【JAZZ】北欧の名唱が魅せたジャズへのフィット感(リーグモル・グスタフソン『私を愛したスパイ』)
話題のジャズの(あるいはジャズ的な)アルバムを取り上げて、成り立ちや聴きどころなどを解説。今回はリーグモル・グスタフソン『私を愛したスパイ』。
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スウェーデンを代表するジャズ・シンガーとして欧米でも高い評価を得ているリーグモル・グスタフソンの10作目となるアルバム。
原題は『Nobody Does It Better』。1977年公開の映画「007 私を愛したスパイ(The Spy Who Loved Me)」の主題歌として大ヒットしたナンバーだ。作曲したのはハリウッドを代表する作曲家のマーヴィン・ハムリッシュ、作詞はキャロル・ベイヤー・セイガー。セイガーは夫だったバート・バカラックとのコラボでアカデミー歌曲賞などを受賞している。そして歌っているのはカーリー・サイモン。1970年代を代表するシンガー・ソングライターで、当時のダンナはジェームス・テイラー。つまり、オール・アメリカンのトップ・アーティストが集結してイギリス発の世界的なスパイ・アクション映画の主題歌を担当したというわけ。
閑話休題。本作ではリーグモル・グスタフソンが10作目にして「夢だった」というオーケストラとの共演を実現。そのために彼女は新作を用意して、それを中心にアルバムが構成されている。
スウェーデンに根付いたジャズを継承する本命
一般的にヴォーカル・アルバムのオーケストラ入りという企画では、編曲者がオーケストレーションをしたものを“後付け”で盛り込むことが多い。ということは、オリジナルとオーケストラ・ヴァージョンとのあいだにタイムラグが生じるわけだが、本作は“まずオーケストラありき”で曲が準備され、同時進行でアルバムの世界観を創り上げていったことになる。これはオーケストラとの共演以上にゴージャスなポイントで、独特のフィット感を堪能できる仕上がりの源泉になっていると言えるだろう。
リーグモル・グスタフソンのポジションは、“北欧ジャズ”という概念を抜きにしては語ることができない。かなり大雑把にその意味を説明するとすれば、ノラ・ジョーンズやダイアナ・クラールとは異なるスタンスでヴォーカルの可能性を広げる彼女の存在がジャズ・ヴォーカルに新たな楽しみを拓いてくれた、ということになる。
折しもスウェーデンの国民的人気を誇ったモニカ・ゼタールンドの半生をドラマ化した映画「ストックホルムでワルツを」が2014年秋から日本でも公開された。モニカ・ゼタールンドがスウェーデンで築き上げたジャズ・ヴォーカルの土壌を、受け継いでさらに発展させているリーグモル・グスタフソン。そんな彼女の業績とともに、10作目という節目を飾るにふさわしい内容であるのが本作と言えるだろう。