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五輪選手への中傷、なぜ起こるのか 効果的な対策は

山口真一国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 准教授
サーフィン男子で銀メダルを獲得し、会見に臨む五十嵐カノア選手(写真:アフロスポーツ)

オリンピックが盛り上がる中、アスリートに対するSNSでの中傷が問題となっています。例えば以下のようなものです。

これらはごく一部ですが、読んでいる多くの方はこう思うのではないでしょうか。

「なぜ頑張っているアスリートに対して、SNSでそんな中傷が投稿されるのか」

その答えは2つあります。1つは、「社会の一部には、そういう中傷を言いたい人がいるから」という、悲しい人間の本質です。SNSは道具であり、そこでは人々の意見が表出しているだけです。結局、そういう人がいるので、中傷が書かれるわけです。

中傷を書くような人は、全体から見ると多くありません。筆者の以前の研究では、ネット炎上1件に書き込みをしている人は、平均してネットユーザ全体の約0.0015%(7万人に1人)でした。

しかし、ネットユーザ自体が多いですし、特に注目されるようなアスリートには、数で見ると少なくない中傷がいってしまいます。ましてオリンピックのように世界中から注目されるイベントだと増えてしまいます。そして、どの国にもこういった人はいるのです。

その結果、競技内容への不満、容姿に対する中傷、人種差別、政治的イデオロギー等、様々な理由・パターンでの中傷が投稿されるわけです。

もう1つ、SNSならではの事情もあります。それは、「SNSには書きたい人だけが書いているため、極端で強い意見ほど多く書かれる」という性質です。

■ 「極端な人」がとにかく発信する

SNSというのは、人類が初めて経験する「能動的発信だけの言論空間」です。つまり、言いたいことがある人だけが意見を出している空間です。

仮にSNSで極端な意見や誹謗中傷的な発言をしたところで、それを止めるような司会もいません。強い想いを持ったら、その強い想いに乗ったまま、何の気兼ねもなく次から次へと発信していくことが可能です。

そのような言論空間では、極端な意見の持ち主ほど多く発信することが分かっています。筆者は以前、約3,000名を対象としたアンケート調査を実施し、意見の強さとSNS投稿行動の関係を分析しました。具体的には、ある1つの話題――ここでは憲法改正――に対する「意見」と、「その話題についてSNSに書き込んだ回数」を調査し、分析しました。

分析では、「非常に賛成である」~「絶対に反対である」の7段階の選択肢を用意し、回答者の意見とSNSに投稿した回数を収集しました。その結果から、社会の意見分布とSNSでの投稿回数分布を分析したものが次のグラフです。

「憲法改正」に対する社会の意見分布とSNS上の投稿回数分布(出典:山口真一『正義を振りかざす「極端な人」の正体』、光文社新書)
「憲法改正」に対する社会の意見分布とSNS上の投稿回数分布(出典:山口真一『正義を振りかざす「極端な人」の正体』、光文社新書)

図を見ると、社会の意見分布は中庸的な意見の多い山型の意見分布となっています。その一方で、SNS投稿回数分布は、最も多いのが「非常に賛成である(29%)」で、次に多いのが「絶対に反対である(17%)」となっています。この強い意見を持っている人たちは、社会には7%ずつしか存在しないにもかかわらず、SNS上では合計46%と、約半分の意見を占めています

今回のケースに当てはめると、「アスリートを強く応援している人」と「アスリートに強くネガティブな感情を抱いている人」が、SNS上で発信しやすいといえるでしょう。前者の場合は嬉しい応援ですが、後者は強い言葉で中傷を書き込む可能性が高いわけです。しかもオリンピックでは、これがグローバルになります。

本当は国内外で、純粋にスポーツを楽しみ、敵味方問わずアスリートを応援している人が大勢います。しかしその人たちはサイレントマジョリティとなり、一部の過激な人の声が、どうしても大きくなってしまうわけです

そして大量にコメントを受ける側からすると、どうしても自分に向けられた攻撃の方に目が行ってしまいます。想像してみてください。ある日突然皆さんのアカウントに大量の誹謗中傷が投稿されることを。どんなに他に応援があったとしても、非常に辛い状況であることが分かると思います。

SNSは、誰もが自由に発信できる「人類総メディア時代」をもたらした、素晴らしいツールです。しかしそれがために、こういった一部の人が、アスリートに対して容易に直接中傷を書き込める状況になっています。素晴らしい道具も、間違った使い方をする人がいればネガティブな影響が生まれます。

■ 関連組織に求められる心理的ケアと法的手続きのサポート

この問題にどう対処すればよいのでしょうか。背景に人間の本質やSNSの根源的特徴がある限り、根絶ということはあり得ません。

1つやれることとして、悪質な書き込みに対しては毅然とした態度で対応し、法的措置をとるということがあります。誹謗中傷は犯罪です。実際に損害賠償が成立しているケースも少なくありません。

誹謗中傷を書いている多くの人は自分が正しく相手が悪いと考えています。例えば、筆者が以前研究したところでは、炎上参加者の60~70%は自分の中の正義感から攻撃していることが分かっています。説得や反論をして止むようなものではなく、法的手段をとらなければならないケースが少なくないのです。

ただし、選手個人が1人でそれをするにはあまりにも大変で、そもそも方法が分からないという場合も多いと思います。そこで、関係する人や組織には、次の2点が求められると思います。

①心理的なケア(カウンセリング)の充実

②法的手続きのサポート・啓発

実際①に関しては、IOCが選手のメンタルケアについて「かつてないほど重要な課題になっている」と述べています。選手村には心理カウンセラーが滞在し、選手が無料で6回までカウンセリングを受けられるようです。

これまでもスポーツ関係の組織は様々な方法でアスリートをサポートしてきたと思います。しかし、誰もが自由に発信できる情報社会においては、このようなカウンセリングや法的手続きのサポート・啓発も、重要な役割の1つになっているのではないかと思う次第です。

決勝の橋本大輝選手 アスリートへの誹謗中傷について、「国の代表として努力してきたアスリートを認め、称賛する人が増え、誹謗中傷とみられる行為が少なくなることを願っています」と自身のInstagramに投稿した
決勝の橋本大輝選手 アスリートへの誹謗中傷について、「国の代表として努力してきたアスリートを認め、称賛する人が増え、誹謗中傷とみられる行為が少なくなることを願っています」と自身のInstagramに投稿した写真:青木紘二/アフロスポーツ

参考:選手へのSNS中傷相次ぐ IOCも対応へ

また、②の法律に関しては政府も動いており、今年春にはプロバイダ責任制現法が改正され、匿名の攻撃者を特定しやすくなりました(今秋施行予定)。被害者があまりに不利すぎる現状にメスを入れ、加害者を訴えやすくなった形です。ただし、問題が国際的になるとこのような手段が取りにくいのが現状です。

■ SNSの仕組みによる被害の軽減

SNS事業者も様々な対策を講じており、多くの機能が実装されています。例えばTwitterでは、ブロックすることで特定のユーザが自分に連絡したり、自分のツイートを見たり、フォローしたりするのを防ぐことが出来ます。また、ミュート機能を使えば特定のユーザの投稿を見えなくすることが出来ます。さらに、投稿ごとに自分に返信(リプライ)できる人を限定できる機能も最近実装されました。

このような機能を使うのは、情報で溢れるこの社会において、平穏に過ごすためには大切なことです。「相手に悪い」等と思わず利用していくべきですし、こういった機能をアスリートに啓発していくことも必要でしょう。そして、社会全体として、このような機能を使う人をネガティブに言わない文化が醸成されるべきだと考えています。

さらに英語版のTwitterでは、有害・侮辱的なリプライをしようとした場合、本当にそれを送るか再考を促す機能を今年の5月に実装しました。気になる効果ですが、1年前に行った実験では、これが表示されたユーザの34%がリプライを修正または投稿中止をし、さらにその後攻撃的なリプライをする回数が平均で11%減少したようです。

出典:Twitter公式ブログ
出典:Twitter公式ブログ

参考:Twitter公式ブログ(英語)

前述したように、誹謗中傷を送る多くの人はそれに気づいていません。このような機能でそれに気付かせることは、その時点でも効果がありますし、中長期的な学習効果もあるといえるでしょう。SNS事業者が言論の番人となって積極的に削除するのではなく、あくまで本人に再考を促しているのがポイントです。

尚、TikTokのコメント欄では既に日本語版でも当該機能が実装されており、このような取り組みが広がっていくことを期待しています。

■ 「嫌ならやるな」「有名税」はおかしい

最後に、こういった話をすると、必ず「嫌ならやるな」「有名なんだからある程度の誹謗中傷は仕方ないと思え」といった意見が出ます。

しかし、折角誰もが自由に発信できる時代になったのに、一部の心無い人たちのために、著名人がSNSを利用できないというのが、本当に良い社会なのでしょうか。

筆者はそう思いません。アスリートも、様々な思いでSNSを使っていると思います。ファンとのコミュニケーション、競技のすそ野を広げる……目的は様々でしょう。それをやめろと、表現の萎縮を求めるのはおかしいと思わずにはいられません。

ここまでSNSの実態、組織、法律、SNS事業者の対応等、様々な観点から書きました。まだ書いていない個人――私たちに出来ることとしては、「誰でも加害者になり得る」ということを忘れないことです。

何度もいいますが、誹謗中傷を書いている人はそれに気付いていない場合が多いです。相手が悪い、だから何を書いても良いんだと思っているからです。筆者も、これを読んでいる皆さんも、いつでも加害者になる可能性があります。

だからこそ、感情的に投稿しようとした時に一呼吸置く等、常に意識してSNSに投稿することが大切です。怒りのピークは6秒ともいわれます。他者を尊重し、自分がやられて嫌なことを言わない。一人一人がそう心がけることが、少しでも誹謗中傷を減らす結果につながるのです。

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 准教授

1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。専門は計量経済学、ネットメディア論、情報経済論等。NHKや日本経済新聞等のメディアに多数出演・掲載。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ネット炎上の研究』(勁草書房)等がある。他に、東京大学客員連携研究員、日本リスクコミュニケーション協会理事、シエンプレ株式会社顧問、クリエイターエコノミー協会アドバイザー等を務める。

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