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「尹錫悦」対「金正恩」は「強」対「強」 軍事衝突は避けられない!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
韓国の尹錫悦次期大統領と北朝鮮の金正恩総書記(筆者キャプチャー)

 韓国の次期大統領に決まった尹錫悦(ユン・ソッキョル)前検察総長は大統領当選挨拶で北朝鮮政策について「北朝鮮の違法で不合理な行動に対しては原則に則って断固として対処するが、南北対話の扉は常に開いておく」と述べていた。

 南北対話に言及したのは決して強硬一辺倒ではないと言いたかったようだが、残念なことに北朝鮮は韓国との対話には全く関心がなく、これまでと同様に門を閉ざす構えのようだ

 尹次期大統領は遊説中に北朝鮮のミサイル発射に「国民が不安がれば、現政権を支持するだろうと計算し、あのようにミサイルを発射している。私に政府を任せてくれれば、あの者(金正恩総書記)の癖もしっかり治す」と語っていたが、この発言がすべてだ。この瞬間、北朝鮮は「尹錫悦を相手にせず」の判断をしたものと推測される。

 周知のように北朝鮮は1年以上もバイデン政権の対話呼び掛けに応じていない。理由の一つはバイデン大統領が大統領選挙期間中に金総書記を「暴君」呼ばりしたことにあるようだ。

 バイデン大統領はトランプ前大統領と金総書記による初の米朝首脳会談について「トランプは金正恩に全てを与えた。何度も会って、彼に正当性を与えた」と批評しただけでなく、「我々はプーチンや金正恩のような独裁者や暴君を抱擁する国民ではない」と、金総書記に「独裁者」「暴君」のレッテルを貼って、批判していた。

 この時、北朝鮮は朝鮮中央通信を通じて「我々の最高尊厳を冒涜するのは誰であっても許さない。きっちり後始末をつけさせてもらう」と警告していた。その後始末こそが「バイデン政権とは対話しない」ことにあった。

 バイデン大統領就任直後に金総書記の実妹・金与正(キム・ヨジョン)党副部長がバイデン大統領に対して「今後4年間、足を伸ばして寝たいなら、最初からみっともなく眠れなくなるような仕事を作らない方が良いだろう」と警告していたが、案の定この1年間、北朝鮮は終始一貫「米国の対朝鮮敵視政策が撤回されない限りはいかなる接触や対話も行わない」との姿勢を貫いている。

 「相手にしないと決めたら、相手にしない」北朝鮮の原則は無条件対話を呼び掛けている米国に対してだけでなく、日本に対しても、また韓国に対しても共通している。あれほど北朝鮮に融和的だった文在寅政権に対してですら「自分らの行動の当為性と正当性は美化し、我々の正当な自衛権行使にはあくまで言い掛かりをつけて罵倒している」(金与正副部長)としてこの3年間、対話も交流も拒んでいることがそのことを物語っている。

 韓国の大統領選挙は北朝鮮の眼中になかったようだ。誰になっても親米には変わりがないからだ。

 与党の李在明(イ・ジェミョン)候補が「大統領に当選すれば、真っ先に北朝鮮に特使を送る」と北朝鮮に秋波を送っていたことから「太陽政策」を掲げる李候補を北朝鮮が待望しているとの曲解があるが、李候補も北朝鮮の一連のミサイル発射を何度も「挑発」と断じ、尹候補に劣らず、厳しく批判していたことを北朝鮮はきっちり覚えている。大統領選挙の結果が出る前から金剛山に設置されている「海金剛ホテル」など韓国人観光客用の宿泊施設の撤去に着手していたことはそのことの証左でもある。

 尹次期大統領は軍人出身の全斗煥(チョン・ドファン)、盧泰愚(ノ・テウ)元大統領以上にタカ派、強硬派である。大統領選挙期間中に政府与党を「アカ攻撃」したほどの冷戦思考の持ち主である。「平和は対話でもたらされない」と力による平和維持を一貫して強調しているが、今後北朝鮮を「主敵」とみなし、北朝鮮には軍事力の強化と米韓の抑止力の強化で対応することを公言している。

 具体的には▲北朝鮮の核ミサイルには先制攻撃で対処する。発射基地だけでなく、指揮部も叩く▲米韓合同軍事演習は大規模で行い、戦略爆撃機、空母、原子力潜水艦も展開する▲北朝鮮が核放棄するまでは制裁と圧力を弱めない▲人権問題も提起するなどどれもこれも北朝鮮が猛反発するものばかりだ。

 さらに、「北朝鮮はミサイル発射をやるなど『9.19合意』に反したことをしている。私が執権すれば、北朝鮮に『9.19合意』の履行を促すが、それでも変化がなければ、破棄する。ショーのための首脳会談は絶対にやらない」(国民日報とのインタビュー、21.11.17)とも言っていた。

 「9・19合意」とは文大統領が2018年9月に平壌を訪問し、金総書記との間で交わした合意のことで、合意には▲非武装地帯をはじめ対峙地域での軍事的敵対関係終息を朝鮮半島全地域での実質的な戦争の危険を除去する▲偶発的武力衝突防止のための常時の意思疎通と緊密な協議を進める▲開城工業団地と金剛山観光事業をまず正常化する▲多様な分野の協力と交流を積極的に推進することなどが盛り込まれていた。

 周知のように金総書記は昨年1月の党大会で米韓両国に対して「今後、強硬には強硬で、善意に善意で対応する」と宣言していた。その一方で「国防科学発展及び兵器システム開発5か年計画」も発表していた。

 この5か年計画は昨年からスタートしているが、具体的には▲核兵器の小型・軽量化と超大型核弾頭の生産▲極超音速滑空ミサイルの導入▲1万5千kmの射程圏内を正確に打撃できるICBMの保有▲原子力潜水艦と潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)の保有▲軍事偵察衛星の保有と無人機保有を目指すというものだ。

 金総書記は昨年10月の国防発展展覧会「自衛―2021」での演説で「南朝鮮(韓国)は米国の強力な後援でステルス合同打撃戦闘機や高度無人偵察機、膨大な各種尖端兵器を導入し、戦闘力を更新しようとしている」と述べ、「強力な軍事力の保有こそが平和的環境であれ、対決的な状況であれ、片時も忘れるべきではない」として、「誰も手出しできない無敵な軍事力の保有」を強調していた。「力による平和」と「軍事力、抑止力の強化」という一点では尹次期大統領と全く同じなのである。北朝鮮がこの計画を放棄しない限り、すべて尹錫悦政権下で行われる。どうみても、南北軍備競争は不可欠だ。最悪の場合、その過程で軍事衝突も起こりえる。実際に、南北は韓国の保守政権の時に何度か軍事衝突の危機があった。

 例えば、李明博(イ・ミョンパク)政権下の2010年に発生した「延坪島砲撃事件」では2度にわたる砲撃戦で韓国側に甚大な被害が発生したことで韓国軍は当時、北朝鮮から3度目の攻撃があった場合は、F-15戦闘機で北朝鮮の基地を爆撃することになっていた。李大統領自身が「武力挑発には応分の代価を払わせろ」と直接指示し、戦闘機をスクランブルさせていた。

 韓国の報復を「過度に攻撃的」とみたホワイトハウスが李大統領や韓国国防部を説得したことで事なきをえていたが、この時の状況についてゲーツ元国防長官は「米国が韓国を押し留めなかったら、報復から局地戦争、さらには全面戦争に発展したかもしれない」と回顧していた。

 また、朴槿恵(パク・クネ)政権下の2015年にも金正恩体制を批判したビラの散布や拡声器による非難放送再開に反発した北朝鮮が韓国の本土に砲弾を撃ち込み、一触即発の事態に陥ったことがあった。過去に軍事境界線を挟んだ小銃による撃ち合いや侵入したゲリラや工作員との銃撃戦、海上での艦船による海戦や離島への砲撃はあったものの本土への砲撃は朝鮮戦争休戦(1953年7月)以来一度もなかった。

 事態の対応に追われた朴大統領は地下バンカーで国家安全保障会議を開き、すでに砲撃のあった西部戦線だけでなく全線に最高レベルの警戒態勢を敷き、軍も警察も予備軍などすべての作戦兵力は命令が下されれば指定された場所に出動し、戦闘態勢に備えていた。

 これに対して北朝鮮の人民軍総参謀部は砲撃後「48時間以内に拡声器放送を中止しなければ、追加的軍事行動を開始する」として「準戦時状態」を宣布していた。金総書記は深夜に党中央軍事委員会拡大会議を招集し、全軍に完全武装するよう命令を下していた。当時、韓国が48時間以内に拡声器放送を中止しない場合、拡声器を撃破射撃するための軍事行動に突入することになっていた。

 南北は「一発撃ってきたら、現場の判断で10発反撃せよ」(韓国国防相)「ちょっとでも動いたら、徹底的に叩け」(人民軍総参謀長)と睨みあっていたが、この時は開戦一歩手前で南北共に冷静さを取り戻し、高位級会談を開き、北朝鮮が遺憾の意を表し、韓国もまた拡声器の放送中止を表明したことで手打ちが行われ、全面衝突が避けられた。

 トランプ政権を相手に北朝鮮がミサイルを乱射していた2016年にも朴大統領は金総書記の精神状態が「統制不能である」とみて、「国と国民を守るためにできる全てのことを行う」としてそのオプションとして金総書記の首を取る作戦を練ったことがあった。特殊作戦部隊を創設し、有事の際に金委員長を斬首する作戦であった。

 この時も北朝鮮も負けじと、「我々の最高尊厳(金総書記)に手を出した朴槿恵逆族一党には民族の峻厳な審判は避けられない」と韓国を威嚇する映像を流したが、映像には朴大統領の似顔絵を標的にした射撃場面が映し出されていた。南北は共に相手の大将の首を取る「斬首作戦」「除去作戦」を練っていたのだ。

 金総書記にとっては保守政権を相手にするのはこれで3度目である。これまでは「韓国は我々の相手(敵)にはならない」と言っていたが、北朝鮮がミサイル発射続け、また核実験を再開すれば、否が応でも尹錫悦政権を相手にせざるを得ないだろう。不吉なことだが、3度目の正直にならないとの保証はない。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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