学生らが「農業」で困窮者の支援 貧困を救う国の制度が「皆無」という絶望
仙台市で生活困窮者支援に取り組むNPO法人フードバンク仙台が、先月22日に仙台市若林区で5アールの農地を借り、スタッフとボランティア総勢35名がじゃがいもの種芋を植える作業を行った。収穫されたじゃがいもは同団体の生活困窮者支援に活用していくという。
参考:困窮者支援へ野菜作り フードバンク仙台が着手 寄付減、自前で食糧確保(河北新報2023年4月25日)
通常のフードバンクの取り組みは、食品ロスになりそうな食料を個人や団体に寄付してもらい、その寄付された食料を生活困窮者や支援団体に無償で提供するものが一般的だ。これに対し、フードバンク仙台では、自ら食料を生産し、支援者に分配していくという。このプロジェクトには市内の大学生たちや、支援を受ける生活困窮者たち自身も参加し、世界的なインフレを地域で乗り越えていく取り組みの発展しつつある。
食糧価格の高騰による貧困の急拡大
総務省が今年4月21日に発表した日本の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は、3月、変動が大きい生鮮食品を除く総合指数は104.1となり、前年同月比は3.1%上昇した。なかでも生鮮食品を除く食料は前年同月比で8.2%も上昇している。
フードバンク仙台によれば、今年4月1日から30日までに同団体の食料支援を利用した202世帯のうち、95世帯が物価の高騰で生活が困窮したという(世帯数はいずれも延べ数)。2020年5月の設立以来、同団体には新規の食糧支援依頼が届き続けている。
低所得世帯ほど可処分所得に占める食費の割合が高いため、この間の食料価格の高騰は、これまでなんとか食料を購入できた世帯をも追い込んでいる。事実、同団体の支援の中では「まさか自分がこうした支援を利用することになるとは思わなかった」との当事者の声が増えていた。
生活保護水準より収入が多くても食糧難に
新規の食料支援利用が絶えない一方で、食料支援の利用の規定回数を超えても状況が改善せず引き続き食料支援を利用せざるを得ない世帯も多い。しかし非営利の一団体が提供できる食料の量には限界がある。
そこで、従来からフードバンク仙台では、食料支援のみならず、住居確保給付金、生活保護、債務整理など様々な制度の利用をサポートする生活相談もあわせて行うことで、貧困の背景にある問題の解決に努めている。ところが、この物価高騰の状況の中、生活相談を行っても「利用できる公的な制度が何もない」という世帯が急拡大している。
「最後のセーフティーネット」と呼ばれる生活保護制度もその例外ではない。生活保護の給付水準は、健康で文化的な最低限度の生活をぎりぎり送ることができる水準に国が設定しているとされているのだが、その生活保護の基準よりも高い収入の世帯であっても、日々の食糧にも困り、フードバンクを利用する異常事態が起きている。
実際の事例を紹介していこう。
事例①
80代一人世帯。ひと月で8万円の年金を受給しているが、物価高騰もあり生活できない。生活保護も申請したが、持ち家のため、収入が基準額より2000円ほど高くなり受給できなかった。
事例②
親と子の二人世帯。子は親の介護をしていることもあり、なかなか条件に合う仕事が見つからない。預貯金が4000円しかない。母親の年金がひと月分に均して14万5000円。家賃が37000円。保護基準は家賃額を考慮するとおよそ15万円で、僅かに収入が超過。1,2年前に生活保護を申請したが、適用にならなかった。
事例③
60代の親と30代の二人の子。親は昨年にがんや脳腫瘍で入院し、退院した後遺症もあり仕事はしていない。医療費の不足は50万円ほど借金で賄った。子の一人は障害があり働けない。預貯金は70円で、借金が60万円ある。家賃やライフラインは2~3か月滞納。生活保護基準より1~2万程度収入が高い。本当に苦しい、家族で心中するしかないのではないかと思い詰めている。
事例④
夫婦とその親の3人世帯。ホテルでベットメイクをするパートで働いているが、月8万円弱の給与だが、コロナで客足が変動するためシフトが減らされ、より少ない給与の月もある。物価高によって食料品を買うことを極力控えるようになったが、親の年金を合わせると収入が生活保護基準を超過してしまう可能性が高い。
このような生活保護水準より数千円から数万円程度収入が上回る世帯は、何も利用できる社会保障制度がないか、あったとしてもすでにその制度を利用した上で食に困るほど困窮しているケースが多い。
使える社会保障制度が何もない!?
4月のフードバンク仙台の202世帯の利用者のうち、5世帯に1世帯の42世帯が生活保護世帯である。先に見た通り、生活保護の水準よりも収入が高い世帯ですら食料を十分に手に入れることができていない。まして、より低水準の生活保護費だけでは水道・ガス・電気という基礎的なライフラインの維持すら困難になる。
事例⑤
生活保護を受給する50代女性の世帯では、すでにガスが止まっている。電気は2カ月滞納しており、今月払わないとこれも止まってしまう。水道は家賃とセットになっており、家賃とともに1カ月滞納中だ。困窮のきっかけは引っ越しの際に、家具や家電にお金がかかったことだが、収入が増えるわけでもないため、毎月滞納分を払うと今月分を滞納してしまう。何とか公共料金を捻出するために1日2食にしているという。
もちろん、問題は生活保護にとどまらない。4月にフードバンク仙台を利用した世帯のうち16世帯が老齢年金、障害年金、遺族年金のいずれかを受給していた。これらの世帯のうち5世帯が生保基準をわずかに上回る金額で、残りは生保基準を下回っていた。こうした年金生活者や、最低賃金で生活する労働者は、給付水準が昨今の急激なインフレの水準に全く対応していないため、一律に生活が苦しくなっている。
以上みてきたように、貧困対策として設定されている制度全般の水準が全く不十分なのである。そのため、食料にすら事欠くのに、これ以上利用できる公的な制度がないという状況が広がっている。
インフレのもとで急速に広がる出口のない貧困に対応するためには、政策的には最賃の引き上げや、各種社会保障制度の給付水準の引き上げが急務だろう。また、基本的な社会サービスを無償化することも重要だ。フードバンク仙台は自分たちの食糧支援や生活相談支援だけではライフラインの安全も守れない状況にあるとして、仙台市に対し、水道・ガス・電気の即時負担軽減などを求めている。
参考・署名活動:仙台市に対して、誰もが生きるために必要なライフラインの負担軽減・無償化を求めます!
待ったなしの貧困状況に、自分たちで食料を作る試み
社会保障制度の再構築は急務だが、現場の支援団体は、数日何も食べていない膨大な困窮者の現状に日々直面しており、1日も待っていられない状況にある。支援団体では食料の寄付や金銭的寄付を受け付けているが、ほとんどの世帯の生活が苦しくなる中で、現場のニーズに対して寄付だけで賄いきれないのも現実だ。
こうした喫緊の課題に対し、記事の冒頭で紹介した通り、フードバンク仙台は農地を運営し自ら食料を生産するというプロジェクトを開始した。食糧価格の高騰や寄付の状況に左右されない食料生産の拠点を地域につくろうという狙いだ。今春に植え付けた種芋が順調に育てば、3.6トンあまりのジャガイモが収穫できる見込みだという。
実は、野菜作りには食料の数量の確保だけでなく、もう一つのメリットもある。それは、食料支援の栄養バランスの改善だ。困窮世帯は、もっぱら廉価な食品を購入せざるを得ないため、炭水化物中心で、糖分や塩分の多い食事に偏りやすく、肥満や糖尿病、高血圧などのリスクが高くなりがちだ。フードバンク仙台や他の支援団体による食料支援もどうしても炭水化物やレトルト食品の比重が多くなってしまう。こうした食の「質」の改善も同プロジェクトの狙いだ。
フードバンク仙台では、これまでも食料支援を利用者から自分も何か手伝いたいと申し出を受けることが度々あったという。そこで今回のプロジェクトでは、そうした人々とともに、支援者と被支援者という垣根を越えて一緒に作物を栽培することを目指すとしている。
フードバンク仙台のボランティアらに話を聞くと、「仙台で絶対に餓死を出さない、食料困窮者をなくす」という心意気を語ってくれた。筆者自身も仙台市の出身者として、このプロジェクトに加わっていきたいと考えている。
同プロジェクトは、物価高騰下で必要に迫られて始まった5アールの農地運営というごく小規模な試みではあるが、インフレに立ち向かう市民たちの創造的な挑戦だといえる。市民の地域づくりの広がりに期待したい。
参考:フードバンク仙台は野菜作りをはじめました!「農地運営プロジェクト」ボランティア・寄付も募集中!
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*筆者が代表を務めるNPO法人。社会福祉士を中心としたスタッフが福祉制度の活用を支援します。また、訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。
活動日 (月)・(木)・(金) 10:00~16:00
食糧支援申込・生活相談用 070-8366-3362(活動日のみ)
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