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なぜ「加熱式タバコ」が増税されるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 タバコ税のうち、加熱式タバコの税額を上げるという税制改正の政府案が話題だ。なぜ、加熱式タバコが増税されるのだろうか(「たばこ税」は全て「タバコ税」にした)。

加熱式タバコの税率はなぜ低かったのか

 ここ十数年で、日本の喫煙率はかなり下がった。値上げの効果もあったが、やはり健康志向で禁煙する喫煙者が増えたこと、そして改正健康増進法でタバコを吸える場所が減ったことも大きい。

 政府・財務省は、喫煙率が下がって販売量が減ってくるに従い、タバコにかける税率を上げてきた。税率が上がればタバコ会社は値上げを申請し、ほぼそれは認められてタバコの価格が上がる。

 ようするに、タバコ会社は絶対に損をしない仕組みになっている。これは電力会社の総括原価方式と同じだ。

 タバコ税率の引き上げは、2018年の税制改正で段階的に行われている。紙巻きタバコは4年間で3段階、加熱式タバコは5年間で5段階のスライド式に税率が引き上げられてきた。

 その理由は、喫煙者にタバコをやめさせないためだ。

 これまでの研究により、タバコの価格が徐々に上がると一気に上がるよりもタバコをやめる喫煙者が少ないことがわかっている。

 また、加熱式タバコの税率は、紙巻きタバコよりも低く設定されている。前述した通り、加熱式タバコの税率引き上げは紙巻きタバコよりも小刻みだ。

 ではなぜ加熱式タバコの税率が低く、引き上げも多段階で行われたのだろう。

 財務省によれば、加熱式タバコの技術開発をしてきたタバコ会社の企業努力や加熱式タバコの喫煙者をおもんぱかったからだそうだ。つまり、加熱式タバコへの優遇は時限的な措置ということになる。

加熱式タバコは安いのか

 現状の税額では、加熱式タバコは紙巻きタバコよりも低くなっている。例えば、アイコス用テリアは20本で紙巻きタバコ15本相当、グロー用ケントは20本で紙巻きタバコ11本から14本相当、旧プルーム・テック用メビウスレギュラーが20本で10本相当で、紙巻きタバコに対する割合で1/2から3/4の税額だ。

 このように税額に大きな幅があるが、それは加熱式タバコのスティックに使われる葉タバコの重量が異なるからで、タバコ会社はタバコ重量を変えた加熱式タバコの新製品をどんどん出している。このことで、加熱式タバコへの課税が複雑になり、算定方法が困難になっている。

 では、加熱式タバコ(スティック。デバイス本体ではない)の価格は、紙巻きタバコよりどれくらい低くなっているのだろうか。税率が低いのだから価格も安いのだろうか。

 現在(2023/12/12)、紙巻きタバコで最も安い製品は430円(20本、リトルシガー除く)だ。一方、加熱式タバコで最も価格の安い製品は400円(20本)となっている。

 加熱式タバコを製造販売する各社の競争が激化し、世界でも主要な市場である日本で加熱式タバコのデバイスやスティックの価格引き下げが起きている。だが、それでも主要製品ではどちらも500円台後半から600円台前半(20本)で、両者にそれほどの違いはない。

 また、加熱式タバコの純利益は、紙巻きタバコより4倍も多い。同じような価格帯なのに、製造原価は加熱式タバコのほうが圧倒的に安いというわけだ。タバコ会社が加熱式タバコの増税に反発する理由がここにある。

 加熱式タバコを製造販売している各社の年次報告書(IR)をみると、アイコスのフィリップ・モリスの加熱式タバコなど紙巻きタバコ以外の売上高は約4兆6000億円、グローのブリティッシュ・アメリカン・タバコは約5360億円(旧プルーム・テックのJTは不明)となっている。また、国内で紙巻きタバコの売上げが横ばいの一方、加熱式タバコの売上げは伸び続けている。

日本国内のタバコ製品の販売代金の推移。タバコ増税と価格上昇によって紙巻きタバコの販売代金は横ばいだが、加熱式タバコは右肩上がりになっている。日本たばこ協会の資料より
日本国内のタバコ製品の販売代金の推移。タバコ増税と価格上昇によって紙巻きタバコの販売代金は横ばいだが、加熱式タバコは右肩上がりになっている。日本たばこ協会の資料より

 今回の税制改正についてみると、すでに加熱式タバコの新規開発は一段落付き、シェアも伸びているわけだから、政府・財務省としては加熱式タバコへのおもんぱかりはもうやめてもいいと考えたことになる。

加熱式タバコのアドバンテージって何?

 有害性の低い加熱式タバコの税率は、紙巻きタバコより低くしろという意見がある。だが、もし有害性が低いなら、価格も紙巻きタバコよりずっと低く設定し、紙巻きタバコの喫煙者を加熱式タバコへシフトさせるべきだろう。

 だが、前述した通り、そうはなっていない。タバコ会社、特に海外のタバコ会社は加熱式タバコで大儲けしているのだから、もう加熱式タバコへの優遇はやめたほうがいいだろう。

 たばこ事業法は「国内のタバコ産業の保護育成」を目的に作られた。筆者は同法をなくすべきと思っているが、加熱式タバコのシェアでJTは12%程度しかない。海外企業にボロ負けの現状では、加熱式タバコへの増税も当然だろう。

 また、確かに加熱式タバコの有害物質は減っているが、健康への悪影響が減っていることは証明されていない。また、加熱式タバコで禁煙できることもない。

 健康への悪影響が減っていないことも禁煙効果がないことも、タバコ会社自身がどちらも認めていることだ。

 財務省が加熱式タバコの税率を低くしてきたのは、別に健康への悪影響が低いからではない。この点でも加熱式タバコを紙巻きタバコと同列に扱うべきだ。

 タバコ税制はシンプルであるべきで、全てのタバコ製品に対して同じ方法で課税するほうがいい。そのためには、タバコ政策を所管する財務省は加熱式タバコの種類を制限して標準化させるよう、タバコ会社を指導するべきだ。

 日本のタバコ税率やタバコ価格は、先進諸国に比べるとかなり低い。1箱20本入りの標準的な紙巻きタバコの価格は、日本は600円前後だが、ドイツは約1200円、フランスは約1600円、オーストラリアは約3800円だ。日本でタバコにかけられる税率にはまだ伸びしろがある。

 いずれにせよ、今後、政府・財務省が、安定税収のタバコを全面的に禁止してしまうことは考えられないし、財務省がタバコ行政を自ら手放すことはない。タバコ税の税率は、今後の喫煙率の減少によって加熱式タバコに限らず、もっと上がる可能性は高い。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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