Yahoo!ニュース

「アメリカン・スナイパー」の未亡人、ニュース番組のコメンテーターに就任

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
オバマ大統領に向かって銃規制強化反対を訴えたタヤ・カイル(写真:ロイター/アフロ)

映画「アメリカン・スナイパー」の主人公で原作本の著者クリス・カイルの妻、タヤ・カイルが、フォックス・ニュースチャンネルのゲストコメンテーターに起用された。デビューは今週月曜日。朝の番組で、タヤは、元米軍高官が公に特定の大統領候補への支持を表明するのは良いのか悪いのかについてコメントをした。フォックス・ニュースチャンネルは、今後も彼女に、あらゆる番組で、軍隊やその家族について語ってもらいたいとの声明を発表している。

映画を見た人はご存知のとおり、彼女の夫クリスは、「伝説の狙撃手」と呼ばれた射撃の達人で、イラク戦争に4度従軍した。テキサスに戻り、軍を辞めた後は、PTSDに悩まされ、後に自伝本「American Sniper: The Autobiography of the Most Lethal Sniper in U.S. Military History」を書く。しかし、2013年、やはりPTSDを患う元海兵隊員に射殺された。38歳だった。

自伝本の映画化権は、2012年にワーナー・ブラザースがブラッドリー・クーパーのために取得し、当初はデビッド・O・ラッセル、続いてスティーブン・スピルバーグが監督に決まるも、降板。2013年夏にクリント・イーストウッドが監督することになった時、クリスはすでに亡くなっていた。イーストウッドと、主演兼プロデューサーのクーパーは、テキサスまで、タヤに会いに行っている。北米公開前、タヤはあちこちのメディアのインタビューを受けるなど、積極的に宣伝キャンペーンに関わった。映画の中ではシエナ・ミラーがタヤを演じている。映画は、作品部門、主演男優部門を含む6部門でオスカーにノミネートされ、全世界で5億4,700万ドルを売り上げる大ヒットとなった。

夫の死後、タヤは、元軍人とその家族をサポートする支援団体「クリス・カイル・フロッグ・ファンデーション」を設立。2015年には、夫と過ごした日々を振り返る自伝本「American Wife: A Memoir of Love, Service, Faith and Renewal」を出版した。一方、クリスの自伝本をめぐっては、ミネソタ州知事ジェシー・ヴェンチュラに名誉毀損で訴えられ、敗訴している。また、クリスが勲章の数を偽っていたなど、本の内容に関しても疑惑が浮上した。

そんな中、タヤは、次第に政治活動にも積極的になってきている。今年1月には、CNNが主催した銃規制についての集会に出席し、テレビカメラが回る中、オバマ大統領に向かって、銃規制強化に反対する意見を堂々と述べた。当時、オバマは、銃を買おうとする人たちの経歴チェックを厳しくすると発表したところだったが、タヤは「私は自分を守る権利を持っていたいのです。私には、自分が必要だと思うどんな武器をも持ち歩く自由があります」と主張した。さらに「経歴チェックを厳しくしたところで、私は銃を買うし、殺そうとする人を止めることはできません。(経歴チェックは)嘘の希望を与えるだけです。もともと、99.9%の人は、他人を殺したりしませんよ」とも付け加えている。今回の米大統領選挙で、タヤは元テキサス州知事リック・ペリーを共和党からの候補に推していたがかなわず、その後はテッド・クルーズの支援に回った。タヤ自身は、今のところ政界に入る意思を表明していないが、その野望はあるのではと見る向きもある。

ニュース番組コメンテーターとしてのデビューがそのための第一歩になるのかどうかは不明だが、彼女の採用をめぐっては、さまざまな意見がソーシャルメディアを飛び交った。「すばらしい人選だ。本当の愛国主義者で、価値のある大義のために闘っている人だ」というようなコメントもあるものの、多くは懐疑心や反感を示すものだ。たとえば、「死んだ夫からどこまで搾り取るのか」「同じ軍人の妻として、夫の死で儲けている姿を見るのは残念。あなたはテレビに出るのではなく、子供の面倒を見て、家族を亡くした人たちのためにボランティアすべきです。あなたは未亡人を安っぽく見せています」「彼女は、帰国した後、忘れられてしまっている軍人たちについて話すのか?愛国主義を語りながらも元軍人を助ける法案を握りつぶす共和党政治家について話すのか?答はノーだと思うね」などといったものがある。

フォックス・ニュースチャンネルは、近年、高視聴率を誇ってきたケーブルのニュース報道チャンネル。だが、つい2週間ほど前、このチャンネルを一から築き上げてきたトップ、ロジャー・エイルズが、キャスターを含む複数の女性たちに対してセクハラをしていた疑いで、辞任に追いやられた。成功に導いたリーダーが突然にしていなくなったことは、局の将来に影を投げかけている。そんな中での、この異例の人選が、イメージや視聴率になんらかの影響を与えるのかも、注目される。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事