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ワタミはなぜ提訴されたのか 労基署さえ「手玉」にとる魔手の数々

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
Aさんの記者会見の様子

 昨日、ワタミの宅食で営業所長を務める40代の女性Aさんが、ワタミ株式会社を提訴した。

 訴訟の主要な争点は、以前から問題となっている残業代の不払いに関するものだが、問題はさらに複雑化しているようだ。Aさんの提訴の重要な理由の一つは、ワタミがAさんの上司らに指示をして、配達スタッフらにAさんを訴えるように「扇動」させたというものである。

参考:「ワタミの宅食」の営業所長がワタミを提訴 ワタミ側が背後で「扇動」か?

 筆者は昨晩までにワタミに訴訟についての見解を質問したが、残念ながら期限までに返答をもらうことはできなかった。

 そこで本記事では、Aさんの訴訟のもう一つの重要な要求である未払い残業代について、なぜ労基署の是正勧告まで出ていたのに、訴訟になってしまったのか、Aさんの証言をもとにその背景に迫っていきたい。

労基署の発言を都合よく切り取って、ホームページで公表

 残業代未払いについては、すでに昨年9月に、高崎労働基準監督署から是正勧告が出ている。ところが、それ以降、ワタミはさまざまなやり方で、Aさんに具体的な未払い残業時間について回答することを避けてきた。

 まず最初は、「特別調査委員会」を一方的に立ち上げて、その調査を理由として、団体交渉での労働時間の交渉を拒否したことだ。なお、この特別調査委員会は、Aさんが条件付きで調査に応じると主張していたにもかかわらず、Aさんに対する聞き取りを一切行わないまま、今年1月末で調査を終了している。

 さらに、つい2週間前には、ワタミが労働時間をできるだけ短く、あたかも「値切り」をしようとしている様子が明らかになった。

 3月15日、高崎労働基準監督署はワタミに対して、今度は36協定で認められた残業時間の上限を超えた残業をさせていたとして、労働基準法32条違反で是正勧告を出した。

 すると、ワタミは是正勧告を受けた即日、ホームページ上で「労働基準監督署からの労働時間に関する是正勧告について」という文章を掲載し、「この度、本件に関連して2020年3月の当該社員の残業時間75時間29分が、36協定の75 時間を29分超過していることから改善するよう是正勧告書を受領いたしました」と報告している。

 これを読んだら人は誰でも、あたかも労働基準監督署がワタミの残業時間の超過を認めたのは29分のみで、それ以外は問題にされず、指導は終わったものであるかのように受け取るだろう。しかし、それは事実と全く異なっているのだ。

監督官「いまだ労基署とワタミで確定した労働時間は出ていない」?

 担当の監督官に確認したところ、驚くべき答えが返ってきた。担当の監督官の説明によると、監督官とワタミで「労働時間が合致した月はない」「いまだ監督署とワタミ側で確定した労働時間は出ていない状況」であるというのだ。

 一体どういうことだろうか?

 要はこういうことだ。担当の監督官としては、より多くの長時間残業があるのではないかとワタミに指摘しているのに、ワタミが一向に認めようとせず、29分だけを認めたので、やむをえず「「少なくとも」という部分で是正勧告をした」だけだというのだ。

 これでは、ワタミがインターネット上で是正勧告について公表されることを想定して、できるだけ少ない残業時間しか認めさせないよう、労基署に食い下がったのではないかとすら考えられる。

 しかも監督官は、「これで確定ではない」と述べ、これからさらに長い残業時間が認められる可能性があるとまで、Aさんに伝えている。特にAさんはかなりの数の業務メールを自宅でも送っており、これについても労基署は労働時間に含まれると考えている。しかし、ワタミはメールの業務性を一切認めなかったという。

 このようにワタミは労基署の指摘をねじ伏せて、「最小限」の時間だけを一旦認めて、それをホームページで公表したのである。

半年間一度も具体的な労働時間を認めていないのに、「労働時間については、団体交渉を継続しています」?

 労基署の監督官の発言を都合よく切り取り、読者の誤読を誘うような書きぶりでホームページで公表するワタミのやり口は、実に狡猾だ。

 現にワタミの発言を鵜呑みにしたネットのコメントでは、「29分なんてすぐに遅らせられる。この「A」はヤクザやゴロツキと同じだ」とAさんを非難する者も現れている。

 しかも上記のホームページの書面において、ワタミは「労働時間については、現在も団体交渉を継続しております」と公表している。ところが、ワタミはAさんの加盟するブラック企業ユニオン に対して、一度も具体的な労働時間の認め方について、提案してきたことはないという。

 Aさんは、自分には真摯に向き合おうとしないのに、ホームページでは「いい顔」をするワタミの「外面の良さ」に、怒りを募らせている。

ワタミが狙っていたのは「時間切れ」なのか

 実はAさんがこのタイミングで提訴に踏み切った理由の一つは、未払い残業代の「時間切れ」の問題があった。

 どういうことかといえば、Aさんはブラック企業ユニオンを通じて、昨年10月上旬に残業代を請求していた。一度請求すると、「催告」という行為を行なったことになり、その日から遡って2年間分の未払い残業代の時効が中断される。

 ただし、これは催告から6ヶ月だけの間である。その間に、提訴をするか、残業時間の承認をさせる必要があるのだ。しかし、期限の4月上旬が迫っていたにもかかわらず、一向にワタミは具体的な残業時間を認めようという反応は、なかったという。ましてや上述したように、労基署に対して残業時間を値切らせようとして、ホームページで誤解を招く発表をしている。

 ワタミは半年間残業代についての具体的な回答を引き伸ばすことによって、時効が切れるタイミングを待っていたのではないかと勘繰る意見が出てきても仕方ないだろう。

 いずれにせよ、Aさんは4月上旬に催告の効力がなくなることを恐れて、提訴しなければならなかったという事情もあるようだ。

 以上、Aさんが今回訴訟に踏み切ったの背景を説明してきた。筆者は引き続き、本件について調査していくつもりだ。

 Aさんを応援したい方や、「ブラック企業」と闘いたいという方は、ぜひ連絡・相談をしてほしい。

追記

2021年4月1日17時40分

ワタミ側は下記の通りHPに発表していることが確認できたので、追記します。

ワタミ株式会社のHPより。
ワタミ株式会社のHPより。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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