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月曜ジャズ通信 2014年5月12日 クリミアの天使ことナイチンゲールを偲ぶのだ号

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

もくじ

♪今週のスタンダード〜ビギン・ザ・ビギン

♪今週のヴォーカル〜ビリー・エクスタイン

♪今週の自画自賛〜ジャズ耳養成マガジン「JAZZ100年」第4巻

♪今週の気になる1枚〜ユリシス・オーウェンズ・ジュニア『オンワード・アンド・アップワード』

♪執筆後記〜「バークリー・スクエアのナイチンゲール」

「月曜ジャズ通信」のサンプルは、無料公開の準備号(⇒月曜ジャズ通信<テスト版(無料)>2013年12月16日号)をご覧ください。

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ローラ・フィジー『Rendez-Vous』
ローラ・フィジー『Rendez-Vous』

♪今週のスタンダード〜ビギン・ザ・ビギン

スタンダードを輩出した名クリエイター、コール・ポーターが1935年に作詞・作曲した曲で、同年に上演されたミュージカル「ジュビリー」で発表されました。

タイトルは、ビギン(という音楽のスタイル)でビギンする(始める)というダジャレになっています。

ビギン(beguine)というのは、カリブ海に浮かぶ西インド諸島のひとつ、マルティニーク島で生まれたダンス音楽。古くから伝わる速い2拍子の労働歌カレンダがヨーロッパに伝わって4拍子の社交ダンス音楽にアレンジされ、それが1930年代にパリで流行していました。パリのリッツ・ホテルに滞在していたコール・ポーターはこの流行音楽を耳にして、バーにあったピアノを使って作曲したという逸話が残っています。

ニューヨークで上演されたミュージカルでは、パリほどビギンは注目されなかったようですが、人気クラリネット奏者のアーティ・ショウが1938年にこの曲を自己楽団で録音すると大ブレイク。以降、多くの名演・名唱を残すことになりました。

♪Artie Shaw : Begin the Beguine

ミリオン・セラーを記録してこの曲をスタンダードの地位に押し上げたアーティ・ショウのヴァージョンです。

♪Charlie Parker- Begin the Beguine

ビバップのオリジネーターとして知られるチャーリー・パーカーですが、ラテンのリズムでスウィングする彼のプレイも絶品です。

♪Laura Fygi- "Divine Biguine" ( Begin The Beguine )

オランダ人シンガー、ローラ・フィジーがフランス語で歌う「ビギン・ザ・ビギン」です。

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『the best of Billy Eckstine』
『the best of Billy Eckstine』

♪今週のヴォーカル〜ビリー・エクスタイン

アフリカ系アメリカン・シンガーの最高峰とされるビリー・エクスタイン(1914〜1993)は、米ペンシルヴァニア州ピッツバーグ生まれ。

父方の祖父はプロイセン生まれのヨーロッパ系という混血の家系で、ワシントンD.C.にある全米屈指の“名門黒人大学”であるハワード大学卒業という経歴から推測しても、暮らしに不自由しない家庭環境だったようです。

大学を出た1933年にアマチュアのタレント発掘コンテストに出場し合格。エンタテインメント業界へと足を踏み入れます。

1939年から43年までヴォーカル兼トランぺッターとしてアール・ハインズ楽団に在籍して脚光を浴びると、独立して自己楽団を結成。ディジー・ガレスピー、デクスター・ゴードン、マイルス・デイヴィス、アート・ブレイキー、チャーリー・パーカー、ファッツ・ナヴァロといったビバップ期を代表するスター・プレイヤーを擁したオールスター楽団だったことから考えても、当時のビリー・エクスタインがファンのみならずミュージシャンからも高い評価を得ていたことがうかがえます。

1947年にはソロ・シンガーとして活動するようになり、1950年代になるとさらに多くのヒットを放って、その名声を確かなものにしました。

♪Billy Eckstine- Prisoner of Love

1946年のライヴ・ショーの映像です。テナー・サックスにジーン・アモンズやフランク・ウェス、ドラムにアート・ブレイキーといった有名どころの顔が見えるようです。

♪LINDA RONDSTADT & BILLY ECKSTINE duet GOD BLESS THE CHILD

1970年に放送されたテレビ番組。リンダ・ロンシュタットはソロ・シンガーとしてデビューしたばかり。包み込むようなソフトな歌声のエクスタインはデュエットの達人でもあり、彼の表現力豊かな歌い方を特色づけるパフォーマンスのひとつにも挙げられています。

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ジャズ耳養成マガジン「JAZZ100年」第4巻
ジャズ耳養成マガジン「JAZZ100年」第4巻

♪今週の自画自賛〜ジャズ耳養成マガジン「JAZZ100年」第4巻

「名演に乾杯」の4回目は、CD収録の「今宵の君は(The Way You Look Tonight)」に合わせてスタア・バー・ギンザの岸久さんが選んだカクテル“ブラック・ヴェルヴェット”の紹介です。

黒ビールのシャンパン割りというバブリーなカクテル。しかも、ジックリとなんか楽しんでいられない、作って1分以内が味わいどころという、わがままなシロモノなんです。

♪THELONIOUS MONK-SONNY ROLLINS The Way You Look Tonight

1954年収録の『セロニアス・モンク・アンド・ソニー・ロリンズ』のヴァージョン。

♪Stan Getz 04 The Way You Look Tonight

1952年収録、スタン・ゲッツ『スタン・ゲッツ・プレイズ』のヴァージョン。

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ユリシス・オーウェンズ・ジュニア『オンワード・アンド・アップワード』
ユリシス・オーウェンズ・ジュニア『オンワード・アンド・アップワード』

♪今週の気になる1枚〜ユリシス・オーウェンズ・ジュニア『オンワード・アンド・アップワード』

スウェーデン・ジャズを中心にオトナ向けのラインナップで定評のあるレーベル“スパイスオブライフ”で、2014年1月からスタートした“New Stars of Contemporary Jazz”。これは、世界の若手スター・ジャズ・ミュージシャンを紹介するという内容で、その第1弾がユリシス・オーウェンズ・ジュニアの本作です。

1982年米フロリダ州ジャクソンヴィル生まれ。ジュリアード音楽院出身で、2010年にカート・エリング『Dedicated to You』、2012年にクリスチャン・マクブライド・ビッグバンド『The Good Feeling』でグラミー賞を2回受賞しています。

日本へはクリスチャン・マクブライドのトリオ・メンバーとして2013年末に来日し、話題になったのも記憶に新しいところ。

ボクが彼の名前を知ったのは、2013年6月リリースの宮本貴奈『オン・マイ・ウェイ』を取材したときで、まずはアルバムに収められたユリシスのプレイにビックリ。アルバム発売記念ライヴも観ましたが、迫力あるプレイにまたまた驚かされました。

宮本によれば、ユリシスを初めて観たのは2010年ごろで、ちょうどカート・エリングのアルバムに参加してグラミーを受賞するなど、脚光を浴びるようになったころのこと。当時ニューヨークに住んでいた彼女が、リンカーン・センターのディジー・ジャズ・クラブに誰かのライヴを観に行ったとき、夜中の12時ぐらいからはセッションになる流れだったそうなのですが、そこでドラムを叩いていたのがユリシス。そのときの衝撃が忘れられなくて、自分のアルバムを作るなら彼にドラムをお願いしたいと思っていたというエピソードを語ってくれました。

本作は彼の3枚目のリーダー作で、ユニークなハーモニーやストーリー性のあるインプロヴィゼーションなど、情報を隠して聴かせたらドラマーのアルバムとは思えない内容になっています。

アンサンブルや、メロディとギターの絡み方などには、ポピュラー音楽で用いられるオーソドックスな手法ではなく、どちらかといえばブルックリン派と呼ばれたアヴァンギャルドな音の選び方が感じられたりして、全体的には美しくて整然としたサウンドであるにもかかわらず、息を抜けない仕掛けがそこかしこにあるという、頭脳派ジャズと呼ぶにふさわしい仕上がりなのです。

♪Christian McBride & Inside Straight (McBride vs. Owens)

『オンワード・アンド・アップワード』のサンプル音源はスパイスオブライフのサイトにありますので参照ください(http://spiceoflife.shop-pro.jp/?pid=68331696)。

この映像は、2010年のジャワ・ジャズ・フェスティヴァル出演時のもので、リーダーのクリスチャン・マクブライド(ベース)とまさに“火の出るような”バトルを繰り広げています。

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富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』
富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』

♪執筆後記

5月12日はナイチンゲールの誕生日にちなんで“ナイチンゲール・デー”なのだそうです。

イギリスの裕福な家庭に生まれ育ったフローレンス・ナイチンゲールは、1853年に勃発したクリミア戦争に38名の看護師を率いて赴き、戦地の病院環境の改善に尽くして大きな功績をあげました。

ちなみに、当時は看護知識も医療技術も現在に比べて劣っていたので、彼女が辣腕を振るって負傷者を助けたということではなく、戦地で得たデータをもとに提言を行ない、劣悪な病院環境を改善しなければならないという“意識改革”に尽力した、というのがその功績の内容だったようです。

ナイチンゲールで思い出すのはこの曲。

♪A Nightingale Sang in Berkeley Square- Stan Getz Quartet

「A Nightingale Sang in Berkeley Square」は1939年に作られたイギリスの流行歌で、実はフローレンス・ナイチンゲールとはぜんぜん関係ありません。

こちらのナイチンゲールは、スズメ目ヒタキ科に属するサヨナキドリの別名。“西洋のウグイス”とも呼ばれるその鳴き声は美しく、夕暮れや夜明けにその声を聞くことができるそうです。つまり、“night‐singer”転じて“nightingale”になった、と。

バークリー・スクエアは、リッツ・ホテルも隣接しているロンドンの一等地にあるメイフェアに面した緑地帯。ここでナイチンゲールの澄んだ鳴き声が聞こえてくるという情景を歌った内容です。

なにやらキナ臭いニュースばかりが耳に入ってくるクリミア半島情勢。砲火ではなく、ナイチンゲールの鳴き声が聞こえる平和な夜が来るようにと願うばかりです。

富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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