アニソン界でも注目を集める山田タマル デビュー12年、その活躍の場を広げる表現者としての現在地
山田タマル初のベスト盤『山田タマル ALL-TIME BEST とっくに愛してる』発売
その名前は、一度聴いたら忘れられない響きがある――山田タマル。彼女の登場は、2006年。資生堂“マキアージュ”のCMソングとなった「My Brand New Eden」で、鮮烈にデビュー。そのナチュラルでしなやかなボーカルは、名前同様、一度聴くと忘れられない心地よさがある。デビューから12年。これまでシングル3作、配信シングル2作、ミニアルバム1作、アルバム1作をリリース後、2008年からインディーズに活動の場を移した。そしてライヴ活動を重ねながら、舞台や映画の音楽監修、さらに芝居にチャレンジするなど、その才能を多岐に渡って発揮している。最近はアニソンシンガーとしても活躍し、これまでのイメージとは一線を画すような、その圧倒的な歌唱力は、アニメファンからも一目置かれている。
そんな山田のこれまでの活動をまとめたベスト盤『山田タマル ALL-TIME BEST とっくに愛してる』が、10月24日に発売された。これまで彼女が発表してきたすべてのシングル曲、配信のみでリリースされていた楽曲や、アニメタイアップで話題を呼んだ楽曲など、本人がセレクトした計17曲で構成されている。ソングライターとして、そしてボーカリストとして、表現者として大きく進化を遂げた、現在進行形の山田タマルが詰まった一枚だ。そんな山田に、その表現者としての矜持と現在地を、たっぷり聞かせてもらった。
2006年、いきなり大型タイアップでデビュー。「最初は何が起きているのかよくわからなかった(笑)」
目の前に現れた彼女は、大きな瞳が印象的で、人懐っこい笑顔と、柔らかさの中にも凛とした空気を纏い、美しいオーラを放っていた。まずはデビュー当時、いきなり大型タイアップでデビューした時のことを振りかえってもらった。「当時私は、CHARさんが立ち上げた「江戸屋レコード」というインディーズレーベルに所属して、弾き語りスタイルでやっていて。2005年ミニアルバムをリリースした時に、確か資生堂“マキアージュ”のCMが始まって、私は一視聴者としてテレビでCMも観ていました。ある時、そのCMソングを歌いませんかというお話が来て、え?って最初は何が起きているのかよくわかりませんでした(笑)」。彼女のライヴを観に来ていたCM関係者の目に留まり、白羽の矢が立った。篠原涼子、伊東美咲、栗山千明、蛯原友里の4人が出演する豪華なCMで流れる、「My Brand New Eden」のギターリフと口笛が印象的なメロディは、すぐに話題になった。その後、CMに出演していた女優陣(伊東美咲以外)が出演しているドラマ『マキアージュ ドラマスペシャル ウーマンズ・アイランド~彼女たちの選択~』(日本テレビ系/2006年2月)でも、挿入歌として使用された。その反響は大きく、当時着うたの人気が広がっていたタイミングでもあり、かなりのダウンロード数を記録。そして山田はこの年の4月にメジャーデビューを果たす。最初にタイアップの話が来てから、2か月しか経っていなかった。
メジャーという大舞台を選んで、自身が理想とする音楽活動はできていたのだろうか。「メジャーデビューするということの意味は当時はよくわかっていなかったと思います。ただ、自分の好きなアーティストのように、色々な人に影響を与える作品を作りたいとその時もきっと思っていたはずで。当時は余裕がなかったこともあって、自分がアーティストとしてどういう活動がしたいのか、どうなりたいかとかいうことは、本当の意味で掘り下げていなかった、というかできなかったかもしれません。そこに関しては12年間ずっと思っていて、それは今も同じです。そういう意味でも、今回、この’12年’の意味を自分なりに形にしていく機会をいただけて、ありがたいなって」。
「初めて山田タマルの歌を聴いた人でも、何か懐かしい気持ちになったり、忘れていた自分を思い出したり、そんな“お守り”になるような一枚になったら嬉しい」
今回の作品は、基本的にはBMG時代に作ったものを中心に時系列で紹介し、2008年以降の10年間の軌跡をどうするか悩んだという。「核は決まっていて、「My Brand New Eden」とアニメ『終末なにしていますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?」(2017年)と、『フルメタル・パニック!Invisible Victory」(2018年)を軸にして考えました。それと自主制作で10年ぶりに『二重惑星』というミニアルバムを作って、そこに今回のアルバムタイトルにもなっている「とっくに愛してる」と、「祈り」が入っているのですが、最新曲のひとつとして皆さんに聴いて欲しいなと思い、収録しました。アレンジの面でも、レゲエ調、ちょっと懐かしいフォーク・ロックの感じ、スウィングから、カントリーっぽいニュアンスが入っているもの、ボサノバ、ケルティック、シンプルな歌とギター、歌とピアノだけのもの、そして最後はロックで駆け抜けていくという彩りの17曲です。「祈り」は2007年に発売したアルバム『start』に収録されている、大切な一曲だ。「「祈り」は、私にとっての“歌の根本”というか、どうして歌っているのかという私の気持ちの真ん中を歌った曲です。12年というと、世界でも色々なことがあったし、これからもあるでしょうし。いつでも'“これから”のことはまだ知らないことのように思えるけれど、たぶんもう私達の中では分かっていることやきっと何らかの答えがあって……「秘密の静寂」(2ndシングル/2006年)の中でもそういうことを歌っているのですが、もしかしたら、12年間で経験した色々なことも、“歌を歌う”ということ自体も、12年の、もっと前から、私はもうとっくに決めていたのかもしれないなって。例えば、自分のことや生きることを嫌に思うことがあったとしても、本当は誰もが自分のことはとっくに愛しているし、とっくに色々なことを実は知っているんじゃないかなって。それを思い出してもらうきっかけになるのが、歌の存在かもしれないなって。この17曲が、皆さんにとって、そんな歌に、そんなアルバムになったらいいなって。初めて山田タマルの歌を聴いた人でも、何か懐かしい気持ちになったり、忘れていた自分を思い出したり、そん“’お守り”になるような一枚になったら嬉しいです」。
「共有するものとして、私と目の前の人、さらに世界を、歌が繋いでくれるということを実感できる瞬間は、歌を作ることや表現することの喜びだと思う」
自分が生みの苦しみを乗り越えて作り上げた曲達は、自分の子供のようにいつまでもかわいい存在なのか、それとも作品となって、世の中に出ていった瞬間から、それは聴き手のものになって、成長は外から楽しむという感覚なのか、そんな質問を山田にぶつけたくなった。「両方あります。自分が作ったという感覚がないときもあるんです。私が作ったんだ!というよりは、その時々に起きたこととか、出会いに私が反応して作った歌だから、自分というものを通して、こんな世界があったら素敵だなとか、今起きている世界はこういうことの表れかなとか、“思い込み”かもしれないんですけど、そういうものを自分を通して知るというか。自分はこの人のことが好きとか、これが好きという気持ちって、自分のものだと思いがちなんですけど、自分というものを通してそれを知ることの楽しさというか、それを伝えられることが歌の素敵なところかなと私は思っていて。音楽や芸術って、自分を通して生まれたから、自分が作ったものとして、もちろん愛おしくもあるし、大切に届けたいと思う。だから、作品が自分の手から離れたら、それを聴いてくれた人が、まるで自分のことを歌ってくれているみたいだって思ってもらえることのしあわせも思います。その人がその歌を大切にしてくれることが嬉しい。共有するものとして、私と目の前の人、さらに世界を、歌が繋いでくれるということを実感できる瞬間は、歌を作ることや表現することの喜びだと思う」。
「自分の想いを届けたいというよりは、“今世界は何を言いたいんだろう”って思うことが表現につながる」
山田はシンガー・ソングライターというメインの場所以外でも、ソングライターとして舞台や映画、テレビのドキュメント番組の音楽監修も手掛け、さらに演技もやり、色々な表現方法で自分の中から出てきたものを相手に届けている。その表現欲の強さというか、想いを届けたいという気持ちは、昔から強かったのだろうか。「自分の想いを届けたいというよりは、“今世界は何を言いたいんだろう”って思うことというか、例えば舞台や映画でもその作品を観て、2時間のストーリーの最後に、3分の歌をつけるとしたら、その3分間で何をバトンとして渡せばいいのかなとか、作品の真ん中にどんなメッセージや本質があるのかなということは、昔から考える癖があったのかもしれません」。
芝居が歌にもたらしたもの
では、表現方法の違いは、それぞれに相乗効果をもたらすという感覚もあるのだろうか。それを求めて違うフィールドで、感覚を研ぎ澄ましているのだろうか。「刺激を受けます。歌を作る時と歌う時が、私の中では違う感覚で、どちらかというとお芝居は、ライヴで歌う時の感覚なんですけど、CDだと声だけじゃないですか。でも舞台でお芝居をさせていただいた時、役者さんたちの中にいると、役者さんって360度全部の皮膚を見られるくらいの意識で舞台に立っていたりする。私も、ライヴで歌う時だけでなく、声をレコーディングする時も、すべてが空気になって伝わるんだということをより意識するようになりました。ステージでも、パフォーマンスとして、ライヴでどういう風に自分が動いたらいいのかとか、自分が思っているより大きく動かないと人には伝わらないとか、そういうことも意識するようになったかもしれません。自分の声質についても、より客観的に、考えるようになりました」。
「12年という時間のおかげで、やっぱりすべては自分次第なんだなって思えた。だから12年経っても何にも諦める気がないというか(笑)」
これからの彼女の歌がますます楽しみだ。色々な人との出会いを通して、様々な経験、体験が血となり肉となり、それを音楽で表現していると思うと、むしろこれからの歌の方が聴きたいと素直に思う。「たくさんの出会いと同じくらいたくさんの別れというか、自分としては悲しいこと、悔しいことも同じくらいあって、でも結局12年経っても何にも諦める気がないというか(笑)。自分の、人に対する想いとか、こういう世界になったら素敵だなとか、こういう景色を見ることができたら素敵だなとか。それこそ、自分の中にある悲しみみたいなことも、自分の中から湧いてくる想いや愛情で、乗り越えていく自信がすごくついて。12年という時間のおかげで、やっぱりすべては自分次第なんだなって思えたし。もちろん思い通りにいかないこともあるけど、でもどういう風にそれを自分がちゃんと見つめて、乗り越えていくかということなんだと思いますし。私は歌というものを通してそれを実現していくんだって、12年という時間に背中を押してもらった気がします」。
「アニソンを歌うことになっても、作品とファンの人達を、歌でどう繋いでいくか、どういう橋を架けるといいのか、ということしか考えていなかった」
山田自身も言っているが、このベスト盤のひとつの核になっているのはアニソンだ。2017年にテレビアニメ『終末なにしていますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?』のテーマ曲を手がけたことで、アニメ界隈からも大きな注目を集める存在になった。さらに今年は人気テレビアニメ『フルメタル・パニック』の新シリーズのオープニング&エンディング曲に起用され、「Even…If」は配信ランキングでも1位を獲得するなど、話題を集めている。「Even...if」のMUSIC VIDEOでは、黒の革ジャンを纏った山田が、まさに歌い上げている。「革ジャン、好きなんです(笑)。曲を作り始めた高校生の時は、ロックバンドやってました(笑)。アニメのテーマ曲、挿入歌のお話をいただいた時は、すごく嬉しかったです。音楽シーンから見ると、アニメシーンってちょっと違う世界のように思うかたもいるかもしれないですし、「My Brand New Eden」でデビューして今は方向性を変えてアニメをやっているんだね!って言われたりもするんですけど、私の中では全然が区別がなくて。いいものはいい!というか。作品のメッセージやテーマを知ると、『終末~』『フルメタル~』両作品ともすごく素敵だなって素直に思って。全く抵抗なく、すーっと世界に入っていけました。その後は、作品とファンの人達を、歌でどう繋いでいくか、どういう橋を架けるといいのか、ということしか考えていませんでした。もしかしたら結構世間知らずなんでしょうか(笑)。『フルメタル~』の方は、新シリーズのオープニングもエンディングもやってくださいとお話をいただいて。日本だけでなくヨーロッパやアメリカ、世界中にファンがいる作品だと知って、私大丈夫かな~と緊張の中で曲を作っていたように思います。何回かデモも提出したのですが、長くこの作品に携わっている職人さんたちがいらっしゃるから、そのかたたちに納得していただかなければとその度ドキドキしていましたが、結果みなさんが「これでいこう」って言ってくださって。中国でこの曲を歌う機会があって、その時にファンの方達が「僕たちの大好きな作品に素敵な曲をありがとうございます」って日本語で声をかけてくださって。感激しました。歌っていてよかったなと心から思いました」。
「どこを切り取っても自分でしかないから、アニメも映画もCMも歌として区別がつけられない」
アニソンも歌い、評価され、さらに精力的に行っているライヴでは、ジャズのライヴにも出演したり、様々なスタイルのライヴで全国を回っている山田は、器用という言葉では片づけられない、まさに表現者そのものだ。「アニメとか映画とかCMとか、歌として区別がつけられないくらい、私は逆に不器用なんだと思います。どこを切り取っても自分でしかないから、それを“いい”と言っていただけて、ありがとうございます、という気持ちだけで。アニメでも映画でもCMでも、その世界に触れてすごく素敵だなと思ったら自然と気持ちが入っていきます。その気持ちが自分の中で決まったら、もう“それだけ”というか。自分でも器用にできているとは全然思えないです(笑)。ライヴでも、自分を含め一緒にやるバンドや共演相手、みんなの一番いいところが出る形にしないと意味がないと思う。なので、その時に来てくれたお客さんに、そのメンバーでしかできないことを楽しんでもらいたいっていうのが、ジャズやカントリーのミュージシャンとのライヴの楽しみでもあります。色々決め事を増やしても、当日のハプニングを含めて変わることもあるし、予期していなかったからこそ面白くなることもあります。それは舞台にも通じるものかなと思います」
「私の中では世界は繋がっている。歌でそれを形にして伝えていきたい」
これからやりたいことを聞いてみると「このベスト盤のライヴもやりたいですし、これからもっともっと、日本だけでなく世界中で歌いたい。先日イギリスに行ったときに、お世話になったお家のリビングルームで、歌を歌って。ビートルズとかも歌ったんですけど、日本の曲や、私の「とっくに愛してる」を歌ったら、「言葉は関係なく、とても伝わってくる」という言葉をいただいて。励みになります。とはいえ、その国や文化へのリスペクトとしても、英語やフランス語、色々な国の言葉でも歌いたいし、世界の色々な歌を知りたい。たぶんそれがまたフィードバックになって、自分の作品にも反映されていくと思いますし。そういう風に世界が繋がっていけば素敵だなって。私の中で世界は繋がっていて、だからこそ、歌でそれを形にして伝えていきたいと思います」。