「症状」という「賞状」を授与する職場はなぜ生まれるのか ―グループシンクの罠
私たちの常識では考えられないような事件が起こりました。青森県八戸市の住宅会社「ハシモトホーム」に務めていた40代の男性が自死しました。職場の新年会では、侮辱する内容の賞状を渡されるなどのパワーハラスメントを受けていたといいます。なぜ、「症状」という「賞状」を授与する職場は生まれるのでしょうか。
多かれ少なかれこのようなことを言われてからかわれた経験や、似たような思いをした人もおられるのではないでしょうか。
今回の記事では、なぜ「症状」という「賞状」を授与する職場はなぜ生まれるのかについて、組織心理学の専門家からみたその理由についてお伝えしたいと思います。
私は、普段大学で研究や心理カウンセラーとして、あなたの毎日に役立つこころの健康についてお伝えしています。インスタはこちらです。(外部リンク)
事件の概要
遺族が同社を訴えた訴訟の内容によると、男性は2018年1月、会社関係者が集まる新年会で、「症状」と題された賞状のような文章を渡されます。その文章では、「貴方は、今まで大した成績を残さず、あーぁって感じ」、「ここ細菌は」、「現在でも変わらず事務的営業を貫き」、「悪気はないがお客様にも機械的な対応を貫き」、「陰で努力し、あまり頑張っていない様に見えて やはり頑張っていないようですが」などと書かれていた。
男性は翌年に精神疾患を発症し、その後2月に、自宅に駐車していた車の中で自死。2020年12月に、青森労働基準監督署が「上司によるパワハラで重度のうつ病を発症し、自殺の原因になった」と労災認定されていました。その後、民事訴訟で不調となり、今回の遺族の訴訟につながったとのことです。
会社の見解
2022年6月26日現在、ハシモトホームのホームページでは、「現在弊社に関する報道がなされており、関係者の皆様にはご迷惑をお掛けしておりますこと、深くお詫び申し上げます。弊社といたしましては本件を重く受けとめ、最大限誠意ある対応をとる所存でございます。現在、原因の調査並びに再発防止策の取りまとめを進めておりますので、取りまとめ次第、速やかに公表させていただきますので、今しばらくお時間を賜れますと幸いです。」と対応に追われている状況となっています。
また、「現在、インターネット上に、報道されております案件とは全く関係のない弊社従業員の名前等が掲載され、また誹謗中傷の書き込みもなされております。今回の事態に関する責任は、全て弊社にございますので、弊社従業員の個人を特定するような記載、又は誹謗中傷につながる記載はお控えいただきますようお願い申し上げます。」という、個人に対する誹謗中傷が行われているようです。このような状況は憂慮されます。
なぜこのような非常識なことが起こるのか
組織心理学には「グループシンク症候群」と呼ばれる現象があります(ジャニス,1972)。一人ひとりの個人はきわめて優秀でも、組織としての意思決定に問題があると、このような大きな不祥事に発展することがあります。このような集団として誤った意思決定に至るプロセスを「グループシンク」と呼びます。日本語では、その負の側面を強調して「集団浅慮(せんりょ)」と訳されます。
代表的な例として、NASAのスペースシャトル「チャレンジャー号」の事故や福島第一原子力発電所での一連の事故でもグループシンクから考察がなされています。今回の事件をグループシンクから考察していきたいと思います。
「組織のモラル」を無批判に信じる
社長の見解では、このような新年会での慣行は10年ほど続いており、程度の差はあれ類似の内容を営業成績上位の社員に渡していたと言います。社員がなぜこのような慣行を黙って見過ごしていたのでしょうか。これは、グループシンクの特徴のひとつである「組織のモラルを無批判に信じる」という傾向だと考えられます。社員は組織に適応するために、組織固有の道徳心(モラル)を、無批判に受け入れるようになります。世間にとって非常識なことでも、「組織の常識」に従ってしまい、グループシンクの罠に陥るのです。症状という賞状は、とても冗談では済まない内容です。これが冗談で通ること自体が、組織がグループシンクに陥っている証拠なのです。
外部をステレオタイプ化する(偏見でみる)
当該社員は、新卒で入社しておらず中途採用ということでした。賞状のような文章の中でも、「ここ細菌では前職での事務職で大成功した職歴を生かし」とあります。これは、営業職から事務職を揶揄する内容となっています。そもそも、組織は目的の遂行のために職種があるので、上下や優劣はありません。ここで問題になるのは「外部」という言葉です。当該社員は、中途採用で入社しました。組織にとっては「外部からの参入者」となります。これが、「外部をステレオタイプ化する」というグループシンクの罠に陥った原因と考えられます。
中途採用を外部からの参入者として、事務職のステレオタイプで理解し、つまり「偏見」でとらえ、それが文面にも「悪気はないがお客様にも機械的な対応を貫き」と表現されています。当然ですが、すべての事務職者が機械的対応を行っているわけではありません。完全な偏見です。属性や評判を過度に一般化してしまうのです。
外部の人間として扱いを受けると、組織から「敵」とみなされ、そんな相手は議論の余地もない無能で劣った人間だと考えるようになります。当該社員を「よそ者扱い」した結果、このような偏見によってパワーハラスメントが行われていたのではいかと想像されます。
なぜ組織のメンバーは黙って見ていられたのか
グループシンクの罠に陥った組織では、メンバーは組織からの排除されてしまうことを恐れて、自分の考えや行動について「自己規制」を始めていくとされています。意思決定についてメンバー個人が疑問を感じたり懸念を感じていても、それを表明することを控えたり、そうした疑問点や懸念自体を弱めるように、むしろ努力するようになります。今回の事件の場合は、「あくまでこれは新年会の余興だから」と自分たちに都合の良い形で合理化して、納得できるように考えたのではないかと想像されます。
これが、世間と組織のモラルに大きなギャップが生まれてしまう原因なのです。個人一人ひとりが優秀であっても、グループシンクの罠に陥ると、冷静な判断ができなくなるのです。
なぜ会社は遺族の訴えを認めることができないのか
さらにこの傾向が進むと、「全員一致の幻想」が生まれていくとされます。組織や集団内で意見の不一致があると、メンバーたちはなんとなく居心地が悪くなり、不快感を抱くようになります。さきほどの「自己規制」が進むと、表面上は反対意見を言い出せにくくなります。また、自らの組織が正しいと自己正当化する圧力が高まります。批判や反対意見を素直に受け取れなくなるのです。この背景には、「自分たちは万能である」という幻想を抱くというグループシンクの罠があります。グループシンクに陥りやすい組織は、自分たちは万能で、失敗をしても責められることはないと楽観的に考えていると言われます。冷静に考えたときに、この賞状が世間に知られることになったとき、会社としての責任が問われる問題「レピュテーションリスク」に晒されると容易に想像できますが、それが認識できないのです。
レピュテーションリスクとは、企業やブランドに対するネガティブな評判が広まるリスクのことを示します。パワーハラスメントによる労災問題は、経済的損失のみならず、大規模な企業価値の毀損につながります。このリスクを十分に認識できない状態こそ、グループシンクの罠に陥っている証拠でもあるのです。
グループシンクの罠に陥らないために
組織がグループシンクの罠に陥らないためには、組織からいったん離れて、客観的な視点で自らを見つめ直さなければなりません。このプロセスを「内省的対話」と呼び、組織に対する視座の転換が必要と言われます(オットー・シャーマンのモデル)。コンサルタントが組織にとって有効な理由とは、外部の人間だからこそ、組織に視座を転換を与えられるわけです。
皆さんの会社組織で「これっておかしくない?」という視点を忘れないことです。気がついたときには、一度話し合ってほしいと思います。問題が深刻な場合は、「内部告発」という制度もあります。
企業がグループシンクに陥らないために、メンバー一人ひとりがその責任をしっかりと負い、管理職者は、今ある組織の常識を常に疑う態度と、メンバーが疑問を訴えてきたときに、しっかりと受け止めて検討していく態度が必要といえるでしょう。
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