【戦時の献立】米がないならパンを食うべし?戦時下の新たな主食『蒸しパン』(昭和15年3月3日)
「もし戦時中に料理ブログがあったら?」
今日の献立は昭和15年3月号の婦人之友から、小麦粉ととうもろこし粉で作る「もろこし粉入り蒸しパン」である。
婦人之友・昭和15年3月号にはなんと10種類の蒸しパンが紹介されている。
小麦粉を使った基本の蒸しパンに始まり、きな粉入り、玉子入り、さつま芋入り、よもぎ入り、胡麻入り、さらにはオートミール入りの蒸しパンまで…
蒸しパンは確かにうまい。けど、そんな10種類もレシピを載せなくても…と思ってしまう。
しかし、致し方ないのである。
前年の昭和14年12月に、いわゆる白米禁止令(正式名称は米穀搗精等制限令・べいこくとうせいとうせいげんれい)が出された。これは長引く日中戦争下で主食の米をなるべく節約したいという政府の考えがあったことや、当時日本の統治下にあった朝鮮から入ってきていた米が、凶作によって不足したことなどが理由である。
白米禁止令が出されてからというもの、婦人雑誌に掲載される献立は一変した。
何よりもまず優先すべきは米の節約=節米である。米の代わりになる代用食としてパンやホットケーキなど、小麦粉を使ったレシピの登場する頻度が急激に増加した。
しかし、パンは各家庭の設備事情によって難しいこともある。自宅でパンを焼くには天火(てんぴ・令和の現代で言うオーブンの役割を果たす)が必要になるが、それがない場合もある。
天日がなくても作ることができるパンということで、この蒸しパンに白羽の矢が立ったのではないかと思う。
そして当時の誌面にはこんなことが書かれている。
米を炊くよりも燃料が要らないというのは、真偽の程はよくわからない。当時、調理に使われていたのはガスか薪である。
ガスにしろ薪にしろ、米を釜で炊く場合は沸騰してから10分ほどで火を消す。今回の蒸しパンは沸騰してから20分ほど蒸す。単純に考えたら蒸しパンの方が燃料を多く使うのではないか?
しかし当時の考え方は“物資も燃料もまずは戦地で使われるべき物”だった。
そんな中で「蒸しパンは燃料が節約できますよ」というのは宣伝文句として悪くない。銃後(=戦場の後方。直接戦闘に加わらない民間人)の中には「それなら是非とも蒸しパンを作ろう!」と前向きに考える人もいたであろう。
さらに栄養面も優れているというのだから申し分ない。
誌面では栄養学の専門家が、いかに米以外の穀物が栄養豊富であるかを説いている。例えば今回使うとうもろこし粉はたんぱく質が米の二倍含まれていて、米に劣るはずはないと強く推奨している。
節米にもなるし、燃料も節約できるし、栄養も充分。まさに言うことなし。米なんて食べる必要なし!と言わんばかりの献立なのである。
(ただし今回使う材料のうち、砂糖はこの3ヶ月後の6月から配給制になるし、小麦粉は1年後の昭和16年4月から配給制になる。つまり米の代用食として注目された蒸しパンも、わずか1年で自由に作ることができなくなるということだ。)
ということで「もろこし粉入り蒸しパン」である。一体どのように作るのか?お味は果たしてうまいのか?
ここから先は、昭和15年3月3日だと思ってご覧いただきたい。
昭和15年3月3日、日曜日。晴れ。
今日は夕飯にもろこし粉入り蒸しパンを作る。
結果は、包み隠さず言おう。大失敗である。
そもそもとうもろこし粉はパサパサして、味も小麦粉より大層劣るから好きではない。
それでも家内の婦人雑誌からこの献立を選んだのはなぜか?理由はこの間、衆議院を通過した来年度の予算案にある。
その額、103億円なり。
戦争が始まる前は確か、20億ほどであった。103億というのは正気の沙汰ではない。
それだけ戦費が必要で、つまり戦争はまだまだ続くということである。節米が厳しくなれば、1日3食とうもろこし粉になるかもしれない。
とうもろこし粉をいかにしてうまく食うか、それが我が家の喫緊の課題なのである。
【103億円の予算案】
この年の2月末に衆議院を通過した昭和15年度の予算案。長引く日中戦争で戦費が膨らみ、予算額は初めて100億円を突破。「興亜の大予算」と呼ばれた。
材料(五人前)
- 小麦粉 カップ1杯
- とうもろこし粉 カップ1/3
- ベーキングパウダー 小さじ山盛り1杯
- 水 カップ1/3
- 塩 小さじ1/4
- 砂糖 大さじ2
では、こしらえていこう
まずは粉をふるいにかける。
小麦粉をカップ1杯分、問題のとうもろこし粉をカップ3分の1、ベーキングパウダーを小さじ山盛り1杯。
うまくなれ、うまくなれと念を込めながらふるいにかける。
願掛けなんて信じないくせに、こういう時は自然と心の中にわき起こってくるのだから、人間とは困ったものである。
次に水をカップ3分の1用意し、塩小さじ4分の1と砂糖大さじ2杯を溶かす。
それを先ほどふるいにかけた粉と合わせて、軽く混ぜる。
しかしこの辺りから雲行きが怪しくなる。生地になめらかさがないのだ。明らかに粉っぽい。
不安になって家内にも見せたが、とりあえずこのまま進めてみろと言う。「失敗なら失敗でいいじゃないか。今失敗しておけば、きっと次は失敗しないだろう」という考え方らし。
なんと前向きな。
家内の大雑把さが、こういう時には器の大きさとして感じられる。頼もしい限りなり。
生地は弁当箱などの型に流し込むと雑誌には書かれている。しかし生地は流れるような硬さではない。手作業で型に移していく。
明らかにおかしいのは分かっている。けれど、もう後戻りはできない。
このまま突き進むしかない。
湯を沸かし、蒸し器に入れる。
せめて少しでも見た目がよくなるように、生地の表面を地ならしする。
あとは15分から20分間蒸せば良いという。
再び願掛け。
都合のいい時だけお願いする人間には、神も仏も微笑まない。そんなことは分かっている。
もろこし粉入り蒸しパンの完成なり
見た目は…パンというより雷おこしのようである。
いただきます。
味は悪くない。
とうもろこし粉の香ばしさが鼻腔をくすぐる。そしてほんのりと甘い。これは子供が喜びそうな味である。
味は良い。だが、それ以前の問題だ。
蒸しパンの最大の魅力であるふわふわとした食感。それが皆無である。
おかげで口の中の水分が持って行かれる。
滅法界のどが乾く。
いったい何が悪かったのだろうか?
私と家内の考えでは献立表の誤植である。雑誌の書き手が水の分量を間違えたのであろうと思う。
粉類がカップ1と3分の1に対し、水カップ3分の1というのはどうにも不釣り合いに思える。臨戦下とはいえ、こんな間違いは言語道断である。猛省してほしい限りなり。
今回の出来には家内も苦笑いだった。申し訳ないことをした。
とうもろこし粉の献立は、今後も研究が必要である。
ごちそうさま。次はうまいものを作ろうと思う。
◇動画もご覧いただけると有り難し!
もろこし粉入り蒸しパンの失敗の経緯を動画でどうぞ。
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