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残業減でも成果アップ、電通式"鬼時短"の経営改革(後編)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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国内最大手の広告代理店、株式会社電通。かつては他社が追いつけないほどの圧倒的な質量で働くことが「是」とされてきましたが、ある時から会社の方針を真逆の方向に転換させました。改革直後は、クライアントから「なぜ、深夜に電話に出ないのだ」というようなクレームが殺到したそうです。このような反発を受け止めながら、会社が一丸となって改革を推進していくには、どのような工夫が必要なのか伺いました。

<ポイント>

・現場を全肯定、トラブルは経営陣が引き受ける

・内部統制の形骸化を防ぐ

・小さな成功体験の積み重ねがモチベーションを高める

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鉄則3 現場の主は社長が自ら口説こう

倉重:鉄則3の現場の主を社長が自ら口説くことについてお願いします。

小柳:社長自身が直接現場の声を伺いに行くことが極めて重要です。頭を低くして、一対一で現場の主の話を聞く機会を設けてもらうべきです。

倉重:「主」というのは具体的にどういう人を指すのでしょうか?

小柳:それぞれの「現場サイロ」の業務プロセスを裏の裏まで熟知している、場合によってはそれを作り上げてきた人たちです。その人の存在によって日々のプロセスが円滑に回っています。長年その現場で働き、秘伝のように業務プロセスを受け継ぎ、守り育ててきた人たちです。

倉重:同期は役員になっているかもしれないけれど、現場にずっといる人たちですね。

小柳:たしかに、現場の主はいわゆるノンキャリアでいらっしゃることも多いです。現場に残り続けたことで、その部署の仕事を誰よりも理解しています。時短改革をする上では、社長が「現場の主」たちを是が非でも味方にしなければいけません。

倉重:どういう姿勢で対峙(たいじ)すればいいのですか?

小柳:卑屈になる必要はありませんが、彼らと虚心坦懐に接することが大切です。そして、これまでの経営陣の責任を認めることから始めます。

倉重:まず頭を下げることから始めるということですね。

小柳:会社が時短を進める必要があることはみな理解しているはずです。ただ「これまで実情を知ろうともしなかったくせに、突然偉そうに」と反発している。当然ですね。そこで素直に「助けてほしい」と頼むのです。「経営陣だけでは解決策が見つからない。かといって現場に丸投げしたくない。あくまでトップダウンで進めたいが、そのためのアドバイスがほしい」と伝えるのです。

主の彼らに、何が無駄で、何が必要なのかということを本音で聞きます。次の鉄則4にもつながりますが、実際に業務の無駄は山ほどあります。ただし、そのほとんどは、過去または現在の経営陣が強いてきたものなのだという意識で臨みましょう。

倉重:経営陣が強制し、そして放置してきた「無駄」が大量にあるという認識ですね。

小柳:はい、特に顕著なのが、過去の事故の再発防止策が根雪化して謎ルールになっていることです。トラブルが起きた時、記者会見で深々と頭を下げ、再発防止策を発表します。これまで2人でダブルチェックしていたものを、3人、4人でチェックするようになる。それが積み重なって「この書類は5回チェックすることになっている」といった状況が生まれ、数年後には根雪のようにカチンコチンになっている。

まさに「ルールもどき」ですが、だからといって、そういったルールに「ムダじゃないですか?」と疑問を呈する人は、問題児として扱われてしまうんですね。

倉重:問題社員として、職場で「村八分」にされるわけですね。

小柳:「ムダだ」ということはみんなわかっている。それを無くすより、ムダと知りつつ淡々とこなす「歯車化能力」があるかどうかのほうが重要ですからね。歯車化能力がない、協調性に欠けると評価されるのは致命的なので、誰も改革を言い出しません。現場の主はこういった状況を全て理解しているので、5回チェックする手順を作り上げ、維持します。

倉重:だから「無駄を減らしなさい」と言われた時に、「ちょっと待って、今までこれをやらせてきたのは会社じゃないか」という反発が生まれるのですね。

小柳:その通りです。経営陣は、そこを謝罪することから始めなければなりません。「根回し」という言葉は適切ではありませんが、現場の主との真摯な対話には十分な時間をかけるべきです。現場の主との会話には、全霊でたっぷり時間をかけてください。質疑応答を中心とした真の対話の場を設けることが重要です。その時間は惜しんではいけません。「時短改革を時短してはいけない」のです。

鉄則4「現場の全てを肯定しよう」

倉重:前半の内容を踏まえて、鉄則4の「現場の全てを肯定しよう」の解説をお願いします。

小柳:主との対話での態度同様に、現場の人々の行為に対して「現場側に責任はない」という姿勢を取ることです。大間違いなのが、必ずと言っていいほど出てくる「現場に無駄な業務をリストアップさせよう」という意見ですが、それは最大の悪手です。

倉重:それでは現場が悪いと言っているようなものですね。

小柳:むしろ「これまで会社が無理やり押し付けてきた、無駄な業務を、リストアップして我々に教えていただけないでしょうか?」とお願いすべきなんです。このセリフこそが、時短改革を進めていく上での成否を左右します。時短が必要な状況になったのは、会社が無関心で現場に丸投げしてきたことが元凶。その認識に立って時短改革を進めていかなければなりません。

倉重:具体的にはどのように無駄を見つけて、減らしていくのでしょうか?

小柳:「あなたは何の業務のどの工程に、それぞれ何時間を使っていますか?」という調査を実施します。と一言で言っても、これは大変な時間がかかります。電通ではこの全工程把握に4カ月かかりました。私たちに対して「時短を目指しているのに、これが一番の時間の無駄ではないか」という批判がかなりきました。

倉重:時短のための業務自体が負担になっているわけですね。

小柳:ところがです。ぶつぶつ言いながらも実際に業務時間を書き出してみると、みんな予想以上に時間がかかっている工程を自ら見つけて、そこでハッとします。

倉重:本にもありましたが、「業務を5つの工程に分ける」というような発想を普段あまりしたことがない人が多いですよね。

小柱:業務は多くの場合、複数の工程から成り立っています。例えば「クライアント向けの会議資料の作成」というタスクを細かく分解してみると、議題にそって情報収集するのに2時間。資料にまとめる内容を考えるのに2時間、パワーポイントでプレゼン資料を作成するのに3時間……というふうに5工程くらいに分けられます。印刷、製本も重要な過程です。

倉重:資料作成を一つの作業として捉えるのではなく、5〜6段階に分けて考えるわけですね。

小柳:すると皆、時間短縮できる工程は短縮し、時間をかけるべき工程にはしっかり時間をかけるべきだと気づきます。例えば、情報収集やプレゼン資料の下書きをAIに任せることができるかもしれません。

製本に関しても、そこに時間をかけることが必要かどうか、特に社内向けの資料の場合は疑ったほうがいいです。御社の役員は、資料が美麗かどうかで案件を判断するのですか?資料が立派だと、自分たちへの尊敬や忠誠が十分だと安心するのでしょうか。

多くの企業で、A3サイズの資料を半分に折ってA4サイズにし、ホチキスで留めるといった作業に時間をかけています。朝8時の会議がある日は、事務局は朝の7時ぎりぎりまで作業しています。なぜなら、直前に修正が入ることが多いからです。

例えば12ページ目を担当している部署から「申し訳ありません、間違えてしまいました」という連絡が来る。そうなると、みんなで一緒に資料を折って綴じ直す作業をすることになります。私が役員会の事務局長になった時、部下から最初に渡されたのが「ホチキス外し器」でした。役員会の朝は総動員で資料の修正作業をする。

倉重:総出でやるのですね。

小柳:必ず綴じた後で修正が入るので、ページを外して差し替え、穴がずれないように綴じ直す。これは無駄だと感じました。書類をPDFのまま画面に投影したり、事前にメールで役員に送っておけば、読んでから会議に来てもらえます。いまどき「これを自分で読んで予習しろというのか」と怒る役員さんだらけなら、役員会事務局のキャリアをもとに、早く転職したほうがいい。

そんなこんなで浮いた時間で、本当に重要なことに時間をかけられます。社内資料を過度に凝ったものにする必要はありません。Amazonをはじめ、パワーポイントの使用を禁止している会社もあります。そうすることで、より良い提案や調査に時間をかけられるようになります。

倉重:時短しながら、むしろ成果を上げるという話になりますね。

小柳:山本社長が言っていたように「残業時間を減らしつつ、成果を増やすこと」が可能になります。違法残業はゼロにし、残業時間も減らしながら、成果を上げられます。時短できることを徹底的に効率化すれば、本当に価値を生む仕事により多くの時間をかけられるようになるんです。

RPAの導入

倉重:電通では時短の具体的な方法として、RPA(Robotic Process Automation=ロボットにより業務自動化)も導入されたのですよね。

小柳:電通の時短改革で全肯定の棚卸しを行った際には、対象の工程をアウトソーシング、もしくは高速化できないか検討しました。そんな中、2017年に導入したのが、まだ日本では珍しかったRPAです。元々はソフトウェアのバグ出しから発展した技術で、ノーコード革命と共に、ユーザー自身がプログラミングできるようになりました。オフィスワーカーが普段パソコンで行っている作業を自動的に再現してくれるプログラムです。Excelのマクロの高級版のようなもので、初めて見た時は衝撃を受けました。

倉重:毎週の視聴率表作成などの業務もRPAで自動化できるのですよね。

小柳:以前は視聴率データを手動でダウンロードし、資料にまとめる作業に多くの時間を費やしていました。それには、ものすごく速い熟練者でも2桁以上の時間はかかっていたんです。週次や月次のまとめとなるとさらに時間がかかります。それがRPAを使えば数分で済むようになります。しかし、速さだけが重要なのではありません。RPAが視聴率データを処理している間に、例えばメールの返信など、他の業務をこなすことができるのです。当時、RPAは本当に革命的な技術だと感じました。

倉重:これまでお釜でお米を炊いていた人が、炊飯器を使っている間に別の作業をするようなものですね。ChatGPTとRPAは違うとお考えですか?

小柳:RPAは人間の動作をそのまま再現することが重要です。例えばシステム監査の観点からも、RPAは人間が行う作業を機械が代行しているだけなので、リスクが限定的です。

RPAには意思がなく、指示された通りに作業を繰り返すだけですから、突然暴走して予期せぬ操作をすることはありません。RPAにはクリエイティビティはありませんし、あってはいけません。

倉重:だから「ロボティクス」なのですね。

小柳:自己学習機能などは論外です。だからこそ多くの企業で活用されています。例えば日清食品のような大企業でも、ChatGPTをRPAと組み合わせて在庫管理を効率化しています。ただし、この2つの技術の役割は全く異なります。

鉄則5「トラブル処理は全て引き受けよう」

倉重:鉄則5は「トラブル処理は全て引き受けよう」ですね。

小柳:改革を行うと、社内外でトラブルの山、クレームの嵐になります。それらは全て上層部が受け止めなければなりません。言葉だけでなく、行動で示す必要があります。特に大口のクライアントから反対された時、トップが毅然とした態度で方針を貫く必要があります。

顧客からのクレームであっさり時短をやめるようでは、社員が会社への不信感を募らせることでしょう。外部の利害関係者との間で起こるさまざまなトラブル処理を、トップが責任を持って引き受ける覚悟が何よりも大事です。「取引先への説得が必要な場合は社長がどこへでも伺います」と話し、行動して初めて社員が面従腹背をやめてくれます。

倉重:ミスをしたり、クライアントに怒られたりした時には山本社長さんたちが謝りに行ったのですよね。それを悪用されることはなかったのですか?

小柳:むしろ悪用してほしいと。社長たち役員は「私を使って済むことなら喜んで対応します」と言っていました。

倉重:改革をする時には、ミスやトラブルは必ず起こるものだという前提で、その対応まで含めて設計しろということですね。

小柳:そうです。改革を行う過渡期には、ミスやトラブルが発生しやすく、担当者や周囲の人間に大きな負荷がかかります。だからこそ「責任は経営陣にある」「ミスをしたら経営陣がすぐにお詫びをする」という強いメッセージを発することが重要です。

残念ながらわが国には「絶対にミスが起きないようにしよう」というゼロリスク信仰があります。しかし実際にはミスは起こる。起こった時にどう対処し、拡大を防ぐかというバックアッププランが必要なのに、そういう議論をすると「ミスが起きると思っているのか」と批判される。そういう考え方は日本人のDNAレベルに組み込まれているかのようで、ゼロリスカーは老害とは言えず若い世代にもたくさんいます。

倉重:ミスを予め想定して、精神論ではなく、構造的に解決するしかないですよね。、ミスを隠蔽することは組織的不正に繋がってしまいます。

小柳:そうなんです。「ミスは起きてはならない」という組織では、「起きてはならないことが起きたら隠蔽する」となってしまいます。特定の会社だけの問題ではなく、多くの人は「不祥事の隠蔽」を悪いことという認識がありません。たしかに法律上は違反かもしれないが、組織員とその家族のためには善だと考えているんです。

倉重:会社のために良いことをしているという認識なのですね。

小柳:本書『鬼時短』の核心を明かせば、会社を挙げて「不祥事を隠蔽する」という「業務」に大量の時間と労力を割いているのが、日本企業のオフィスでの長時間労働の実態だということ。だからこそトップがトラブル処理を引き受け、「ミスは発生しない」というゼロリスク信仰、無謬神話を変えていかなければなりません。

鉄則6「改革の本質的価値を語らない」

倉重:鉄則6は「改革の本質的価値を語らない」ですね。「なぜ時短にしなければならないのか?」という意味を突き詰めて考えないほうが、改革はうまくいくということでした。

小柳:哲学論争をしても答えのない迷路に迷い込んでしまいますから、抽象的な議論は避けるべきだと思います。第一に、前回も申し上げたとおり、抽象的議論はそもそもあまり理解されないのです。ですから時短の先にある目的を考えるのではなく、まず時短すること自体を目標にします。電通の場合は違法状態を脱するという明確な目的がありました。時短そのものを善とし、「ちょっとやってみたら少し前進できた」という小さな事実を積み重ねることが重要です。

倉重:変革プロセス自体をメンバー全員の喜びにするのがいいですね。

小柳:コッターの8ステップのようなチェンジマネジメントの方法は、時短だけでなく、あらゆる改革に役立ちます。時短の経験を通じて、会社全体が変革のプロセスを学べるのです。

倉重:その成功体験があれば、新規事業や組織改革もスムーズに進められるということですね。

小柳:多くの会社が新規事業や将来のビジョンを語りますが、うまくいかないのは、時短のような基本的な変革の経験がないからです。時短は言わばウォーミングアップのようなもの。特に古い組織ほど、こういった準備が必要です。

倉重:まずは簡単なことから一歩ずつですね。

小柳:時短には、「短縮された時間数」という非常に明確なKPIがあります。容易に測定できるので、客観的で誰にでもわかりやすい指標になります。ドラッカーの言葉を借りれば「測れるものなら改善の余地がある」。時間は最も明確な指標の一つです。

倉重:あらゆる改革の基礎になるということですね。

小柳:企業の改革は終わりなき旅です。時短改革の本質的価値を語るよりも、会社が前進していくための準備運動だと捉えることが大切です。

鉄則7「結果で納得を得よう」

倉重:鉄則7は「結果で納得を得よう」ということですね。

小柳:劇的な時短の結果を実演して見せることができなければ、現場は納得しません。例えばRPAを導入して、表作成が自動化され速くなったという具体的な結果を見せることが大切です。営業担当者が手書き伝票からPCでの入力に移行できた。タッチタイピングができるようになった。ビジネス数学で満点を取るようになったなど、目に見える成果を積み上げていくと、現場が時短に対して前のめりで協力してくれるようになる瞬間が訪れます。

倉重:最初から大きな目標を掲げるのではないのですね。

小柳:絶対に大きな目標から始めてはいけません。今の若い人たちの「失敗への恐怖」は凄まじいものがあります。失敗して恥をかくことにも耐えられませんし、失敗に要した時間を無駄だと捉えます。ですから大きな目標を渡すのではなく、「ほぼ成功するステップ」に分解して、次々に達成してもらうのです。

倉重:そうすると「できた」という実感が積み重なっていくわけですね。

小柳:小さな成功体験を積み重ねることで、組織全体の変革への意欲と自信が高まっていくのです。これは私見ですが、「モチベーション」とは小さな成功体験が持続することだと考えています。「モチベーションが湧かないから始められない」という人が多いですが、それは本末転倒で、始めることでモチベーションは湧いてきます。

まずは各々の事情をよく理解して「少しの努力で達成できる目標」を立て、成功体験を得てもらうことが重要なんです。

鉄則8「『内部統制』という言い訳を封じよう」

倉重:最後の鉄則8は「『内部統制』という言い訳を封じよう」です。ご著書の中では「日本企業では、形骸化した内部統制が社員の時間を奪う口実になっている」という問題が提起されていました。

小柳:アメリカ生まれの内部統制の考え方は、一神教の文化に根ざしています。神の前では全員が弱い存在で、無実な人間はいないという考えです。一定の条件が揃えば誰でも不正を働く可能性があるという前提で考えているので、細分化されたジョブを具体的に指示すると言うスタイルになっています。

倉重:欧米型のジョブ型雇用に基づいた内部統制ですね。

小柳:内部統制の基本は、まず不正の対象をつくらないこと。例えば現金を目の前に置かないこと。また必ず2人で作業を行うなど、チェック機能を設けることも重要です。ただし、日本企業では「不正を防ぎ、統制を図る」という大義の元に、膨大ない資料が作られ、統制のために膨大なルールが制定されました。そのようなルールもどんどん有名無実化されていったのです。

倉重:電通では、内部統制のために相当な時間を使っていたのでしょうか?

小柳:電通の場合、不正撲滅の努力は非常に徹底していましたね。古くは2001年の上場準備の際に、全社員に対して既存の不正取引の自己申告を求めたほどです。期限内に申告した者は罰せられないという条件でね。

倉重:まるで司法取引のようですね。

小柳:これは上場に向けて、会社の不正を一掃するための非常に大胆な取り組みでしたから、さすがにこのような方法が常に効果的というわけではありません。重要なのは、日常的な業務の中で不正が起こりにくい仕組みをつくることです。同時に、過度に厳格な内部統制が業務の効率を著しく下げることがないよう、バランスを取ることも必要です。

内部統制の本来の目的は、会社を効果的かつ効率的に運営し、利益を上げることです。コンプライアンスや財務報告の正確性はその手段であって目的ではありません。

倉重:日本ではコンプライアンスが目的になってしまっているのですね。

本で紹介されていた「3営業日オプトアウト(自動承認)」は大変面白い取り組みだと思いました。

小柳:ありがとうございます。これは噴水のように一気に上がる稟議に対して、3日以内に重大な意義や質問がない限り、承認されたものと見なされて、以後承認責任を負う仕組みです。「出張中だから見られない」という言い訳は通用しません。今はどこでもネットにつながるはずですから。

倉重:一般的なオプトイン型の承認プロセスだと、誰か一人作業が遅い承認者がいるだけで全体が渋滞してしまいますよね。

小柳:オプトイン型は承認者がハンコを捺したり、サインをしたり、ボタンを押したりするなどの行為によって初めて承認されます。ところが人間、物事を肯定するのは難しいんです、批判するのは簡単ですけれどね。そのため、経営企画部門の「生活の知恵」として、あえて資料に小さなミスを入れておくことがあります。指摘されたら「眼光紙背に徹すとは、まさに常務のことですな。これは一生の不覚」と。

倉重:「そこだけ直しておけばいい」と言わせて、稟議を通すわけですね。

小柳:日光東照宮の逆さ柱のように、完璧な稟議は本質的なところにケチをつけられるので、あえて小さな不完全さを作っておく。

倉重:まさにライフハックですね。

小柳:日本はオプトイン社会、より正確には「オプトインの機会を与えろ社会」なんです。承認欲求というよりも、承認する機会を与えろという欲求があります。「俺に構わせろ」という欲求です。自分に意見を言わせるチャンスを与えない人は無礼だと感じるんです。

倉重:それで3日間のオプトアウト期間を設けたわけですね。

小柳:デジタル上に3日間さらしておくことで、オプトインの機会を提供しています。3営業日オプトアウトは、最初は抵抗がありますが、すぐに普通になります。従来の対面での説明という慣習を打破できるのは、大きな変化です。

フォロワーシップの重要性

倉重:経営者向けの話が多かったのですが、働く人たちへのメッセージはありますか?

小柳:『鬼時短』では従業員を全面的に肯定し、経営者の責任を強調しています。しかし、本の内容を離れて言えば、これからはリーダーシップと並んでフォロワーシップが重要になると思います。

今は、誰も正解を知らない時代です。ですから重要なのは、状況の変化に応じて柔軟に対応できる準備をしておくことです。良いフォロワーは、リーダーと共に状況を見極め、「こうなりましたね」「この場合はこうすると決めていましたよね」と建設的な対話ができる人です。「あなたが値上がりすると言ったから株を買ったのに」と責める人ではありません。状況の変化に柔軟に対応し、必要なら「方針を変えないとですね」と指摘できる人が、優れたリーダーを育てるんです。

倉重:終身雇用が崩れる中で、自分で考える力が必要になりますね。

小柳:個人もチームも、自主的に考え行動する姿勢が大切です。これからは適材適所で、リーダーに向いている方がリーダーシップを発揮できる、「年功序列でない」環境づくりが重要だと思います。リーダーとフォロワーは上下関係ではなく、役割の違にすぎません。臨機応変で「朝令暮改上等」というフォロワーが、本当にいいリーダーを育てます。

倉重:終身雇用が崩壊し、流動性が高まる中で、自分のことは自分で考えていく必要がありますね。

最後に、小柳さんの夢をお聞かせください。

小柳:この『鬼時短』という本は、山本社長を中心に電通が全社で実践したことを基に、汎用性のある内容にまとめたものです。これは電通から預かった貴重な知見です。山本社長は私が退職する際、「これを世に広めるのが君の使命だ」と言ってくださいました。

倉重:退職時にそう言われたのですね。

小柳:会社を辞める時に使命を与えられるのは複雑でしたが(笑)。山本さんは本の中で名前を出すことも快く承諾してくださいました。

倉重:すごい、度量が深いですね。

小柳:山本社長の言葉通り、この本の内容を普及させることが私の夢です。これが本当に広まってほしいのです。

倉重:結局日本企業が変わるということにつながっていきますよね。

小柳:日本企業はもちろん、行政団体や学校のPTA活動、町内会など、あらゆる組織で活用されることを願っています。

リスナーからの質問コーナー

倉重:ここからは参加者からご質問を承りたいと思います。

A:小柳さんは様々な部署を経験されたようですが、そういった知識はどのように仕入れたのでしょうか?

小柳:私は幸運にも、多様な部署を経験させてもらいました。経理部長として連結決算を担当したこともあれば、内部統制やITの基幹システム入れ替えのプロジェクトマネージャーも経験しました。31年という短い会社生活ですが、時短しながら多くの経験を積むことができました。

A:再発防止策についても、時間とともに適切に見直す必要性を指摘されていて素晴らしいです。

小柳:ありがとうございます。古い対策をそのまま使い続けるのは問題ですよね。

A:再発防止策を一度作っただけでなく、定期的に検証し、不要になったものは廃止するなど、更新していく必要があります。若手弁護士は些細な誤字脱字ばかり指摘して、本質的な問題に触れないことがあります。

私は若手に対して、まず全体をOKしてから、誤字だけチェックするように指導しています。細かい修正よりも全体を見て養ってほしいからです。

小柳:そういう指導ができるのは少ないですね。

倉重:大変名残惜しいですがお時間になってしまいました。多くの日本企業が『鬼時短』の考え方を取り入れて、働き方改革を進めて欲しいと思います。

(おわり)

対談協力:小柳 はじめ(こやなぎ・はじめ)

Augmentation Bridge(AB社)代表、元電通「労働環境改革本部」室長

1965年生まれ、開成高校・東京大学法学部卒。1988年電通入社。電通勤務の最後、2016年から18年まで、社長特命により電通自身の「労働環境改革」にたずさわる。全社の労働時間の大幅短縮を達成し、残業時間を60%削減した。削減時間は全社で1カ月当たり10万時間超に及ぶ。2019年、電通を早期退職し独立。AB社代表として、数多くの企業に時短・業務改革の支援を続けている。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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