イチロー氏の言葉に触発され、石川MS後藤光尊(オリックス―楽天)が現役復帰!兼任監督としての思いとは
■イチロー氏の言葉で覚醒、選手兼任監督に
「なんでトレーニングを続けるんですか?」
石川ミリオンスターズ(日本海オセアンリーグ)の後藤光尊氏が、「尊敬」を上回って「崇拝」しているというイチロー氏に問いかけたのは、昨年12月のことだった。
「たまたま会うタイミングがあったときに、そういう話になって…」。
イチロー氏の答えはこうだ。「現役は引退したとしても、プロのアスリートでい続けることはできるよね」。明解だった。
(イチロー氏と後藤光尊氏の関係について⇒こちらの記事参照)
その言葉に背中を押される思いがした。なにより「思い返せば、志半ばだった」と、完全燃焼して引退したわけではなかった。自身の奥底には、まだやれる、やりたいという火種がずっと燻ってはいたが、蓋をしてきた。それがイチロー氏に触発されたことで、ジリジリと再燃しはじめたのだ。
さらに昨年1年間、野手コーチとして独立リーグの選手たちと向き合ってきて、指導する上での言葉で伝える難しさも痛感していた。
「それだったら一緒にやっちゃったほうがいいんじゃないのかなと思った。現役くらいの動きができるかどうかは別として、一緒にノック受けたりバット振ったりすることで、感じられる部分もある。言葉プラス見て学んでもらおうと」。
言葉を補うもの、それは自らのプレーではないか。幸いにも体は十分に動くのだから。
そこで決意した。アスリートとしてどこまでも挑戦することを。選手とともに汗を流すことを。
「監督の職権乱用じゃないけど、それに甘えさせてもらいながら、もう一回トライしてみよう」。
端保聡社長に話すと、承諾してくれた。いや、むしろ前向きに歓迎してくれた。かくしてミリオンスターズ史上3人目の「選手兼任監督」が誕生した。2013~14年の森慎二氏、2015年のフリオ・フランコ氏以来である。
■「やっぱりジジィになったな(笑)」
決めたからには本格的なトレーニングも再開だ。「モチベーションがない中で、モヤモヤと体を動かしていた部分はあった」と、これまでも軽くは行っていたトレーニングに、目的をもって取り組める。2月の合同自主トレでは若い選手たちと同じメニューをこなした。
「だから、死んでましたよ(笑)。選手が週5日やるところを4日とか3日とかっていう週もあったけど、基本的には同じメニューをやっていた。(バットを)振る量とかは全然違うけど」。
体とも相談して休みも挟みながらだが、それでもストイックに自らを追い込んだ。
「やっぱりジジィになったなって思いますよ(笑)。いたるところに、いてぇな(痛いな)っていうのが増えた。本格的なトレーニングなんて、現役引退してからほとんどやってないから」。
そう自嘲はするが、楽しくて仕方ないことが窺える。
■みごとなダイビングキャッチ
そして4月の開幕を迎えた。
出番は突如、訪れた。4月3日の開幕2戦目、福井ネクサスエレファンツ戦で頭部死球を受けた山内詩希選手に代わって三回裏、サードの守備に就いたのだ。
すると四回にゴロを1つ処理、五回には三塁線を抜けようかというライナーに、ドンピシャのタイミングでダイビングキャッチして見せた。アクロバティックな守備で何度もスタンドを沸かせてきた現役時代の姿がよみがえってくるような、みごとな反応だった。さらに続けて軽快な動きでゴロをさばいた。
これこそが、まさに“生きた教材”だ。選手たちは何を感じただろうか。
自身の反応について「親に感謝ですかね」と照れ笑いしたあと、「普通は『これいったらヤバイやろ、ケガするやろ』っていうのが出てくると思うけど、それがまだ出てきていないから。ということは本能的な部分はまだ残っているんじゃないかな。本能が先にきて、体はついてくるんやなって。おぉ、まだ動けるなっていうのも改めて思った」と振り返った。
(このシーン、スタンドのファンが撮影しYouTubeで公開しているので必見だ)
そしてホーム開幕の同9日には「7番・サード」としてスタメンに名を書き込んだ。「記念すべき開幕戦だったんで、出たいなっていう勝手な都合」とはいうが、開幕戦を飾るエンターテインメントとして、ファンサービスの意味合いもあった。
もちろん出場に向けて、選手とともにノックを受け、ケージに入って打ち込んできた。動ける体に仕上げてきている。
1度の守備機会と、打席には3度立ち、「体力の限界を感じた」と五回を終了して退いたが、収穫は十分だった。
■選手として出場することのメリット
実際に自身が出場することでの利点は、想像していた以上に多かった。「ベンチでただ見るというより当事者なので、ここでこうしたほうがいいのになって思ったときにパッとサインが出せるっていうメリットは感じる」と、塁上にいてもサードコーチャーを務める納谷嶺太コーチにサインを送る。
さらには「ピッチャーも近くで見られるし、表情も見える。いろんな可能性を感じている」と、今後の采配にも活かしていけそうだ。
「すべてが挑戦なんで。いろんな経験をしながら」。
自身が選手として再びプレーするという、そのことだけにとどまらない。さまざまな可能性への挑戦になる。
打撃に関しては2試合で5打席、残念ながらまだHランプを灯すことはできていないが、9日のレフトライナーにはやや手応えが戻ってきたのを感じていた。
打者はよく目から衰えを感じるというが、「まだ大丈夫。全然、目からはきてない」と自信を見せる。
「振り込みをしっかりやって、もうちょっと体のキレが上がってくればなというところ。打球も上がったので、そのうち…。すごく間が空いてるんで、やっぱり体のキレが現役の選手とはまだかけ離れてる部分もあるし、僕の感覚ともちょっと離れてるところがある。自分の体を自分でうまく扱えるようになってきたら、もうちょっとレベル高くスイングできるかなと思う」。
初安打も近日中に見られるに違いない。
■自ら出場することもファンサービスの一環
ここまでアクシデントによる急遽の途中出場と先発出場の2試合を経験した。
「両方経験してみて、急遽いったほうがいいなと思った。(先発だと)準備をしすぎるんでしょうね、心も体も。なので急遽に備えてるほうが、いい感じ。また機会があればスタメンでいきたいとは思うけど…」。
自らが出場することは、選手の出場機会を奪うことでもあるのは理解している。
「なるべく出ないほうが、選手にとっては出場機会が多くなるからいいんでしょうけど。でも、これに関しては割り切るというか、そうしなきゃいけない部分もある。要はエンターテインメントっていう部分もあるから」。
試合は興行だ。独立リーグ球団にとって集客は大きな課題である。ファンを増やすため、球場に足を運んでもらうためには“華”が必要で、魅せなくてはならない。その役割を担う責任も、後藤監督は背負っているのだ。
「こないだみたいな緊急事態がない限りは、基本的には出るのはホームにしようかなとは思っている。お客さんが少しでも入ってくれるように貢献できればなっていう思いがある」。
今後もファンを喜ばせるように考えていくつもりだ。
そして一選手として「やっぱり若い選手のアピールの場を削ってまで試合に出るわけだから、それなりの責任感をもってゲームには出たいと思っている」と、準備には決して手を抜かない。休みの日も朝からトレーニングに余念がない。
練習も選手に交じって行う。守備練習では、ノッカーの納谷コーチが選手の名前を呼びながらノックを打つが、後藤監督には「監督!」と呼びかけて打つのが、なかなかない光景なのでちょっとおもしろい。
■自身の変化
オリックス・ブルーウェーブからドラフト指名を受け、オリックス・バファローズで12年、東北楽天ゴールデンイーグルスで3年、計15年にわたってNPBで活躍してきた。
2016年に引退してからブランクが5年間、プレーするのは6シーズンぶりとなる。あらためて野球をしていることが楽しくてたまらないという。
「でも、ちょっとまだ照れが入る。もうちょっとぶち抜けたらいいんだけど。NPBのときは楽しそうだっていう雰囲気はなかったと思うけど、今はやってて楽しい」。
かつてNPBでプレーしているときはストイックで研ぎ澄まされたイメージだったが、今は心から楽しんでいるのが窺える。
そして、それがまた、指導者としての自身にも変化をもたらせている。
「ちょっとね、丸くなったかな(笑)」。
昨年は細かいところまでさまざまなことが目につき、気になったというが、「選手に気持ちよくプレーしてほしいなって思うと、ここは言うべきタイミングじゃないなとか、言ってもしょうがないなって自分の中で処理して、グッとこらえることができるようになった」と、今年は方向性が変わった。
「立ち振る舞いとか含めてごちゃごちゃ選手に言ってたことを思えば、去年からいる選手には『今年あんまうるさくねぇな』っていうふうに映ってるのかもしれない(笑)。見られるのは嫌だけど見てほしいっていう選手の心理っていうのがある。そのへんは考えて発言するようにはしているので、雰囲気は悪くないと思っている」。
言いたいことを我慢していてストレスがたまらないのか心配になるが、そこは「野球で発散できるわけですよ」と笑う。なるほど、選手をやることの波及効果がここにもあるわけだ。
「野球さえできればストレスがたまらない派なので(笑)」という。どれだけ野球が好きなんだろう。
ただ、まったく声をかけないわけではない。むしろ「なんてことない会話をするようにはしている。会話しようと思ってしてるわけじゃなくて、自然にやれているかな」というように、選手と和気あいあいと話すシーンを多々見る。
「やっぱり変わらないとね」。
以前より柔らかくなったように見える顔つきは、指導者としてステップアップしている証しなのかもしれない。
■NPBのスカウトへの売り込み
独立リーグの監督は、勝敗を背負うことはもちろんだが、一人でも多くの選手をNPBに送り出すという責務もある。
「リーグとして月に1回くらいNPBと交流戦をするっていう話なので、早い段階から選手を見てもらえる。仮に今はイマイチでも、成長していく姿も見てもらえるのかなと思う。選手にとってはNPBの目に触れる機会が多ければ多いほどチャンスは出てくるので、非常にありがたい試み」。
NPBとの交流試合ではいかにアピールするかが重要だが、それだけではないという。通常の公式戦も含め「プレーに関しては、結果だけを見られているわけではないので、『まずは印象に残れよ』とは言っている」と言い、さらにはプレー以外でも個々にアピールしろとも説く。
「ゲームだけだと、どうしても印象に残るのは難しい。だからスカウトが来たら挨拶に行くとか、どんどん自分をアピールしてこいと言っている。挨拶ひとつにしても印象に残ればプレーも見てくれるだろうし」。
もちろん、後藤監督からも「こいつ、こういうヤツなんですよ」といった“売り込み”は惜しまないつもりだ。
ただ、「一つ残念なことがある」と切り出した。「練習がなかなか見てもらえない状況なので…」と顔を曇らせる。
日本海オセアンリーグはセントラル開催を採用している。1球場に4球団が集まり、1日に2試合行うのだ。となると時間の関係で試合前練習がほぼできないのが現状だ。
「ピッチャーはまだいいけど、野手はゲームだけでは結果が優先になって、選手の本質が見えないところがある。『これだけ足が動く』とか『これだけ振れる』というところも練習で見てほしいというのはある」。
選手のよさが少しでも伝わってほしいと願うがゆえに頭を悩ませるが、そこも今後の課題としている。
■挑戦し続ける
NPB時代とは立場も環境も変わったが、「野球」に変わりはない。現役として野球ができる今を存分に満喫しながら、指導者としても日々ブラッシュアップに努める。
「言っちゃあなんだけど、野球好きなんで(笑)」。
その柔和な表情からは充実感が漂う。
監督として選手として、いや、プロのアスリートとして―。
後藤光尊のあくなき挑戦は、これからもずっとずっと続く。
(表記のない写真の撮影は筆者)