「研究不正の研究」で研究不正の衝撃
研究不正の調査研究で研究不正
2014年のSTAP細胞事件後も止むことがない研究不正。
私自身、研究不正の問題に関心を持ち、Yahoo!ニュース個人に何度も記事を書いてきた。
こうした記事を書いてきたのは、国民のお金を原資として行われる研究が少しでもよいものになってほしいと願っているからだ。まっとうな研究者が報われ、研究成果が人類のためにプラスになるような社会になってほしいと思う。
国や関連機関も、研究不正を減らし、健全で公正な責任ある研究活動を推進する(研究公正の)ために、様々な取り組みをしている。
その一つが日本医療研究開発機構(AMED)による「研究公正高度化モデル開発支援事業」だ。
公募要領には以下のように書かれている。
「研究公正の取組み強化のための調査研究」に採択されたのが、長崎大学の河合孝尚准教授を代表者とする「医療分野における研究不正行為に関する意識調査及び心理的要因分析」だ。
「不正の「動機、正当化、機会」のトライアングル理論を応用し、「医学系の学生及び研究者を対象とした研究不正行為についての意識調査」及び「不正リスク要因に関する心理的要因分析」を行い、医療分野における研究不正行為の原因解明と対策案等を検討する。」としている。
研究は2016年度から2018年度にかけて行われた。「1課題当たりの上限、年間10,000千円程度(間接経費を含む)」と書かれている。正確な研究費は分からないが、最大3000万円程度の研究費が支払われたものと想像する。
医学における研究不正の原因が明らかになれば、それに対する対策が立てられることになる。それは有益な研究といえるだろう。
ところが、この「研究不正行為の原因解明と対策案等を検討する」調査研究において研究不正が明らかになった。
研究不正の研究の研究不正…。一度聞いただけでは理解しにくい早口言葉のようなことが現実のものとなったのだ。
白楽ロックビル氏のサイトを盗用
発生したのは盗用だ。盗用されたのは、私の記事中でも何度となく引用、紹介させていただいている白楽ロックビル氏(お茶の水女子大学名誉教授)のウェブサイト「研究者倫理」だ。
詳細は白楽ロックビル氏の記事「白楽ブログの被盗用事件」を見ていただきたいが、2019年9月に白楽氏のもとに、上記のAMEDの調査研究の報告書中(調査報告書 附録2)に、白楽氏のウェブサイトからの文章のコピーペーストがあるとの連絡があった。
これを受け、白楽氏自身が調査したところ、以下のようなことが明らかになった。
白楽氏は個人で研究不正の事例のアーカイブを行っている。日本語で読める研究不正の事例集としては稀有なものであり、私も含め、多くの人に引用されている。
白楽氏自身も適切な表示があれば引用してよいと明記しているので、堂々と使えばよかったのに、非常に残念だ。
白楽氏はAMED、長崎大学、そして各種マスメディアにこのことを通報した。
なお、当該調査報告書は現在長崎大学のページからは閲覧できない状態になっている。白楽氏のサイトから、盗用があった資料を読むことができる。
誤解の多い盗用
これはまごうことなき盗用だ。盗用は白楽氏が「ネカト」という捏造、改ざん、盗用の3つの不正行為のまさに「ト」であり、文部科学省が定義する処分の対象になる「特定不正行為」だ。
今回の調査研究はAMEDで行われているが、AMEDの「研究活動における不正行為等への対応に関する規則」でも、処分の対象となりうる「不正行為」とされている。
ここで盗用についてみてみよう。
よく勘違いされるが、盗用は文章のコピペだけではない。アイディアや分析・解析方法も含まれる。
たとえば予備実験などを行った研究者が、のちに実験データを別の研究者が取り直したからという理由で、論文の著者から外されるケースがある。予備実験を行う際にアイディアを出し、分析・解析方法の工夫などを行っているとするならば、盗用にあたることになる。この点を理解していないケースを見聞きすることが多い。
今回のケースも、白楽氏が書いた文章をコピペすることにより、アイディアや分析方法も含めた研究成果を流用していることにもなる。
なお、よく「無断引用」という言葉を聞くことがあるが、適切な表示があれば無断で研究成果等を流用=引用してよいので、矛盾した言葉だと言える。
捏造、改ざんは理解しやすいが、盗用についてもその定義をよく理解する必要がある。
今後どうなるか
今後の展開をAMEDの規則から考えてみる。
白楽氏の告発を受け、研究機関(長崎大学等)で予備調査が行われる。30日以内(11月1日まで)に予備調査の結果が報告され、本調査が必要とされたら、本調査の開始後150日以内に最終調査報告書が公表される。2020年春ごろまでには調査の内容が明らかになるだろう。
そして、研究不正が認定されれば、措置検討委員会が作られ、その検討結果により以下のような処置が下される。
- 被認定者に係る競争的資金等の交付決定の取消し
- 不正行為等に該当する競争的資金等の一部又は全部の返還
- 不正行為等に該当する競争的資金等における翌年度以降の間接経費措置額の削減(ただし、研究機関の体制整備等に改善を求める必要が確認された場合に限る。)
- 翌年度以降の競争的資金の配分の停止(ただし、前号の措置の実施中において、なお体制整備等の不備について改善が認められない場合に限る。)
- 各号に掲げるもののほか、機構が必要と認める措置
信頼回復のために
白楽氏は以下のように述べる。
私も同感だ。
正直言うが、この記事を書くことに葛藤を感じている。この記事によって、ようやく芽生え始めた、日本国内の研究公正に取り組む動きがダメージを受けるのではないか。今回の調査報告書を作成したメンバーのなかには、会ったことがある人もいる。関係が悪化するかもしれない。
しかし、忖度してはいけないと思い、記事を書くことにした。
研究不正の調査研究という分野であっても、研究分野の一つだ。研究不正の疑義があれば適切に調査され、対応されなければならない。
今回のようなことがなぜ起こったのか、「不正のトライアングル理論」でどのように説明されるのか、しっかりと調査してもらいたい。
そして、再発を防ぐにはどうすればよいか、私自身も徹底的に考えていきたい。
盗用に関する認識が不足しているのか。先行の著作物(ウェブサイトも含む)を敬意をもって尊重する意識が乏しいのか。医学研究における研究不正の調査で起きた研究不正。人文社会科学系の教育体制はどうなっているのか。今回明らかになった課題をどう改善していくのか、考え、行動していきたい。
これは日本が健全な責任ある研究活動を推進していくためにも避けては通れない道だ。信頼回復はそこから始まる。
そして、今回のことを、日本の研究公正の取り組みを妨害するような動きにしてはならない。
研究不正の事例を扱うことは、訴訟や炎上のリスク、あるいは人事、研究資金等の報復のリスクをかかえている。私自身は現在は在野で活動しているので、人事的にも、研究資金的にも、報復しようにもできない立場にいる。しかし、こうしたリスクが、研究者を萎縮させ、研究者コミュニティのなかで研究不正事例を自由に語れない状況にしている。
研究不正を告発した者に対するハラスメント(白楽氏いうところのコクハラ)は苛烈なものがある。
研究不正で得をしている人たちは、研究公正の動きをつぶしたいのだ。だからこそ、今回のことを研究公正つぶしに利用されてはならない。
これから行われるこの事例の調査や、研究者コミュニティ内の反応などを注視していきたい。