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紅白が示したエンタメの地殻変動と新しい時代の到来

柴那典音楽ジャーナリスト
(紅白歌合戦公式サイトより)

『第74回NHK紅白歌合戦』が開催された。

多くの記憶に残る瞬間があった今回の紅白から、特に印象深かった場面について語っていきたい。

■今年の紅白のテーマ「ボーダレス」を体現したYOASOBI「アイドル」

最も大きな話題を呼んだのは間違いなくYOASOBI「アイドル」だろう。誰もが認める”2023年最大のヒット曲”を国内の音楽番組で初披露。しかも、出場歌手11組、スペシャルダンサー、司会の橋本環奈が参加したスペシャルなパフォーマンスだ。

YOASOBIに続いて、まずスペシャルダンサーとして登場したのは『アメリカズ・ゴット・タレント』でも決勝に進出したアバンギャルディと、原曲でもコーラスを担当しているREAL AKIBA BOYZ。さらにSEVENTEEN、乃木坂46、NiziU、BE:FIRST、NewJeans、JO1、Stray Kids、櫻坂46、LE SSERAFIM、MISAMOが次々と登場して切れ味鋭いダンスを見せる。

ポイントは日本のアイドルやダンス&ボーカルグループとK-POPのグループが代わる代わるに登場したことだ。まさに今年の紅白のテーマ「ボーダレス-超えてつながる大みそか-」を体現した瞬間だった。しかも、この「アイドル」は、実際に数々のK-POPグループがTikTokでダンスを投稿したことがきっかけの一つになりグローバルな支持を広げた曲である。そのことによる説得力も強かった。

そして、曲のラストにはanoと司会の橋本環奈が登場。両者はかつて地下アイドルとして活動しており、当時には両者を対比させた写真が「天使と悪魔の最終決戦」と言われインターネット上で話題になっていた。登場した2人が見せたポーズがその時の写真を想起させるものだったことも話題を呼んでいる。

振付・ステージングは世界的なコレオグラファーSota(GANMI)が担当。YOASOBI自体の姿をもっと見たかったという声もあったが、国境や出自の異なるアイドルやダンス&ボーカルグループ、そして元アイドルが一堂に会するパフォーマンスは、まさに「アイドル」という曲が持つ魅力と、それが2023年に巻き起こした”現象”を存分に味あわせてくれるものだった。

■10-FEETが示したチバユウスケへの思い

10-FEETの紅白初出場も感動的なものがあった。

アニメーション映画『THE FIRST SLAM DUNK』のエンディング主題歌「第ゼロ感」を披露した彼らは、もともとライブハウスでキャリアを重ね、ロックフェスのヘッドライナーもたびたびつとめてきた実力派バンドだ。映画の記録的なヒット、そして同曲をフィーチャーしたバスケW杯の盛り上がりもあって多くの人に知られることとなったが、長く彼らを追ってきたファンにとっては、”紅白に出場している”ということ自体が驚きとなるような存在と言ってもいいだろう。

彼らは、3ピースのバンド編成で登場。ステージにドラムセットとアンプを並べ、曲の前半では背後にライブハウスさながらのバンドロゴを映し出したことも含め、自分たちの出自を示すような力強いパフォーマンスだった。

そして、何よりグッときたのは、間奏部分で10-FEETのTAKUMAが「The Birthday、チバユウスケ!」と叫んだ瞬間だった。The Birthdayは『THE FIRST SLAM DUNK』のオープニング主題歌「Love Rockets」を手掛けている。そしてチバユウスケは2023年11月26日に55歳で惜しまれながら他界している。敬愛するチバユウスケへの追悼の思いを込めた叫びだったに違いない。

■NewJeans、Ado、Mrs. GREEN APPLE、星野源の存在感

直前に出場が発表されたNewJeansは、特別企画として「OMG」「ETA」「Ditto」の3曲のメドレーを披露した。全米アルバムチャート1位を獲得するなど世界中でブレイクを果たした彼女たちの出場も、今年の紅白のテーマ「ボーダレス」の象徴と言えるだろう。

単に自分たちの曲をパフォーマンスしただけではなく、出場歌手がステージに集合した番組冒頭の鈴木雅之「め組のひと」で踊っている姿を見せたり、前述のYOASOBIのコラボパフォーマンスに参加したりと、紅白全体の中で存在感を見せたのもポイントだった。

他にも印象深かったパフォーマンスは沢山あった。京都・東本願寺能楽堂からの中継で登場したAdoは、顔出しはせず檻の中にシルエットが見える形での歌唱。レーザーや映像を駆使した演出にも目を見張ったが、やはり規格外の歌唱力に惹きつけられた。

初出場とは思えないくらい貫禄の存在感を見せたMrs. GREEN APPLEも、大森元貴のハイトーンの歌声の響きは流石のものがあった。演奏のクオリティも含めて非常に切れ味鋭いパフォーマンスを見せてくれたのが星野源の「生命体」。虎ノ門ヒルズの屋上に設けられたステージだったが、東京の夜空を背景にしたラグジュアリーな雰囲気とは対照的なほどの鬼気迫る歌唱だった。

■旧ジャニーズ事務所所属グループの不出場、J-POPとK-POPの未来への布石

全体的には中高年世代のノスタルジーを喚起するような演出や構成も目立ったが、それでも、ヒット曲を通して2023年のエンタメとカルチャーと社会の動きを振り返り、「今」を見せるという番組の意志は伝わってきた。

旧ジャニーズ事務所所属のタレントが登場しないことも大きな話題となった今年の紅白。結果として、前述したYOASOBI「アイドル」のスペシャルパフォーマンスはそうした状況に対しての非常にパワフルかつ切れ味鋭い回答になっていたとも言えるだろう。

1月7日のNHK総合『NHKスペシャル』では「世界に響く歌 日韓POPS新時代」という特集が放送される。YOASOBIのアメリカ初ライブへの密着取材や、NewJeansを手がけるプロデューサーのミン・ヒジンへの独占インタビューをフィーチャーした内容だ。ここで語られるであろうことを踏まえて考えるならば、今回の紅白は、J-POPとK-POPが互いにリスペクトし新たな関係を結びつつある未来の音楽シーンへの布石にもなったのではないだろうか。

エンタメの地殻変動と、新しい時代の到来を強く感じた紅白歌合戦だった。

音楽ジャーナリスト

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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