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ハリウッドを追放されたケビン・スペイシー、借金は億単位、家も失う

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(Piers Morgan Uncensored/YouTube)

「#MeToo」運動勃発でケビン・スペイシーがハリウッドを追放されて、7年半。

 被害を告発した男性は複数おり、スペイシーは刑事捜査も受け、民事でも訴えられた。それらの裁判はすべてスペイシーの勝利に終わり、彼の無罪は証明された形だ。にもかかわらず、2度のオスカーに輝くこの名俳優の姿をスクリーンで見ることは、今もないまま。そんなスペイシーは、今週、イギリスの著名ジャーナリスト、ピアース・モーガンの配信番組「Piers Morgan Uncensored」に出演。1時間半にわたるインタビューの中で、時に涙顔になりながら、心境を赤裸々に語った。

 この7年半の間には、「人生のどん底を経験しました」と、スペイシー。モーガンに「自殺を考えたことはありますか」と聞かれると、「私は、生きたいと思っていました。でも、それができるかわからないと感じたこともありました」と、しんみりと語った。「今、どこに住んでいますか」というシンプルな問いには、「それを聞かれるのは奇妙な気持ちですね」とやや苦笑した後、泣きそうな表情に。

「今週、ボルチモアの家を差し押さえられたんです。家は競売に出されます。なので、これからボルチモアに戻って、自分の物を引き取り、倉庫に入れないといけません。なので、あなたの質問への答は『私はどこに住んでいるのかわからない』です」

 ボルチモアには、「ハウス・オブ・カード 野望の階段」の撮影を始めた2012年から住んできたという。その家を買ったのは2016年。「#MeToo」が起きてハリウッドでのキャリアをキャンセルされることになる前の年だ。マイホームを失うはめになったのは、「いろいろなものを払えないから」。モーガンに「今、お金をどれだけ持っているのですか」と聞かれると、「ゼロ」と答えている。

「弁護士代が高いということはご存知ですよね。私にはまだ弁護士への支払いがたくさん残っています。100万ドル(日本円にして億)単位で。あの家も100万ドル単位のものでした」

いつも誰かひとりが「観客を怒らせる」と出演に反対

 そこから抜け出すには、「また馬に乗らないと」。つまり、仕事に戻らなければならない。昨年のイギリスの刑事裁判で勝訴する前にも、スペイシーは、自分と組みたいと言ってくれている業界人はいると自信を見せていたが、現実は思ったより厳しかったようだ。

「監督、プロデューサー、俳優、資金を出してくれる人たちから、たくさんオファーをいただきます。みんな、私と仕事をしたいと言ってくれます。問題はスタジオ、配信会社、配給会社。ほかの人が乗り気でも、いつも誰かひとりが『観客を怒らせることになる』と言い出すのですよ。いったいどの観客のことを言っているのか、私は聞きたい。アメリカ人全員?イギリス人全員?道で私に声をかけてくれる人々は、私がいつまた縁起に戻るのかと聞いてきます。ほとんどの人は私をまた見たいと思ってくれているのです」

昨年7月、イギリスの刑事裁判で無罪判決を獲得した後、記者の質問に答えるスペイシー
昨年7月、イギリスの刑事裁判で無罪判決を獲得した後、記者の質問に答えるスペイシー写真:REX/アフロ

 自分に起きたことを、赤狩り時代のハリウッドに重ねるスペイシーは、ブラックリストされたダルトン・トランボを映画界に復帰させたカーク・ダグラスの例を出してきた。トランボがペンネームで脚本を書いた「スパルタクス」に主演したダグラスは、「もう良いじゃないか」と、本名でクレジットしてあげるべきだと戦ったのだ。その話は、ブライアン・クランストン主演で「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」という映画にも出てくる。

「あなたはその人が現れるのを待っているのですか?」とモーガンに聞かれると、スペイシーは「この世にカーク・ダグラスみたいな人はほかにいないと信じることはしません」と述べた。

告発者が「記憶違いだった」と認めてくれることを願う

 スペイシーの転落の始まりは、ハーベイ・ワインスタインによる数多くの性加害が暴露され、大騒ぎになった2017年10月、俳優アンソニー・ラップが、1986年にスペイシーから受けた被害について「Buzz Feed News」に語ったこと。

 事件当時14歳だったラップは、スペイシー(当時26歳)の家で行われるパーティに呼ばれたが、退屈してひとりで寝室に行き、テレビを見ていた。そこへ酔っ払ったスペイシーが入ってきて、花婿が花嫁にするようにラップを抱き上げてドアの近くに連れていき、体を上に重ねてきたという。なんとか逃げることができたものの、「性的な行為をしようとしているのだと私にはわかりました」と、ラップは語っている。

 ラップは2020年にスペイシーに対する民事訴訟を起こしたが、敗訴。スペイシーに対し、弁護士代およそ4万ドルを支払うよう言い渡された。

14歳の時の出来事でスペイシーを訴えたアンソニー・ラップ(右)
14歳の時の出来事でスペイシーを訴えたアンソニー・ラップ(右)写真:ロイター/アフロ

「彼の話は事実と全然違います。寝室もないし、パーティもありませんでした。アンソニーが私の家に来たのは、一緒にディナーをした後、犬を見に来た時だけです」と、スペイシー。その時、その場所にいた、当時19歳だった俳優ジョン・バロウマンも、ラップの言うようなことは起きなかったと主張している。しかし、「こうなったのには何か理由があるのでしょう。私はそれを理解しようとしています」というスペイシーに、ラップへの恨みはない。

「将来いつか、アンソニー・ラップが自分の記憶は間違っていたと受け入れてくれることを願っています。裁判で私たちが見せた証拠を受け入れてくれることを。だからこそ、私はあの判決を得られたのですから。彼がそれを認めてくれたなら、彼にとっても、私にとっても、癒しになるでしょう」

 イギリスでの刑事裁判で、被害者を名乗る男性のひとりは、エルトン・ジョン主催の毎年恒例のイベントに向かう車の中でスペイシーに性的な行為をされたと主張していた。しかし、ジョンと彼の夫デビッド・ファーニッシュがオンラインで裁判に出廷し、スペイシーはその年イベントに出席していないと証言。それは、陪審員への大きな説得材料になったと思われる。

 スペイシーによれば、ジョンとファーニッシュは「この男性が言っていることは真実でないと、陪審員に知ってもらわなければ」と、自ら証言したいと申し出てくれたとのことだ。

「エルトンとデビッドは私のためにずっとそばにいてくれました。彼らはそういう人たちなのです。そんな友人に恵まれて、私は幸せです」

自分と距離を置いた人にも理解を示す

 一方で、自分と距離を置いた人たちにも、理解を示す。

「ハウス・オブ・カード 野望の階段」で夫婦役を演じたロビン・ライトは、「#MeToo」騒動後、一度もスペイシーに連絡をくれることなく、スペイシーが作品をクビになると主役となり、もっと多くのギャラを稼ぐようになったが、そのことをモーガンが持ち出しても乗っかることはせず、逆に彼女の才能と人柄を褒めている。

「ハウス・オブ・カード」で共演したロビン・ライトからは何の連絡もない(Nathaniel E. Bell/ Netflix)
「ハウス・オブ・カード」で共演したロビン・ライトからは何の連絡もない(Nathaniel E. Bell/ Netflix)

「あれから7年。その間、1年ほど経ってから連絡してくれた人もいますし、2年かかった人もいます。まだ何も連絡をくれない人もいます。何を言っていいのか、どう連絡したらいいのかわからないという人もいるのかもしれません。私が連絡をほしがっているのかどうかもわからないのかも。そんな中、どうしていますかと声をかけてくれる人がいると、私はすごく感激します」

 イギリスでの刑事裁判勝訴ですべての裁判が終わったと思ったところへ、今度はその裁判で被害者を名乗ったひとりが民事裁判を起こしてきた。しかし、スペイシーは「もう終わりは見えている」と、不安はない様子。現在はシングルだというが、この7年の間には恋人もいたという。心を分かち合えるパートナーがほしいという気持ちは、今もあるとのことだ。彼が再び演技という名の馬に乗り、その横で誰かが手を握ってくれているような未来は、近いうちに訪れるだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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