懲役20年判決 元ベビーシッターの余罪が次々と明らかになった理由
8月30日、20人の男児への強制性交や強制わいせつに問われた元ベビーシッター、橋本晃典被告に東京地裁で懲役20年の実刑判決が言い渡された(求刑は25年)。
橋本被告が人気のマッチングアプリ「キッズライン」の登録シッターだったことからも大きな話題となったこの事件は、最初の逮捕後、次々に余罪が発覚した。被告は強制性交22件、強制わいせつ14件、児童ポルノ禁止法違反で20件起訴されている。
子どもへの性犯罪は被害児童が裁判で耐え得る証言を行うことの難しさなどから立件が難しいケースも少なくない。しかしこの事件でこれほどの余罪が明らかになり、立証された理由は、被告が犯行の様子を撮影し、記録保存していたハードディスクが発見されたからだった。
●ハードディスクについては黙秘
公判の中では次のようなやりとりがあった。
検事「お姉さんにダンボールを預けたのはあなたですね?」
被告人「ハードディスクについては黙秘します」
検事「お姉さんのところにハードディスクがあると打ち明けた相手がいますよね?」
被告人「黙秘します」
弁護人「それ以上は黙秘権の侵害になります」
橋本被告は逮捕後、住んでいた部屋の片付けを姉に依頼。その際にハードディスクの入ったダンボールを保管するように預けていた。
ハードディスクの存在が警察の知るところとなり、家宅捜索が入り、多くの余罪が明らかになった。
被害児童の中には就寝中に被害に遭い、本人が被害を自覚しているのかわからないものもあった。また児童が被害を親に打ち明けておらず、動画を見た警察から連絡があって初めて親が被害を知ったケースもあった。画像や動画が見つからなければ、多くの余罪は埋もれていた可能性がある。
強制わいせつで初犯の場合、執行猶予判決となることが多い。今回、橋本被告は20年の実刑判決となったが、最初の逮捕のみであれば執行猶予判決だった可能性もある。
撮影機能のついたスマートフォンを誰もが持つ時代となり、性犯罪の犯行時が記録されることは珍しくない。被害に遭った人にとって記録の存在は恐ろしいものだが、一方で記録が残っていたことで被害の詳細や、被害時に被害者が抗拒不能の状態だったことが立証できる場合もある。
●加害者の再犯防止と、被害者ケアの充実を
公判中、橋本被告は声を詰まらせながら被害児童らに謝罪し、再犯防止プログラムに臨む姿勢を明言したが、一方で検察からハードディスクについて問われると黙秘し、一部の犯行については「(男性が男児の陰茎に触れることは)男性同士ではよくあるスキンシップの一環」という趣旨の発言を繰り返した。
かぶれやあざの確認をしただけで性的意図はなかったと否認した2件の強制わいせつについて、なぜ動画を撮ったのかを問われると「覚えていない」と答えた。
すでに報道されている通り、橋本被告は公判の中で、親からの虐待やネグレクト、子ども時代のいじめ、中学校時代には男性から性被害に遭ったことを明かしている。
同情すべき境遇があることは間違いがないが、しかし自分の被害を雄弁に語る一方で、加害行為については淡々と否認し、ときには黙秘する様には違和感が拭えなかった。
被告人側の証言者として出廷した再犯防止プログラムの担当者も、言葉を選びながら楽観的な主張は避けた。
性犯罪者の再犯防止プログラムは現在刑務所の中で行われているが、出所後にプログラムを受け続けることは任意とされている点など、その難しさが指摘されている。
被告が服役する20年の間に、少しでも性犯罪加害者の再犯防止・更生プログラムが前進することを願いたい。
裁判では、被害児童本人や、保護者の陳述書が読み上げられる場面もあった。
被害にあった児童の意見陳述(代理人弁護士が代読/一部要約)
「被害に遭ったときは大混乱だった。あのときの気持ちは今でも説明できない。被害に遭った人が20人いると聞いて、とても苦しくなった。
(被害時の状況について児童と被告人の間に食い違いがあることについて触れ)だから僕はあなたに誠意を感じない。
刑務所に入っても、まだあなたはやり直せる。でもその前に罪を償ってほしい。
被害に遭った人にきちんと謝罪をしてほしい。あなたに真っ当に生きてほしい。僕はそう思っている」
保護者の意見陳述(代理人弁護士が代読/一部要約)
「私たち家族は息子をイベントへ行かせなければよかったと自責の念を感じています。
被告人が法廷で語った過去の境遇を聞きました。本当であれば、被告人に寄り添ってくれる人がいたらよかったと思います。
けれど、家族に与えられなかった愛情を子どもに求めることで被告人は加害行為を行いました。生い立ちのせいにしてはいけないと思います。
テレビで同様の報道があるとチャンネルを変えます。息子と一緒にいるときはできるだけ気を配っていますが、一生このことを背負っていくのだと思います。
示談や謝罪の申し入れがありましたが受け入れられません」
日本では現在、全都道府県に1カ所以上、性暴力被害者のためのワンストップ支援センターが存在しているが、これは国連が求める基準よりも少なく、また証拠採取などに適した病院拠点型のワンストップセンターの数も少ない。
負担の多い取り調べや裁判に挑み、裁判の中でしっかりと意見を表明した児童や保護者の方が安心に暮らせるよう、必要なケアやサポートの充実を望む。