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東京五輪。なぜ森保一監督なのか。 技術委員長はコンセプトを語るべき

杉山茂樹スポーツライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 2020東京五輪を目指すU-23日本代表チームの監督に、森保一サンフレッチェ広島前監督の就任が発表されてからしばらく経つ。まだ就任の記者会見が行なわれていないせいもあるが、大きなニュースであるにもかかわらず、世の中の反応は鈍い。ハリルホジッチに厳しい目は注いでも、この決定には無反応。教訓は生かされていないようだ。

 ハリルホジッチを見ていると、あらためてサッカーにおける監督の重要性を痛感する。日本代表はアジア最終予選を突破。本大会出場を決め、ハリルホジッチも最低限のノルマを達成した。現状、成績面での誤算は生じていない。だが一方で、想定外の出来事は多々起きている。唖然とさせられるシーンに頻繁に遭遇する。

 こうした過ちを繰り返さないためにはどうするべきか。そうした視点で森保監督就任報道を眺めると、同じ過ちが繰り返されそうで、もっと残念な気持ちに襲われる。

 ハリルホジッチが、協会が打ち出したコンセプトに従って招聘された監督なら筋は通る。違和感を抱くとすれば、その対象はコンセプトを提唱したサッカー協会になる。だが当時、招聘に動いた原博実前専務理事、霜田正浩前技術委員長の口から、ハリル式サッカーの説明は一切、語られなかった。原・霜田コンビが連れてきた監督は、ザッケローニ、アギーレに続きこれが3人目になる。

 就任してビックリとはこのことである。従来の路線に否定的な言葉を連発するハリルホジッチを見ていると、原・霜田コンビの姿が頭をよぎる。懐疑的な目を向けるべきは、ハリルホジッチではなく彼ら2人。招いた側だ。ちゃんと調べた末に選んだ監督なのか、と。しかし、このコンビはいま、代表の仕事から外れている。任命責任者不在のまま、監督ハリルホジッチが1人で先に進む状態を、現技術委員長の西野朗氏はどう見ているのか。

 そもそも、西野技術委員長の志向するサッカーとはなんなのか。どのような方向性なのか。原・霜田コンビは攻撃的サッカーという“色”に関してはハッキリしていた。そうしたひとつのコンセプトに基づいて招聘された初の代表監督がザッケローニだった。

 まず、責任者がコンセプトを語る。そしてそれに準じた監督を連れてくる。Jクラブを含め、日本のサッカー界に確立されていなかったこの方法論。欧州では常識となっているものが、それが代表監督探しで実践されたことは、日本サッカー史においては、画期的な出来事と言ってよかった。

 西野氏はどうなのか。この流れは維持されるのか。注視してきたが、技術委員長に就任して約1年半経過した現在まで、原氏が示したようなコンセプトは提示されていない。従来と同じ路線だとすれば、ハリルホジッチの言葉との間に齟齬(そご)が生じる。

 2020年の五輪代表監督探しは西野氏が初めて行なう大きな招聘作業である。リーダーシップの発揮しどころだった。技術委員長としての路線を打ち出すべきタイミングであると同時に、ハリルホジッチ就任で不透明になった路線を、鮮明にするチャンスでもあった。

 しかし、期待は裏切られた。その手続きがなされぬままに「森保監督」が発表された。不透明さに拍車がかかった状態。これが現在の姿だ。

 森保監督はザッケローニ的でも、アギーレ的でもない。いわゆる従来路線の監督ではない。ハリルホジッチ的でもない。そのスタイルには明確な“色”がある。

 広島の監督に就任したのは2012年。監督業もそこがスタートになるが、以降6シーズン半、ほぼ一貫して採用したのが3-4-2-1という3バックだった。

 相手ボール時には最終ラインが5人になりやすい守備的な3バック。マイボール時には4バックに変化するいわゆる可変式だ。守備的MFの1人が最終ラインまで下がる一方、3枚のセンターバックの両サイドは4バックになると両サイドバック役をこなすので、マイボールに転じると、その3-4-2-1は、4-3-2-1と4-1-4-1の中間的な布陣に変化した。

 しかし、4バックに変化しても、両サイドバックは本職ではないので、一般的な4バックのサイドバックより、構える位置は低い。

 サイドバックが構える高さは、攻撃的サッカー度を推し量る重要なバロメーターと言われるが、それに従えば、その森保式3バックは攻撃的な布陣とは言えない。実際、そのサッカーはサイド攻撃に深みを欠いていた。サイドはウイングバック1人に頼る浅くて連続性に欠けるものだった。

 それは森保監督の前任者で、2012年から浦和レッズの監督の座に就いたミハイロ・ペトロビッチと同じスタイルだ。広島の前監督が採用していた布陣を、森保監督はそのまま引き継いだ格好だ。

 森保監督の監督としての経験は、その広島時代のみ。つまりそれ以外の方法論で戦ったことがない。だから森保監督と言えば、決して攻撃的ではない可変式の3バックを採用する監督というイメージしか湧いてこないのだ。ほぼひとつの布陣でしか戦ったことがない監督。それ以外のスタイルで戦う姿を見たことがない監督。

 かなり特異な監督が、日本の五輪代表監督の座に就いたのである。世の中が静かでいる理由がよくわからない。一方で、ハリルホジッチのサッカーを批判する姿は、愚かと言う以外にない。

 ハリルホジッチの任期は来年6月、W杯終了時までだ。その直後には代表の新監督探しを行なう必要が生じる。それなりの監督を探し出す力が、協会や西野技術委員長にはあるのだろうか。日本サッカーのあるべき姿、方向性、コンセプトをファンに提示することができるだろうか。

 なぜ森保監督なのか。10月30日にその就任記者会見が行なわれる。その席で、西野氏はハッキリと語るべきである。そうでないとファンの目は肥えない。競技力も向上しない。日本サッカー界全体のレベルを上げるツボ。まず、コンセプトを最高責任者が語る。この手順を浸透させ、サッカー文化の中に組み込んでいかないと、日本サッカーは伸びていかない。これはとても重要な話だと僕は考えている。

(Web sportiva 10月27日掲載原稿に加筆)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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