【戦時の献立】高いメリケン粉を節約し、3時間もかけて作る『いも麺』昭和15年6月9日
もし戦時中に料理ブログがあったら?題して『戦時の献立』
日中戦争から太平洋戦争終結までの料理を、レシピに忠実に作り、ブログ風に伝える『戦時の献立』。
今日は昭和15年6月号の主婦之友から、『薯麺(いもめん)』を作る。
昭和15年6月といえば、第二次世界大戦が始まって10ヶ月、日中戦争が始まって3年近くが過ぎようとしている頃だ。
結果から話すと、麺打ちで6回も失敗してくじけそうになった。しかし、この当時の苦労が非常に良くわかる献立であるから、楽しんでいただけると有り難し。
◇では、ここから先は昭和15年6月9日だと思ってご覧いただきたい。
昭和15年6月9日、日曜日。曇り。
今月の家内の婦人雑誌は、馬鈴薯を使った代用食の献立がしこたま載っている。
その中から薯麺を選ぶ。
作り方も簡単と書かれていたが、とんでも無かった。
騙された気分なり。
あまりの失敗の連続。
苛立ち、我を忘れそうになった。
苦心して打った麺は、まるでギリシア神話に出てくるメドゥーサの頭ような、まがまがしいかたまりにしか見えなかった。
完成までに繰り返した麺打ちは実に七回。
殺伐とした状況でも、腕前は確実に上達するのだから、人間捨てたものではない。
兎に角、味は滅法界うまかった。
3時間もかかったらどんな物でもうまかろうとは思うが、うまければ全てヨシである。
材料は極めて簡素だ。ではこしらえていこう。
材料(5人前)
・じゃがいも 100匁(380g)
・小麦粉 じゃがいもと同量
・塩 小さじ山盛り1杯
配給下の物価の優等生、馬鈴薯。
まず馬鈴薯およそ100匁をひたすらすりおろす。
そもそもどうして馬鈴薯を麺に使うのかという疑問に答えておこう。全ては米の節約のためである。
米を食わずにどうやって澱粉質を補おうかと考えた時に、真っ先に挙げられるのがメリケン粉である。
しかしメリケン粉は米よりも値が張る。
1kgあたり、米は31銭、メリケン粉は40銭。
それに対して馬鈴薯はわずか8銭である。
激安、いや爆安なり。
それゆえ、メリケン粉にうまいことじゃがいもを混ぜ込んで量を増やし、腹にも財布にも優しい献立にしようというのがこの『薯麺』の狙いだ。
〜ちなみに昭和15年の8銭は、現在のお金に換算するといくらなのか?〜
日本銀行がその計算方法を掲載している。
あくまで一つの目安としてだが、当時と現在の企業物価指数(卸売物価指数)をもとにすることで、おおよその価値を算出できるという。
令和4年の企業物価指数859.4を、昭和15年の企業物価指数1.641で割る。すると、出てくる数字は523.7。
つまり現在のお金の価値は、昭和15年のおよそ524倍ということがわかる。
これを元にすると8銭は約42円。
馬鈴薯1kgでこの値段なら、令和の現在でも爆安である。
生地を作って、いざ麺打ち開始!
すった馬鈴薯に同量のメリケン粉をいれ、塩を小さじ山盛り一杯ほど入れる。
あとは両手で揉むようにして混ぜ合わせ、ぐいぐいと力を入れてこねる。
こねるのが大変なら、大さじ2杯ほどの水を入れても良いとのこと。
さぁ、ここからが麺打ちだ。
初めての麺打ちに力が入る…思わず武者震いが…
などとやっていると、家内が冷ややかにこちらを見ているのに気づいた。
目が「暇な人ね」と言っている。
献立には「軽く打ち粉をする」と書かれている。
軽く?これくらいだろうか??
では、生地をのばすべし!
威勢よく始めたが、困難とは自分が思っているよりも早くにやって来るものである。
生地がはがれなくてどうにもならない。
なんと開始20秒ほどで終了…
なんということだ…
1回目の教訓を生かし、いざ2回目!
前回の失敗から学び、まな板の打ち粉を多めにする!
今回は、それほどくっつかないゾ。
なんとかうまくいっている。
見た目は不恰好であるが、順調なり。
しかし、生地を麺棒にくるくると巻きつけようとしたその時、悲劇は訪れた。
生地と生地がくっついた!
傷は深い…
致し方なし。
やり直しである。麺を切るところまで辿り着けないとは…
そもそもまな板の上で麺を打とうというのが、事を一段と難しくしているのではないか?
まな板などいらぬ!
まな板ナシ!これでもかと打ち粉!3回目の挑戦!
まるで魔除けか何かの儀式のように、念入りに打ち粉をする。
そのおかげか、生地が格段に扱いやすくなった。
しかし、まだ微妙にくっつくなぁ。
生地がくっつくと、どんどんいびつな形になっていく。
そして再び、麺棒にくるくる巻きつけようとしたところで…
今度は下にくっついて離れない!
あれだけ打ち粉したのに!
この生地…呪われているのではないか?
仕切り直しだ!
生地にメリケン粉を足して、こね直す!4回目の挑戦!
今からメリケン粉を足すのは良くないのかもしれないが、構ってはいられない!
生地をもっと固めにこね直す!
いい調子である。生地もこれまでよりきれいな形をしている。
ここで再び問題の麺棒くるくる…
くっつく!
くっつくよこれ!
思わず生地を叩きつけてしまった…
この時、家内は涼しい顔で読書に集中していた。私の扱い方をよく心得ている。
なだめもしない、助言もしない。
放っておくのが一番なのである。
さ、仕切り直しだ。
もっとメリケン粉を足して、こね直し、5回目の挑戦!
再びメリケン粉を足して、こね直した。
おかげで鬼門の麺棒くるくるも、問題なくこなせた。
さぁ、ようやく次は初めての麺切りである。
ヨーシ!
この時、麺打ちを始めてから既に1時間が経過していた。相手はたかがうどんである。
しかし…
たかがうどんと侮ったせいか?
切った麺同士がくっついて団子状態になる。
駄目だ…ほどこうとすると麺がひどく伸びたり切れたりする…
ひどく自暴自棄になった。
一方、家内はというと何食わぬ顔で本を読み続けている。その鈍感力に舌を巻く。
ヨシ、仕切り直しだ。
再びメリケン粉を足して生地をこね直し、いざ6回目!
なんだか手つきが様になってきている
生地を伸ばす手つきも、すっかり堂に入ったものである
それにしてもどれだけメリケン粉を足せばいいのだ?
まさか献立表の分量が間違っているのではないか?
思えばこの間の、とうもろこし粉入り蒸しパンの時もそうであった。
もしや雑誌社は、政府の検閲のことばかり気を取られて、献立の誤植を見落としているのではないか?
そんなことを考えながら、切った麺を持ち上げると、また麺同士がくっついている!
一本一本、手でほどこうとするが、どこが境目かわからん。
もう絶対、献立表が間違っている!
なんとか全て切り終わったのに…
ほどいていくと、ほどいた麺同士がごちゃごちゃと塊になっていく。これはどう見ても茹でられそうにない。
これは、あれだな。メデゥーサだな。
そうだメデゥーサの頭のようだ。どうやら怪物を召喚してしまったらしい。
人間、引き際が肝心ある。
仕切り直そう。
2度とメドゥーサを召喚しませんように…7回目の麺打ち!
メデゥーサめ!と言わんばかりの魔除けの打ち粉をして、生地をのばし、折りたたむ。
しかし折りたたむところで嫌な予感がした。
いったん戻して、こまめに追い打ち粉をする。
そうしたら、生地を折りたたんで、切っていく。
多少くっつくが、これまでよりも簡単にほぐれる。麺同士もくっつかない。
地道な作業も、いまの私にとっては些細なことであった。
なにしろ作り始めてからすでに2時間半が過ぎようとしている。これ以上、夕めしが遅くなるのは断じて許されない。全集中力を麺打ちに注ぎ込む。
やっと麺が出来上がった!
ここからは、ただひたすら前進あるのみ。
茹でて
庭の大葉を取って
その大葉をせん切りにして
茹で上がった麺を盛り付けて
3時間の大作『薯麺』の完成なり。
いただきます。
これは滅法界やれる!
茹でている最中に切れてしまったようで、麺が短い。
しかしそんなこと、気にならないほどうまいナァ。
ため息が出るナァ。
一気に疲れが吹き飛んだ。
そんじょそこらのうどん屋で食うよりもコシが強く、それでいてモッチリとしている。
と、ここで一つ味変を試す。
以前作った『代用味の素』である。これをつゆに入れる。
(『代用味の素』についてはこの後の動画をご参照あれ)
魚粉のうまみが足されて、これは大正解なり!
家内はコシの強いうどんが苦手なようだが、この手打ち薯麺は、はなはだ気に入ったようである。
味はじゃがいもを入れたからと言って、普通のうどんと変わりない気がするが、もしかしたらこのモッチリ感はじゃがいものおかげなのかナァ。
とにかく今日の夕めしはすっかり時間が遅くなってしまった。にもかかわらず、どっしり構えて待っていてくれる家内に、感謝しかない。
またうまいものを作ろうと思う。
ごちそうさま。
動画もご覧いただけると有り難し!代用味の素の作り方もある由
『薯麺』の作り方はこちら。四苦八苦の様子を動画でどうぞ。
『代用味の素』の動画はこちら
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