「カメラを止めるな!」は著作権侵害か?(ネタバレなし)
話題の「カメラを止めるな!」を先日観てきました。評判にたがわず低予算映画の鑑のようないい映画でしたね。さて、周知のように、この映画、舞台作品の「GHOST IN THE BOX」との関係でちょっと揉めています(参考記事)。この舞台作品がヒントになっていることは「カメラ」側の監督も認めており、「原案」としてクレジットしています。ここでの問題は「カメラ」が「GHOST」の著作権(翻案権)を侵害するレベルで類似しているかという点です。
この種の問題を考える際の重要ポイントとして、著作権は表現を保護するものであって、アイデアを保護するものではないということがあります。仮に設定やアイデアが同一だったとしても、「表現上の本質的特徴」が似ていなければ著作権を侵害することはありません(「業界の仁義に反する」等の話はまた別です)。
たとえば、「バカにされていたオタクが一念発起してクラスメートを見返す」、「主人公は実は死んでいて幽霊だった」、「時限爆弾の赤ケーブルか緑のケーブルを切るかで迷うがぎりぎりで解除に成功」なんていうものはすべてアイデアであって、これのみを摸倣しても著作権侵害にはなり得ません(繰り返しますが「業界の仁義」の話は別)。逆に、仮にこれらのアイデアに70年以上の独占権が発生してしまったら映画なんて作れなくなってしまいますね。
ただ、アイデアと表現が常に明確に分離できるかというとそうでもなくグレーゾーンがあります。また、「表現上の本質的特徴」とありきたりの表現との境界という点でもグレーゾーンがあります。権利を主張する側は著作権による保護範囲をどうしても広く考えがちなので、裁判で争うというケースが出てきてしまうわけです。
さて、「カメラ」と「GHOST」についてこの点を子細に検討すると、必然的にネタバレになってしまうので、ここでは映画の著作物の翻案権に関する過去の判例をいくつか紹介します。
まず、ちょっと古い(2003年)ですが、大河ドラマ「武蔵」が「七人の侍」の著作権を侵害しているとして、黒澤明監督の遺族がNHKと脚本家を訴えたケースです(判決文)。NHK側は「七人の侍」風の演出をしたことは認めているのですが、裁判所は、原告側が主張した類似点(裁判書類の「別紙」)については、すべてアイデアとしての類似にすぎない(表現上の本質的特徴が類似しているわけではない)として、翻案権(および同一性保持権)の侵害を否定しています。たとえば、「怪しい者を捕まえてみたら女だった」なんてアイデアを摸倣するだけで著作権侵害にされてしまったらやってられませんので、これは当然と思います。
次に、比較的最近の事例(2015年)で、書籍に依拠した映画の著作権侵害に関するケースです(判決文)。こちらは、著作権侵害が認定されています。ただ、ここでも似てれば何でも著作権侵害かというとそんなことはなく、別表の8つのエピソードのうちの、3、4、6、7についてのみ翻案権侵害が認定され、他は単なるアイデアの同一性に過ぎないとされています。正直、グレーゾーンが広いという感じがしますが、似ている→即著作権侵害というわけではない点が重要です。
著作権侵害を主張するのであれば、「この(表現として特徴がある)せりふ回しがほぼ同じだ」とか、「この(表現として特徴がある)カメラワークがほぼ同じだ」とかを主張しなければなりません。自分は「GHOST」未見なので確定的なことは言えませんが、ネット上で流布している両作品比較表やこちらのエントリー(注:リンク先ネタバレ)を見る限り、著作権侵害を主張できそうな根拠は出てきていないように思えます(「主人公は実は死んでいた」レベルのみの一致のようにしか思えません)。
要は、基本的アイデアは似ている(原案にしたので当たり前)が、表現上の本質的特徴が似ているとは思えないということです(仮にこのまま裁判になって、脚本レベルで比較をすれば何か新しい証拠が出てくる可能性がないとは言いませんが)。