元徴用工問題に踏み込めなかった尹大統領の「8.15演説」 元徴用工代理人「日本の謝罪と賠償が最低線」
日韓関係の将来を占う元徴用工に関する韓国の大法院(最高裁)の判決が今週中に予想されている。三菱重工業の再抗告が棄却されれば、資産の強制売却(現金化)の手続きが始まることになる。
こうしたことから日韓関係修復に意欲を示している尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の本日(15日)の「光復節」(日本の植民地統治から解放された日)記念式典での演説が注目されたが、日本に関する言及は実に抽象的なものだった。
冒頭、日韓関係の重要性については「日本は今や世界市民の自由を脅かす挑戦に立ち向かい、共に力を合わせていかなければならない隣国である」との理由から「両国政府と国民が互いに尊重しながら、経済、安保、社会、文化にわたる幅広い協力を通じて、国際社会の平和と繁栄にともに寄与しなければならない」と国民に呼びかけていた。
しかし、肝心の日韓の最大懸案である元徴用工や元慰安婦など「過去史」の問題については「韓日関係が普遍的な価値を基盤として、両国の未来と時代に応じた使命に向かって進む時、歴史問題もきちんと解決できる」とだけ述べ、具体的な解決策については言及しなかった。正確に言うと、踏み込めなかった。
案の定、尹大統領の発言に当事者である元徴用工ら原告団の評価は手厳しかった。
全羅南道・光州で元徴用工らの訴訟を支援している支援団体「日帝強制動員市民の会」は尹大統領が元徴用工らの賠償問題に言及しなかったことについて「『自由』については33回も口にしたのに被害者の問題については一言も触れなかった」と不満をぶちまけていた。
尹大統領が「日韓関係が未来に向かって進む時、過去の歴史の問題は普遍的価値に基づいて両国の時代の使命とともに適切に解決できる」と述べたことについても「実に空虚な発言である。人類の普遍的な価値である人権問題を外交的に解決できずして未来と時代的な使命にどう向かうというのか」と突き放していた。
折しも今朝の「韓国日報」に元徴用工をめぐる関連訴訟の代理人でもある林宰成(イム・ジェソン)弁護士のインタビューが載っていた。
林弁護士はソウルで訴訟を起こしている原告団の代理人で光州の支援団体とは一線を画し、外交部主導の外交的解決を模索すべき官民協議会にも2度、原告側の立場から参加していたが、官民協議会出席の理由については「政府案が出来上がっているならば聞く必要があったし、まだ決まってないならば、我々の意見を積極的に述べる必要があったからだ」と代理人としての義務を全うしたまでの話だと語っていた。
その後、林弁護士らソウル原告団は外交部が協議会で協議もせず、また原告の同意なく一方的に日本企業の資産現金化の再考を促す意見書を裁判所に提出したことに反発し、8月9日に開かれた3度目の会議はボイコットしたが、この件について聞かれると、「裁判所も、また原告側も被告側も要求していない意見書を政府自らが作成し、提出したからだ。その意見書も裁判で係争中なので見せられないと言っている。まるで被害者側に見せられない正当な理由があるかのように言うのは無責任だ。非常に遺憾だ」と述べ、今後については「外交部が意見書を撤回し、謝罪するまで会うつもりはない。外交部は迅速な裁判を受ける憲法上の権利行使を妨害したではないか。信頼関係が壊れたのに意思の疎通などできるはずはない」と外交部に対して怒りを露わにしていた。
「韓国日報」の記者から「元徴用工側の最低線が日本企業の謝罪と損害賠償にあるのか」と質されたことについて林弁護士は以下のように答えていた。
「原告団ではそれぞれ意見が異なるが、原告側と日本企業との直接交渉という点では一致している。しかし、政府による代位弁済の話が出てからは光州の原告団(日帝強制動員市民の会など)は官民協議会への出席を拒否してしまった。ソウルの原告団(太平洋戦争被害者保障推進協議会)の場合は、仮に妥協案があるとすれば、被告(日本)企業が謝罪し、財源(基金)に参与することだ。官民協議会が被害者及び遺族ら5人と会い、『日本の企業の謝罪がないまま政府が金を支出した場合、どうするのか?』と聞いたら、全員が『それはダメだ』と言っていた。訴訟は日本に責任を負わすための手段である。日本が最小限度の責任も取らず、終わるやり方は受け入れられないとのことだ。それぞれ立場は異なるが、これが被害者の最大公約数である。それを伝えるため(我々は)官民協議会に出席したのである」
林弁護士は尹徳敏(ユン・ドクミン)駐日大使が東京特派員らとの懇談会(8月8日)で「日韓の企業が莫大な損失を被るので現金化を凍結すべき」と発言したことについても「韓国企業が被害を受けるから、債権を消滅しようと言っているようだが、債権が消滅する瞬間、日本が誠意を持って応じる理由がなくなる」と述べ、「日本政府が避けたいのが現金化だ。我々から凍結の話を持ち出すのではなく、誠意ある措置を引き出すための梃子に使うべきだ。『現金化は破局』と前提するのは韓国自らカードを失う態度と憂慮している」と自身の見解を明らかにしていた。
また、尹大使が「仮に日本企業のブランドや特許権などの韓国内資産が売却されたとしても被害者への補償は微々たるもので(被害者が)十分に賠償を受けられない恐れがある」と発言したことについても「いつからそんな心配をするようになったのだ。被害者のためというのはナンセンスだ。努力したけど結局謝罪を取り付けることができず、現金化を通じて日本企業から判決履行だけ取り付けたとしてもそれに同意しない被害者は一人もいないはずだ。金額が十分でなければ、資産を追加して探せばよい」と、大使の発言を批判していた。
最後に「政府案ができたとしても全被害者から同意を得るのは難しいのでは」との質問に「政府が代位弁済し、(日本企業からの)謝罪のない最悪の状況を考えてみよう。法的手続きとしては政府が債権を引き受け、執行する方式になるだろうが、被害者が債権を譲渡しなければ、やりようがないのでは。慰安婦問題は政府が事実上の代理人だったが、強制動員問題では異なる。被害者の規模も(元徴用工のほうが)断然多い。こうした状況下で多くの被害者が同意できる最大公約数が先の話だ。被害者の要求が非現実的だからといって、被害者の同意なく、現金化の執行を防げると思うのは非現実的だ」