、つまり“水の循環”が完成するのです。

 ドラマの現在は、森林(魚つき林)を通して海と山がつながったところです。そして今後はここに、天気を介在した空がテーマとなってくるでしょう。

 6月16日放送(23話)で、モネは「雨の降るしくみがよくわからない・・・」と菅波光太朗(坂口健太郎)に教えを乞います。これに対して光太朗は、だまって冷凍庫から氷をコップに入れて、そのまま机の上に置いておきます。このやりとり、どこかで使いたいなぁと思いながら見ていました。(笑)

 来週以降は、海と山に空を結びつけるため、モネは気象予報士に挑戦していくのでしょう。約一か月見終わって、「おかえりモネ」の隠されたもう一つのテーマは”水の循環”だという事を確信しました。

参考

秋田魁新報(2021年3月23日付)

森林法

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長

1950年名古屋市生まれ。日本気象協会に入り、東海本部、東京本部勤務を経て41歳で独立、フリーのお天気キャスターとなる。1992年、民間気象会社ウェザーマップを設立。テレビやラジオでの気象解説のほか講演活動、執筆などを行っている。天気と社会現象の関わりについて、見聞きしたこと、思うことを述べていきたい。2017年8月『天気のしくみ ―雲のでき方からオーロラの正体まで― 』(共立出版)という本を出版しました。

森田正光の最近の記事