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レジェンド羽生善治九段(52)逆転で大型ルーキー伊藤匠五段(20)を降し、棋王戦勝者組決勝進出!

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 11月5日。東京・将棋会館において第48期棋王戦コナミグループ杯・本戦トーナメント準決勝▲伊藤匠五段(20歳)-△羽生善治九段(52歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は19時34分に終局。結果は98手で羽生九段の勝ちとなりました。

 羽生九段は11月17日におこなわれる勝者組決勝に進出し、佐藤天彦九段と対戦。ここから最短2連勝で渡辺明棋王への挑戦権を獲得できます。

羽生「内容のある将棋が指せるように、しっかりと準備して臨みたいと思います」

 伊藤五段はやはり17日におこなわれる敗者復活戦1回戦に回り、藤井聡太竜王と対局。こちらのルートから挑戦権を獲得するには、4連勝が必要となります。

伊藤「しっかり準備して臨みたいと思います」

序盤は伊藤五段がリード

 伊藤五段先手で、戦型は相掛かり。伊藤五段が桂を跳ねたのに対して、羽生九段は強く動いていきます。感想戦が始まってすぐ、羽生九段は笑顔で次のように語っていました。

羽生「いやー、まあ誘われてるような気もしたんですけど。でも思わず、とがめにいきたくなってしまったんですよね」

 激しい戦いもまた、研究の深い伊藤五段にとっては想定の範囲内だったようです。

伊藤「本譜の(37手目)▲2三歩ぐらいまでは、そういう感じなのかなという気もしていたんですけど」

 進んでみると、ペースをにぎったのは伊藤五段でした。

羽生「序盤からけっこう激しい展開になって。向こうに桂馬2枚使われる形になってしまったんで。なんか途中からはあまり自信ないまま指していたというところですかね」

伊藤「序盤から激しい展開になって。うーん、なんかちょっと。そうですね、ペースかと思ったんですけど」

羽生九段、驚愕の飛車打ち

 中盤戦。羽生九段の飛車は5筋中段に置かれていました。そして44手目。羽生九段は持ち駒の飛車を手にし、2枚目を重ねる形で、盤上中央に打ちつけました。ほとんどの観戦者にとっては、ほとんど記憶にない形でしょう。

羽生「もうほかにちょっと、手が見えなかったんで」

 ABEMAで解説を担当していたのは阿久津主税八段と香川愛生女流四段。羽生九段の手が指された直後の両者の驚きぶりを見れば、どれだけ衝撃的だったかがわかりそうです。

阿久津「ひょえー!」

香川「ひえええええ」

阿久津「力が入った手つきで・・・。見たことないですね」「見たことあります? あんまりないですよね、これね」

香川「縦の2枚の並び」「圧がすごいですね」

阿久津「力入ってるけど・・・。ひえー、って感じですね。『そこにー?』みたいな」「△5五飛車打ちはすごいですね。勝負手って感じがしますね」

 評価値の上では伊藤五段よし。しかし伊藤五段はここで悩みます。

伊藤「△5五飛車打ちという手をちょっと軽視していて。あそこはどうやっていいか、わからなかったですね」

 棋王戦の持ち時間は各4時間。そして伊藤五段はここで半分に近い1時間55分を使い、羽生陣に歩を打ち込みます。考え抜いた末に見出された正着でした。

羽生「▲2二歩がいちばんいやでしたよ」

 羽生九段が中央に打った飛車は、やがて伊藤五段に取られます。

羽生「あのへんはちょっとわるいんじゃないかなと思ってましたね。なんか駒損なんで。けっこうそれが響きそうな。ただ、代わりになにやるか、っていう問題もあるので。はい」

 伊藤五段は取った飛車を王手で羽生陣に打ち込み、快調に攻めます。しかし羽生九段はきわどく玉を逃げ出し、気がつけば混戦模様となっていました。

羽生九段、逆転で勝利

 72手目。羽生九段は中段に角を打ちます。反撃に転じる形を得て、形勢はすでに不明です。

羽生「難しくはなったと思ったんですけど、ただ、向こうがなかなか寄らない形なんで」

 進んで、寄せ合いの速度はいつしか逆転。ついに羽生九段が優位に立ちました。ただし羽生九段は自信が持てなかったようです。

羽生「ずっときわどいと思ってやってたので。いや、負けかもしれないと思いながら、ずっと指してました」

 85手目。伊藤玉は四段目にまで出てきました。ぬるぬると逃げられる形で、急所をはずすとつかまえられません。残り時間は伊藤16分、羽生8分。羽生九段は1分を使って馬を引きます。

羽生「全然まだ、読み切れてたわけではないんですけど」

 しかし羽生九段の手は急所をはずしておらず、馬引きは詰めろ飛車取りでした。伊藤五段は仕方なく、飛車を逃げながら羽生玉に近づけて成り返ります。

 羽生九段は4分を使って、伊藤玉の詰みを読み切りました。手を震わせながら、伊藤玉に王手をかけていきます。

 熱戦の終幕では不思議と、互いの玉が接近する例が多く見られるようです。伊藤玉が羽生玉に近づいたところで、98手目、羽生九段はタダで取られるところに守りの銀を出ます。これがしゃれた王手。伊藤五段は銀を取っても取らなくても、自玉は詰みです。伊藤五段が投了し、熱戦に終止符が打たれました。

棋王挑戦権を獲得するのは誰か?

 王将戦に続き、棋王戦でもタイトル挑戦に近づきつつある羽生九段。次戦の佐藤天彦九段も当然強敵ですが、そこも超えれば久々の五番勝負は目前です。

 羽生九段は今年度が終わる頃にはタイトル100期どころか、101期にまで達している可能性があります。

 健闘及ばず敗れた伊藤五段。しかしまだチャンスは残されています。同世代のスーパースター・藤井竜王と生き残りをかけ、こちらも大注目の一番となりそうです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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